13.舞踏会はデンジャラス
音楽が終わる。
と同時に、殿下とフェリシラさまへの称賛の拍手が大広間に鳴り響く。
優雅に手を取り合ってお辞儀されたお二人。そのままこちらに戻っていらっしゃる……ひぃ~~! どうして~~って。そっか。ここに大使殿がいらっしゃるからか。
「殿下、まことに素晴らしいダンスでした。何もかも忘れて見とれてしまいました」
「いえ。私など、大した事ございませんよ」
「ハハッ。ご謙遜を。それにしても、素晴らしき花に囲まれ、羨ましいかぎりですな」
花?
「あでやかなバラと清楚な百合。どちらも甲乙つけがたい。殿下には、我がノーザンウォルドの花をご紹介したいと思っておりましたが。いやはや、その必要はなさそうですな」
いやいや、バラって、百合って。
フェリシラさまをそのどちらに例えるのも大正解だけど、私はそこにカウントしないでね? 私なんて、真っすぐ立つしか能のない、針葉樹なんだから。
殿下と大使の歓談(!?)
そこにタイミングよく、給仕がお酒の入ったグラスをお盆に載せて近づいてきた。
殿下に大使、そしてフェリシラさまがそれぞれグラスを取る。
あ、もちろん、私は受け取りません。だって、護衛だし。酔うわけにはいかないもん。
グラスを受け取らない私に、給仕が一瞬不思議そうに動きを止めたけど、軽く一礼を残して去っていく。
「では、殿下」
「ええ。アウスティニア、ノーザンウォルド。両国の友好と繁栄を願って」
軽くグラスを持ち上げ、「乾杯」と声を合わせる大使と殿下。
そのままお二人ともグラスに口をつけ――。
「皆様方。飲んではなりません」
鋭く静かな声でそれを制止する。
「リーゼファ?」
殿下の問いかけには答えず、音を立てず滑るように歩きだす。
視線は一点に留めたまま。左手の長手袋のなかから、忍ばせておいた得物を取り出す。
「――動くな」
逆手に持った薄く小さな短刀。その切っ先を給仕の背後から、相手の喉元に突きつける。
「キサマ、先日の助手――だな」
「どうしてわかった?」
キサマには気配がない。
給仕は、お仕えする貴人の邪魔にならないよう、さりげなく行動する。よほどのことがない限り、「ああ、いたの」とはならない。それが一流の給仕。
だけど、どれだけ一流、熟練の給仕であろうと、殿下や大使、それに王族の姫に近づくとになると、動揺や緊張が現れる。国で最高級の貴人に対して粗相は許されないからだ。たとえ、グラスを渡すまで完璧に仕事をこなしたとしても、その後、ホッとして肩の力が抜け、どこか緩んだ空気に包まれる。
しかし、この給仕はまったくそういう変化がなかった。いつも通り……というより、いつも以上に気配を消して行動していた。
今だって、背後からイキナリ短刀を喉に突きつけられてるのに、まったく動じてない。お盆に残ってたグラス。お酒は少しもこぼれていない。普通なら、首に傷がつくなんて考えもせずに、驚き叫んで、逃げようと必死になるだろうに。当然、グラスは床に落ちて、派手に割れる。
顔は多少の変装を施してあるようで、パッと見、同一人物と気づきにくくなっていたけど。気配のなさが、以前と同じなのだ。
って、教えてやるつもりはサラサラない。
「まあ、バレちゃしょうがないか」
軽く息を吐き出す刺客。どこか飄々とした声。
ざわつく広間の人々。荒々しく開かれた扉から騎士たちが数名、抜刀して駆けつける。
気の抜けない時間。永遠にも感じられるほど引き延ばされた一瞬。
(――――っ! しまっ――!)
瞬きするよりも速く跳躍した刺客。身を翻し、私にお盆を投げつけると、そのまま扉に向かって走り出す。
剣を構えた騎士たち。その騎士たちに向かって、刺客が懐から取り出した長針のようなものを投げつける。
「うわっ!」
避けることもできず、腕にその長針が突き刺さった騎士たち。その間を縫うようにして刺客が逃げていく。
響き渡る悲鳴。驚き動けなくなる人々。
「待てっ!」
私も追いかけるけど、ええーい、ドレス、スッゴク邪魔!
走っても、いつもの半分以下のスピードしかでないし。
「ハハッ、おねえさん、せっかくキレイなドレス着てるんだから、無茶しちゃダメだよっ!」
軽快に笑う刺客。
廊下に出ると、軽くこっちに投げキッスだけ残して、またガラス窓を突き破って夜の庭園へと姿を消した。
「追えっ! まだ遠くに行ってないはずだ!」
長針をくらった騎士は使えないが、追加で現れた騎士たちに追討を命じる。
あの身軽さだ。捕まえることはできないかもしれないけど、放っておくこともできない。
「――大丈夫か?」
「ええ、はい。なんとか」
長針を腕から引き抜いた騎士たち。その表情からするに、針に毒は塗られていなかったようだ。そこのことに、少しだけ安堵する。
「念のため、医師に診てもらえ。いいな」
そう命じて、殿下たちの元へ戻る。
「申し訳ございません。取り逃がしてしまいました」
「いや、リーゼファのおかげで命拾いした。ありがとう」
いえいえ。それが護衛の務め、本分ですから。お守りできて光栄です……って。ええっ!?
「フェリシラッ!」
「あっ……」と軽く呻かれて、崩れるように倒れられたフェリシラさま。殿下がその華奢なお身体を抱きとめられたけど。そのお顔は真っ青。
「誰か、典医をここへっ!」
「はいっ、只今っ!」
弾かれたように、近くにいた数名の給仕(本物)が走っていく。
「フェリシラ、しっかり!」
けど、待ちきれないのか、殿下がフェリシラさまを横抱きにかかえられ、大股で広間から出ていかれた。
(フェリシラさまのような深窓の姫君には刺激、強すぎたかな)
刺客……だもんねえ。それも自分の命を狙ってきた。
もしも、私が飲むのを止めなかったら。今頃、殿下も大使も、そしてフェリシラさまも大変なことになっていたわけだし。
その恐怖に耐えられなくなって気絶するの、わからなくもない。
(でも……)
正真正銘「お姫さま抱っこ」になった殿下とフェリシラさま。
広がるドレス。白皙の頬にかかる金糸のような髪。
気を失われた方に対して不敬かもしれないけど、その……、ものすごく美しかった。
心配され、青ざめられた殿下の表情と相まって、なんていうのか、どこかの舞台のクライマックスでも見ているような、そんなかんじ。
――フェリシラ、しっかりしろ、フェリシラ!
――殿……下。
――ああ、フェリシラ、無事でよかった。
(力の入らないフェリシラさまのお身体を、力強く抱きしめる殿下)
――殿下は、ご無事……ですか?
――こんな時にまで、私のことを……! 案ずるな、私は無事だ。
――よかった。
(薄くほほ笑んで、フェリシラさま再び気絶)
――フェリシラ。
(熱い眼差しでフェリシラさまを見つめる殿下)
なんてね。
やっぱりどこからどう見ても、絵になるわ。このお二人。そのままお二人の背景にバラか百合でも飛ばしておきたいぐらい。
私のような針葉樹が入るすき間はまったくない。よくって遠景の一部。
入る気もないけど。
「――アナタもお怪我はないですか?」
へ?
一瞬、誰か誰を心配しているのかと思った。
「大丈夫です。大使殿」
刺客の投げたお盆は腕にぶつかったけど、それ以外は特に――って、ああっ!
よく見りゃドレスの裾、思いっきり汚れてるじゃん! 多分お盆にあったお酒だ。微かにアルコール臭がする。
(ナタリーさんに、なんて言おう)
きっと怒られるよね。こんなシミ作っちゃって。
せっかく私に似合う(?)ドレスを用意してもらったのに。
さすがに落ち込む。
「キミ、誰か一人、医師をここに連れてきてくれないか」
大使が給仕に呼びかける。
「できれば女医を」
女医? どうして?
大使、もしかして怪我してたの?
守れたと思ってたのに。怪我をさせてたとしたら――。
「アナタは、こちらにおかけください」
え? 椅子?
「あのように走って。足をくじかれたりしておりませんか?」
へ? 私? 私の足を心配してくださってるの?
大使の言葉に頭の理解が追いつかない。
「殿下や私を守ってくださったのはとてもありがたいことですが、あまり無茶をなさってはいけませんよ。殿下を大切に思われるのならば、御身を大事になさらないと。心痛で殿下が倒れてしまいます。アナタは、殿下の大切な方なのですからね」
いやあ、それはさすがにないと思います。大使殿。
今だって、殿下が気にかけていらっしゃったのはフェリシラさまだし。そりゃあ、殿下はお優しいから? 自分を守るために護衛が傷つけば、心を痛められるだろうけど。
「大切な方」という表現は激しく間違ってます。
「お気遣い、いたみいります」
かろうじて絞り出した言葉。それが精一杯だった。




