12.答えに窮する質問はおやめください
再び奏でられる音楽。
大広間の中央、みんなの視線を一身に浴びて踊るのは、殿下とフェリシラさま。
間違っても私じゃない。
(ステキ……)
ああいうのを、美男美女のカップルって言うのよね。メチャクチャお似合い。
フェリシラ・ローゼ・ソフィニア・デューリハルゼンさま。
殿下のご親戚筋にあたる方。先日、殿下が訪われたデューリハルゼン公爵家のご令嬢。確か、殿下の祖父、亡き先王陛下の弟君の血筋にあたられる。つまり、殿下の又従兄妹。正真正銘、王家に連なる高貴なご令嬢。
芳紀十九。
三つ違いで、殿下ともつり合いのとれるご年齢。
ゆるくフワリと巻かれた髪。もちろん金色。まるで金で染め上げた絹糸のような柔らかさと美しさ。瞳の色は、薄い水色、アクアマリン。私みたいなキリッと目ではなく、透き通った優しさを感じられる、パッチリお目め。もちろん、まつげ、バッシバシ。
ドレスは、淡い菫色。デコルテの開き具合は、やや控えめに。でも、鎖骨のあたりとか、首元とか、さりげなく見せるところは見せてたりする。リボンも多めに使用。もちろん布地だってケチっちゃいない。腰のあたりで、左右に広がるように作られた生地。その下からは、ドレープたっぷりの濃い目の青で仕立てられたスカートがのぞく。袖口からも同じ青のフリル。濃い青っていう、私のドレスと同じ彩度の布を使っても、その上にある薄い菫色と、多用されたリボン(これも菫色)がその印象を和らげて……。
キレイと同時にカワイイを実現したドレス。
そのドレス、容姿のフェリシラさまが、殿下と一緒に踊っていらっしゃると……。
(まさしく、ヒーロー、ヒロイン! 主役はあのお二方!)
なのよねえ。
金の髪のフェリシラさまと、銀の髪の殿下。
ムスッとしたまま表情を忘れた私と違って、恥じらうように柔らかくほほ笑まれるフェリシラさま。
足取り軽く、見つめ合う、二人だけの世界。
音楽だって、シャンデリアの光だって。なんだって、お二人のために全力で演出いたしますとも。ええ。
私が殿下と踊っている時は、ご令嬢方の「きいいっ!!」って視線があったけど、今は「ほぅ……」っていう、ため息ウットリ視線しかないもん。(もちろん、私もその一人)
羨ましい、妬ましいより、「ステキ……」「見とれちゃう」っていう感情の方が上。当然だけど、「私もああなりたいなあ」なんて、考えることもない。ただそこにある美を鑑賞して、ため息を漏らすだけ。
ただ一つ文句をつけるならば、「殿下のクラヴァットのお色、チェンジ!」ぐらいかな。
私が(ナタリーさんに脅されて)渡したクラヴァット。
殿下は少し驚かれて、でもすぐにそれを巻いてくださったけど。
(ああ、あれさえ青色だったら完璧だったのにぃ~~!)
ナタリーさんがペキパキ指を鳴らそうとも、あんなの渡すんじゃなかった。
今からでも、そのクラヴァットを巻きなおしに行きたい! だって、殿下、元々別の色のクラヴァットを巻いていらっしゃったし。確か、薄紫のヤツ。フェリシラさまのドレスと同じ色だったし、あのクラヴァットを巻いてくだされば、今の世界にピッタリだったのに。
私が余計なことをしてしまったばっかりに。ああ、もったいない。
「これはなかなか……。当てられますな」
隣にいたノーザンウォルドの大使が感嘆の声を上げる。
うん。そうだろうね。
表向きは、ただの表敬訪問だけど、本音は、「ウチの姫さまどうですか?」探りだったんだもん。
こうも殿下とフェリシラさまの完璧すぎるほどの仲睦まじさを見せつけられると、「あ、こりゃ無理だ。出る幕ないや」ってなっちゃうよねえ。
ちょっとだけ同情。
(にしても、ノーザンウォルドの人って、みんな銀髪なのかしら)
少しだけ頭を冷静に戻して、隣に並ぶように立っている大使を観察する。
丁寧に後ろに撫でつけた髪。殿下のと比べるとやや白い印象を受けるけど、それは年齢も加味されているからだろう。軽く頬に刻まれたシワ、穏やかな表情、堂々とした中年男性としての立ち振る舞い。うーん、ダンディ。きっと若い頃はモテたんだろうなっていう、整った顔立ち。
アウスティニアでは珍しい銀髪でも、あちらでは普通のことなのかもしれない。
「ご令嬢、よろしければ、私と一曲踊っていただけますかな?」
うえっ!? 私!?
しまった。ジロジロ見すぎて、気を使わせちゃったかな。殿下と最初の一曲を踊った令嬢を放置しちゃマズいっていう。
「いえ。私は殿下の護衛ですので」
そんな気にしてくださらなくても平気ですよ。
普通、舞踏会の最初の一曲目を踊る相手っていうのは、婚約者とか大切な相手っていうのが相場だけど、私の場合、護衛として連れてくるのに「エスコート」していただいただけで、それ以上に価値のある存在ではないですから。そんな立場で、一曲目を踊らせていただいたことの方がおこがましかったんですから。
まあ、殿下の一曲目を誰がお相手するか。
これは、かなり繊細かつ重要な問題なので(下手すりゃご令嬢方の流血騒ぎに発展する)、無難に私が選ばれただけなんだけど。
(でも、よくよく考えれば、そこはフェリシラさまでよかったんじゃない!?)
だって、ほら、お似合いだし。
容姿はモチロンなんだけど、身分とか立場もね。
王族の姫君だし、殿下と仲睦まじそうだし。年齢的にもつり合いバッチリだし。
ノーザンウォルドの思惑としては複雑になるだろうけど、ご令嬢方の「わたくしが、わたくしのほうが」戦争は勃発しないだろうし。
(じゃあ、どうして私が選ばれてたんだろう?)
はて?
まあ、護衛って点で言えば、最高のガードポジションではあったけど。離れちゃった今、あまり効果ないし。
「護衛の方でしたか。私はてっきり殿下の想い人なのかと思いましたよ」
これは失礼と、軽く大使殿が頭を下げて笑った。
(お、想い人!? 私がっ!? 殿下のっ!?)
それは大誤解ですっ! 大使殿っ!
どうしてそんな誤解を?
(――――あ。クラヴァット)
私のドレスと同じ色のクラヴァット。誤解の原因はあれか。
もしかしてナタリーさん、そういった誤解も折り込み済みで、私にアレを殿下に渡せって言ったんだろうか。
私と殿下。
ただの護衛とその主でしかないのに。
下手すりゃその誤解、国際問題にも発展しちゃう重要案件だよ。
「ご安心ください。殿下に想い人などいらっしゃらないと思います」
まあ、もしかしたらフェリシラさまがその「想い人」なのかもしれないけど。とりあえず、ノーザンウォルドのオススメ姫君を提案する余地はあると思います。
殿下だって、ノーザンウォルドとの友好を大事にしたから、とりあえず(仮)で私をエスコートして、無難に過ごそうとされたんだし。オススメを聴きもせずに、「フェリシラを妻にする」とはおっしゃらないだろうし。
オススメ姫君を推すのがお仕事なら、そのままやっちゃっていいと思いますよ?
「護衛のアナタから見て、殿下とはどのようなお方なのでしょうか」
私から見て?
大使の質問にしばらく答えを探す。
「――素晴らしい方だと思います。政治など詳しいことはわかりかねますが、とても真剣に政務にあたられておられます。私のような護衛に対しても、とてもお優しく接してくださいます」
ご病気で政務を取り仕切れない父王陛下に代わって、祖母君である王太后さまとご一緒にこの国の舵取りをなさっておられる殿下。物腰も柔らかく、優雅で、誰にでも優しく接してくださる。欠点を挙げるなら、ステキすぎてモテすぎること……かな。モテすぎて、お嬢さま方の「わたくしが戦争」が起きそうだもん。
「我が国の騎士は、誰もが身命を賭して殿下にお仕えしたい。そう思っております」
正確には「誰もが」っていうより、「私が」なんだけど。そこはコッソリオブラート。まあ、アインツたちだって殿下のためなら命を投げ出せるよね? 騎士なんだし。(心のなかで部下をやや脅迫しておく)
「慕われているのですね、殿下は」
「はい」
「アナタも、ですか?」
え? いや、それは……。
ってか、どうして「誰もが」オブラートを引っぺがすのよ!
「そうですね。騎士として、国家を担われる殿下を尊敬しております」
ふー。とりあえず誤魔化した。「尊敬」以外の感情はないのかって言われると、そこはちょっと答えづらいけど、ま、嘘はついてない。
というか、こんなに喋ったの、初めてかもしれない。




