1.雄弁は銀、沈黙は金
瀟洒な四阿。
屋根を支える柱は白く、装飾が施されている。屋根もまた同じ。
雨をよけ、日差しを遮るだけならもっと質素で簡素な建物だっていいだろうに。それか豪華にしたいのなら、もっと色を使って派手にしたらいい……なんて思ってはいけない。
ここが白く、それでいて簡素でないことに意味があるのだ。
四阿を取り囲む深い緑の芝生。四阿の白と芝生の緑は対になって、どちらの美しさも引き立て合っている。
芝生の先、この世界を取り囲むように植えられているのは、バラを中心とした満開の花たち。
色とりどりの花……と表現したいところだが、そこはやはり計算し尽くされた上で植えられている。
ピンクの大小のバラを中心に、その合間から零れるように小さな白い花を咲かせるオルレア。スラリと伸びた花茎、淡い紫のリナリア。フワフワの羽毛のような銀緑色の葉を持つラムズイヤーが花の美しさを引き立たせる。足元の芝生との境をカバーするのは、小さな白とピンクのエリゲロン。空との境を彩るのは、空色デルフィニウムと、ベルのような薄紫の花を咲かせたジギタリス。
花の向こう、この世界の先にあるのは、白く輝く大きな城。
そう、ここは王宮の中庭。
花に取り囲まれた、憩いの場所。
で。
そんなところで、私がなにをしているのかって?
四阿で優雅にお茶の時間を楽しむ……のではなく、花の手入れにいそしむガーデナー……でもなく。
花と同じように瀟洒な四阿を眺めているのではなく、その周り、外の世界に向けて突っ立ってます。
だって私、「護衛」なんだもんっ!
だって私、「女騎士」なんだもんっ!
…………はあ。
四阿を絶賛利用中の王子、ナディアード殿下と、その取り巻きのご令嬢たち。
その方々が優雅にお茶の時間を楽しまれている。それを護衛するために、腰に細身の剣を挿し、花の近くに立ってます。
この素晴らしい殿下方のお時間を邪魔する者は許さない!
なーんて、カッコいいことを言えればいいんだけど。
私が今、気になっているのは、その会話ももちろんだけど、何よりそのテーブルに並べられたお菓子と紅茶っ!
繊細な刺繍の施されたテーブルクロス。その上に並べられた花の模様を描いた皿とティーカップ。添えられた銀のスプーン。シュガーポット。ミルクピッチャー。どれをとっても品がいい。テーブルを彩るようにガラスの器には、薄紫の小花。
そしてテーブルの真ん中に立つ、ケーキスタンドには、色とりどりのカワイイマカロン、スコーン、キュウリのサンドイッチが上から順に置かれてる。
ああ、あのカラフルなマカロン。食べられなくてもいいから、じっくりと眺めたい。ご令嬢たちの細いキレイな指。ベリースプーンで、クロテッドクリームやベリーのジャムが塗られていく姿は「優雅!」の一言。一番下のサンドイッチも、キュウリなんていう高級品が使われて、小さく一口大に切ってある。間違っても騎士の詰め所で出てくる、肉汁タップリ染みこんだ、「飯だっ! 食えっ! ドンッ!」って感じの、手で掴めないサイズサンドイッチじゃない。
いいなあ。ホント、羨ましいなあ。
テーブルを縁取るように座る、令嬢方の衣装もまた素晴らしい。
この場所の雰囲気に合わせたのか、ふんわりと優しめの色合いのドレスの方が多い。舞踏会とか夜会ではないのだから、肩をあまり出さず、品の良いドレスをまとっていらっしゃる。白い指先。そっとティーカップを持ち上げる仕草まで洗練されてる。
「ホホホ」「フフフ」と笑い方も当然上品。「ガハハッ」とオッサン笑いをされる方は、当たり前だけど、そこにはいない。
「そういえば、ご覧になりまして? あの新しいオペラ」
「ええ。わたくしはもう。素晴らしい物語でしたわ」
「そうかしら。少し斬新すぎる物語でしたが、最後は悪くなかったですわ。涙なしには語れないお話でした」
「そうなんだ。僕はまだ観てないんだ」
合いの手のように、殿下のお声が令嬢の会話に混じる。
「そうなんですの? それでは、あまり語らない方がよろしいですわね。楽しみがなくなってしまいますから」
「では、よろしければ、今度ご一緒に観に行きませんこと? わたくしもまだ観ておりませんの」
「あら、ズルいですわ。ねえ、殿下。わたくしもご一緒させていただいてもよろしいかしら」
「アナタは、もう観たんではなくて?」
「何度でも観たくなるほど、素晴らしい作品でしたの」
うーん。どこか駆け引きめいたものを感じるけど。
それにしても羨ましい。
そのオペラ、私も気になっていたのよ!
主役は、王太子殿下の婚約者のご令嬢。
昔から、王太子に嫁ぎ、未来の王妃となるのだと教育され、育ってきた令嬢。
たゆまぬ努力と、持ち前の負けん気で、どこからどう見ても妃に相応しいだけの教養と振る舞い、容姿を手に入れるんだけど。
そこに現れる、恋のライバル!
相手は庶民の娘。しかし、不思議な力を持ってるとかなんとかで、「聖女」とか崇められ、王宮に出入りするように。
王太子の妃には、聖なる娘のほうがいいのではないか?
そんな意見の出るなか、聖女が悪漢に襲われたり、怪我を負う事件が頻発する。
もしや、あの令嬢がやっているのでは?
完ぺきなご令嬢ゆえに、感情を伝えるのが下手なご令嬢。頭のなかでは色々考えてても、最後の「~~ですわ」しか言えない。努力の末に手に入れた、冷ややかな印象の美貌。そんな令嬢だから、ますます疑われて、孤立して……。
何もしてないのに疑われ傷つく令嬢。本当は、王太子のことを心の底から愛しているのに――。
あー、もうっ!
その先、どうなるのか知りたいっ!
観たい。観たいよ、そのオペラ。
観に行きたいのよ。私だって。
街で興行師が配ってたチラシには、そこまでしか物語は書いてなかった。あとは観てのお楽しみってかんじ。
だから、話題に出したお嬢さま方には、是非、そのあたりを詳しく話していただきたいんだけど。
「風が冷たくなってきたね。そろそろ中に戻ろうか」
殿下のお言葉で、お茶会終了。お話しも当然終了。
あーあ。
殿下を取り巻くようにして歩き出した令嬢方。
皆さまが立たれたテーブルには、ほとんど手をつけられてないマカロンやスコーンやサンドイッチが残ってて。
うう。
食べたいよぉ。
そのキレイなマカロン、どんな味なんだろ。
そのスコーン、めいいっぱいクロテッドクリームつけて食べたい!
キュウリのサンドイッチ、もったいないっ!
紅茶だって、きっと美味しいんだろうなあ。私たちみたいに、ドバドバミルクを淹れてからお茶を注ぐスタイルじゃなくって、お茶にミルクをそっと注ぐスタイルのお茶。さっきからいい香りを漂わせてたし。味だって美味しいに違いない。
けど、私は護衛だから。
残り物に手をつけるなんてできないから。
後ろ髪をグイグイ引っ張られながらも、その場を離れ、殿下の護衛として彼らの数歩後を歩きだす。
まわりの変化に気を配りながら。おかしなところはないか用心しながら。
心のうちの大葛藤なんてないかのように、ピシッと背筋を伸ばして、表情一つ変えずに、騎士らしく。
それが私の仕事。
それが私の成すべきこと。
城のなか、天上の高い回廊を歩いていく集団。
殿下とご令嬢方。彼らの華やかさは、まるでここにも花が咲いたかのよう。令嬢のドレスが素晴らしいのもさることながら、その中心にいらっしゃる殿下のお姿が……。
ああ、ステキ。
この国では珍しい、銀色の髪。少し柔らかなクセのある髪は、今は亡き王妃さまにソックリ。
涼やかな目元。深い青色の瞳。秀でた額。スッと通った鼻梁。
令嬢に囲まれても余裕でそのお顔を拝めるぐらい、スラリと背の高い殿下。
身のこなしは無駄がなく隙がなく、優雅で典雅。
そしてなにより、柔らかくほほ笑まれるその姿。
私とは、まったくと言っていいほど真逆の人。
「じゃあみんな、またね」
執務室の前、そこで殿下がにこやかに令嬢方に別れを告げる。同時に、部屋の前で侍していた衛兵が、軽く一礼をしてギイッと重厚な音を立てて扉を開いた。
殿下がお入りになる前に、サッと部屋に入り、異変がないか確認する。――特に問題なし。
この後、殿下はここで政務を執られるのだろう。令嬢たちもそのあたりをわきまえていらっしゃるのか、「それではまた」と別れの言葉を述べ部屋の前から立ち去っていく。
令嬢たちが去り、部屋に殿下が入られるのを確認し、私も一礼して部屋から出る。ここからは、殿下のプライベートなお時間だ。たとえ護衛であっても、お邪魔するわけにはいかない。
部屋から辞した私は、衛兵と並んで、部屋の前に立つ。
無言の時間。無音の護衛。
あくまで私は護衛なのだから、殿下のお邪魔になるようなことをしてはいけない。存在を気にされるようなことになってはいけない。
沈黙は金。
騎士とは多くを語らぬもの。
ただ己に課せられた使命のみを果たす。
それが騎士団長を務めていた亡き父の遺訓。
女であっても騎士となれば、甘えは許されない。
それも、この国の世継ぎである殿下の護衛を仰せつかった身としては、気を緩めることは許されない。
けど。けどけどけど。
(はあ~。あのマカロン、一個でいいから食べたかったなあ)
壁を背に、真っすぐに立ちながら思い浮かぶのは、四阿に残されたマカロンや紅茶のことばかり。
一度でいいから、あの場でキレイなドレスを着て、殿下と一緒にお茶したいよぉ。
似合わないのは充分承知だけど、それでもやっぱり夢は見たい。
私だって令嬢たちと何ら変わらない、十八の乙女なんだもの。恋物語に興味はあるし、かわいいものが好きだし、殿下の尊すぎるお姿に、ふにゃ~ん♡ってなって拝みたくなる。
あのお顔。あのお声。
一度でいいから、間近で「リーゼ」って愛称で呼びかけられたい。できれば「♡」つきで。
そんな妄想を、眉一つ動かさず、口元一つ緩めずに脳内でふくらませる。
考えるだけなら、自由。
「沈黙は金」っていう遺訓は守ってるもんね。
妄想をふくらませたまま、私は壁と一体化したかのように、真っすぐに立ち続け、そしてその日の任務を終えた。




