part3
◆闇の王子の恋
内部に複数空洞が存在する、邪悪な巨大樹。魔王城とも呼ばれるその樹の周辺は、魔王と闇の種族の領域だった。
城へ帰った後も、シャドはククのことを忘れられなかった。またククに会いたいとも思った。
しばらく経ち、シャドは三回目の出撃のため、村へ行くのだった。今度は一人だけで村を襲う。
村へたどり着くと、外れの辺りでキキが特訓に励んでいるところが見えた。
ばかばかしい、とシャドは笑うと、キキ目がけて魔法弾を発射した。
幸運にも、キキはとっさに攻撃をかわしたので、無事だった。
「また村を襲いに来たのか!」
キキは反撃しに斧を振り回し、シャドに飛びかかった。しかし、シャドはタイミングよく障壁を張り、斧の攻撃を弾くと、魔法弾をキキにぶつけた。
キキは一瞬にして動けなくなり、倒れた。
「やっぱり魔法が使えない奴は、強い奴に潰されるもんだな」
打ちのめされるキキを、笑うシャド。
「キキ、大丈夫!?」
ククが駆けつけてきた。
「シャド、キキに何をしたの!」
ククの姿を一目見て、シャドは一瞬だけ戸惑った。なぜかやたらと気持ちが昂る。不思議な感情だ。
それでも、シャドは容赦しなかった。
「お前も同じ目に遭わせてやろうか!」
シャドは小枝に魔法を込めた。ククも小枝を構え、攻撃に備えた。
二人の間で、一騎討ちがはじまった。
ククは必死に攻撃を放つが、優勢だったのはシャドの方だった。執拗な魔法攻撃で、ククはあっという間にボロボロになって、ろくに立ち上がれなくなった。
とどめにシャドは、巨大な魔法弾を生成した。
その時、キキは間一髪で目覚めるが、体力がほとんどなく動けない。
「覚悟しろ! とどめだ!」
ついにシャドは叫び、巨大な魔法弾をクク目がけて放とうとした。
ところが、その瞬間。
巨大な魔法弾は放たれることもなく、そのまま消えた。シャドはとどめを躊躇したのだ。
それどころか突然、ククの側に駆け寄った。シャドは魔法でククの傷を癒すと、すぐさまその場を去ってしまった。
その奇妙な光景を見て、二人は混乱した。
「シャド、いきなり怪我を治して逃げてって。どうしたんだろ?」
キキが疑問に思った。ククは言う。
「一緒に遭難してから、様子が変なのよ。きっと何かの前兆よ」
ククは、何かを感じ取ったようだ。
状況を正確に理解できなかったのは、二人だけでなく、シャドの方も同じだった。
本来なら敵であるククにも、シャドは優しくするようになった。もちろん、これは神の掟で許されることではない。
倒すべき敵だったのに。自分は逃げてしまった。シャドは自己嫌悪に陥った。
それだけでなく、ククを将来のお嫁さんにしたいと考えたり、四回目の出撃でククを拉致しようと計画まで立てたりした。良くないことだとはわかっていたが、なぜかククのことを考えてしまう。
◆闇の魔王城
「ククを返せ!」
魔王城についたキキは、暴走状態のシャドと一騎討ちとなる。
シャドは怒りのままに魔法弾を撃ち続けた。キキは苦戦しつつも、必死で攻撃を避けていく。その間に、ククは水晶の中で苦しんでいた。
「これ以上ククを傷つけるな!」
ククが苦しむのを見て、啖呵を切るキキ。すると、シャドは攻撃を止めて訴えた。
「本当は彼女を傷つけたくない……でもそれは闇の神々によって許されないんだ!」
動揺するキキに、シャドは続ける。
「ボクたちは敵同士の宿命だ。途中で仲良くすることが許されない。神に従わなければならない。自由に生きることも許されない。もし僕達が敵同士じゃなかったら……敵同士じゃなかったら!」
シャドはククに片想いしていたが、それと神々に絶対に従うことの間で葛藤している。それに気づいたキキは、シャドは苦しんでいること、魔法を暴走させたことを理解する。
キキは攻撃を止め、シャドに寄り添ってあげた。
「そっか……苦しいんだね」
「魔法も使えないお前に何がわかる!」
「君、本当はククのこと好きなんだよね」
シャドは照れ隠しで怒鳴ったが、キキの言葉を受けてはっとし、攻撃を止める。
「聖なる小枝の少女よ、永遠にこの世から消え去るが良い!」
次の瞬間、まさに今ククに闇の神々の魔法弾が当たろうとしていた。
「危ない!」
思わずシャドはククを庇い、傷つく。
「シャド!」
それを見たキキはシャドを心配する。
「裏切り者め、粛清する!」
闇の神々は怒り狂い、シャドをも粛清しようと目論む。
水晶の檻は破壊されたが、ククは無事に脱出した。キキは倒れたシャドに駆け寄った。
「クク、シャドを治して!」
「わかった!」
キキに頼まれて、ククはシャドの傷を魔法で癒してあげた。幼い頃、巨大樹にしたように、優しく。すると傷は少しずつ小さくなっていった。
「あの時とどめを刺さなかったのは、わたしを思ってくれていたのね」
ククはシャドに微笑んだ。が、闇の魔法弾が二人目がけて直撃する。
闇の巨神がシャドを殺そうとしたのだ。闇の巨神の行いに、キキたちは怒った。
「ひどい! 神様だからって、何やってもいいわけない!」
「そうよ! 自分に都合が悪いから、傷つけていいはずはないわ!」
キキとククは顔を合わせる。
「ぼく、わたしは……シャドを助ける!」
二人はシャドを助けるため、光の神々をも裏切る決意をする。
「闇の人間を助けるとは……我々に逆らうなど、絶対に許さん!」
キキたちの裏切りに対し光の神々は激怒した。二人を粛清しようと猛攻をしかける。邪悪な巨大樹に、光の雨が降り注ぐ。そして、闇の雨も降り注いでいた。
光も闇も、三人を潰そうとしている。
しかし突如、頭上に魔法の屋根が現れ、容赦ない雨から三人を守った。
ドドが障壁を張ったのだ。
「ドド隊長、どうして!?」
ククに尋ねられ、ドドは返した。
「私もお前たちの味方だ! 逃げろ!」
ドドが時間稼ぎをする隙に、二人はシャドを連れて逃げた。
◆神々との戦い
同じく、人間たちも神々に対して反乱を起こしていた。光の人間だけでなく、闇の人間もすべてそうだった。
キキの故郷の村でも、光の巫女が公開処刑された。
今まで長い間、光の人間たちは光の巫女に逆らえないでいた。光の巫女は村の長よりも偉く、その権力で光の人間を支配し、若者達を強制的に戦争へ駆り出していた。キキが成長した後も、巫女は実質的支配者の座に就き続けていた。
しかしシャドの魔法が暴走して大混乱が起きたとき、人間たちは結婚の自由や兵役、掟への不満を爆発させ、巫女を処刑するに至った。
村へついた三人。
「ボクたちも力を貸すよ!」
「今は力を合わせましょう!」
シャドとククが人間たちを説得する。
キキは呼びかけた。
「みんな、行くよ!」
村人たちにキキたち三人も加勢し、人間と神々の戦いが始まった。
ククとシャドは闇の神々に対し、魔法を放った。
キキは光の神々に対し、剣を振るった。
しかし強大な神の力の前には、ちっぽけな人間は敵わず、次々と倒れていく。三人も、苦戦を強いられた。
人間と神々の激しい戦争の中、光の巨神と闇の巨神、二人の巨神が対峙し一騎討ちを始めた。
「さっさと闇に呑まれるがいい!」
最初は闇の巨神の方が優勢で、光の巨神を軽々と追い詰めた。光が弱まり、闇の雲が立ちこめ、世界は黒一色に染まった。何も見えない。太陽も、仲間の顔も。すべてが闇に飲まれかけていた。
しかし、光の巨神も負けてはいなかった。
「お前こそ、光に焼かれるがいい!」
光の巨神はわずかな力を振り絞り、光の雨を降らせる。光の雨によって真っ黒だった世界は、あっという間に白い光に包まれた。
眩しさのあまりキキたちは目を伏せるが、どんなに強く目を閉じても視界は真っ白のまま。さらに灼熱の炎に焼かれるような感覚もした。
世界が光に飲まれそうになった時、キキは悟った。
光と闇、どちらか片方が滅んだら、両方とも滅び、すべてが滅んでしまう、と。
真っ白で前が見えない。それでもキキはただ勘を頼りに、二人の巨神の元へまっすぐ走った。
「やめて! 片方が滅んだら、みんな消えちゃう!」
キキは二人の巨神を説得した。
しかし、二人の巨神はキキを馬鹿にした。
「魔法も使えない一人ぼっちの虫ケラが言うな!」
光の巨神はそう罵ると、魔法でキキを吹き飛ばした。
白い光の海を、キキは落ちてゆく。行き先がわからないまま、どこまでも……。
「キキ!」
突然、キキの体が宙に浮かび出した。
魔法をかけてキキを救ったのは、ククだった。
そう。キキにはクク、シャド、ドド、カカ、ケケ、ココ……他たくさんの仲間がいた。
◆光と闇最後の戦い
「みんな、行くよ!」
キキはすべての人間たちに呼びかけた。
こうして、人間と神々の最後の戦いが幕を開けた。
人間たちは神々に一斉攻撃した。光の魔法使いも闇の魔法使いも、老若男女問わず協力し合った。魔法を使える者だけではない。魔法を使えない者も彼らなりに、槍や斧を使って必死に戦っていた。
ククとシャドも他の人間たちとともに、闇の巨神に立ち向かう。
「シャド、行くわよ!」
「うん!」
二人は連携し、お互いの小枝を交わした。
すると、光と闇のオーラが一つの魔法弾になった。
「よせ! 何をする!」
闇の巨神は怒って、人間たちを蹴散らそうと巨大な闇の魔法弾を放った。
しかし、目の前では何人もの人間たちが攻撃を一斉にしかけてくる。一人一人の攻撃はかゆい程度しかない。が、何千人もの攻撃を、しかも一気に食らうと、流石の巨神もあっという間に身動きが取れなくなった。
その隙を狙い、ククとシャドも心を一つにした。
「はあああっ!」
二人は同時に小枝を振った。二つで一つの魔法弾が放たれた。
二つの魔法弾は、風のような速さで進み、闇の魔法弾と激しくぶつかり合った。
せめぎ合いの末、二つのオーラをまとった魔法弾は、闇の巨神の魔法弾を破壊。
そのまま、闇の巨神の胸を貫いた。
「ぐあああぁぁぁ!!」
光の風、闇の刃に切り裂かれ、闇の巨神は断末魔を上げた。
その光景を見たキキは、人間たちに呼びかけた。
「最強の魔法使い一人よりも、最弱の人間千人の方が強い!」
キキの言葉に鼓舞され、人間たちは光の巨神にも攻撃をしかけた。
もちろん巨神も黙ってはいなかった。
「裏切り者め、粛清だ!」
巨神は指を鳴らし、光の雨を降らせた。
世界中が光で満たされ、すべてが真っ白になった。まぶしい。目を閉じていても、まるで光に焼き尽くされるかのように。
「弱い人間どもが、一つの強い存在に叶うわけがない」
光の巨神は、ボロボロになったみじめな人間たちを嘲笑した。
それでも人間たちは、雨に打たれながらも必死に攻撃を続けたが、何千人もの一斉攻撃を受けても、光の巨神は弱体化せず、むしろ雨を更に強めた。
しかし、人間たちは諦めるどころか逆に戦意と連携を固めた。それぞれの武器や魔法で光の巨神を拘束して、なんとか行動不能にすることに成功した。
それを目にした仲間たちは、キキに声をかけた。
「負けるな、キキ!」
「俺たちがいるじゃないか!」
カカとケケが言った。
「頑張って! 諦めないで!」
「全員で力を合わせれば必ず、勝てる!」
ココとドドが言った。
後から、ククとシャドも駆けつけてきた。
「ボクたちもいるよ!」
「キキ、最後の魔法よ!」
ククとシャドは息を合わせ、小枝を一振りした。二人に魔法をかけられ、キキは光と闇のオーラをまとった。
「きさま、裏切り者め!」
光の巨神は怒って攻撃した。しかし今、キキの剣は二つのオーラをまとっていた。
「はぁぁあああ!!!」
キキは剣を振るった。
光と闇、聖なるオーラと邪悪なオーラを同時に宿したその剣は、光の巨神の胸をも貫いた。
二つのオーラが入り混じる世界の中に、巨神はただ、静かに溶けては、消えていった。
数千人との共闘の末、キキ、クク、シャド、他すべての人間たちは神々との戦いに勝利したのだった。
◆聖杯の神殿
数々の激戦の末、気がつけば三人は聖杯の神殿にいた。それは、光と闇どっちもが聖杯を同時に手に入れた、すなわち引き分けという結果を意味していた。
最初にキキが聖杯を持ち、祈る。
「みんなが楽しく暮らせる世界になりますように」
次にククへ聖杯が渡る。
「光と闇、違う者同士、互いが幸せに共存できる世界になりますように」
シャドへ聖杯が渡る。
「自分のことを自由に決められる生き方ができるように」
聖杯は次から次へと渡り、すべての人々は心を合わせてお祈りした。
「これは……ただちに会議を開かねば」
人々の願いを聞いた神々は緊急で、それぞれの陣営内で会議を開いた。
はじめは意見がうまくまとまらず、話し合いが何日も続いた。最終的に一つの結論が出され、一人残らず全員賛成したことで話はまとまった。
そして各グループの首長が意見をまとめ、最後に両方の巨神が直接話し合った。
「光と闇、お互いがお互いを滅ぼせば、結果としてすべてが滅びてしまう。このような悲劇を繰り返さないためにも今後、神々同士の戦争はもう二度としない」
会議の結果、神々は人間の意思を尊重することに決めた。
「この星の未来は、人間に任せるとしよう」
最後に神々はそう人間たちに告げると、この星を去った。
◆光と闇は一つに
ココは片想いしていた男性と抱き合い、戦友のカカとケケは互いに生還を喜んだ。三人も大喜びし、全員で抱き合っていた。キキが言った。
「光も闇も、みんな一緒に楽しくしよう!」
「いや、私たちはもう光の人間でも闇の人間でもないわ。今ではみんな同じ、人間よ」
ククに直されて、キキは少し照れた。
「ああ、そうだった!」
三人は声を上げて大笑いした。
その後、シャドはククに自分の気持ちを伝える。
「僕たちには、自分の意志で生きる自由も与えられた。でも、これからどうしていくかという責任も与えられた。だから僕はキミと結婚したい。……キミと自由に愛し合い、キミを守る責任を果たすために!」
「ええ、喜んで!」
二人を見守っていた人びとは歓声を上げた。後日、二人の結婚の儀式が行われた。ククは弟キキに別れを告げ、闇の国へ移った。
一方のキキは生まれ故郷へ戻り、そこで光の国を建て、王となった。ククとシャドの方も夫婦で協力して、闇の国で善政を敷いた。
光の国と闇の国、両方とも異民族同士の結婚と交流を認めた。
残った人間たちは自由な時間を手に入れた。更にドワーフの末裔から様々な技術を伝えられ、道具の改良に積極的になった。
こうして人間は、魔法ではなく道具に頼って生活を送るようになる。
またそれと、光と闇の人間同士が交わるようになったことも加わって、魔法の力を退化させていく。そして現代、人間は魔法を使うことができなくなった。
ーおわりー