part1
……むかしむかし、大昔。この世界には、魔王の脅威があった。そして本当に、魔法使いがいた……
◆姉弟の出会い
大昔、まだ人間が原始的な生活をしていた頃の時代。
人間の村で、男の子の赤ちゃんが生まれた。村長の孫で、名前はキキという。村長をはじめ、家族や村の人びとはキキを長の後継者として期待した。
しかし、光の巫女の占いによって、人びとの期待は裏切られた。
「彼は、魔法を使うことができない」
今と違って大昔の人間は、道具を作る代わりに、魔法を使って生活していた。指を弾くだけで、自分の好きなように魔法を使えたのだ。物を動かしたり、空を飛んだりと、普段の生活でよく魔法を使っていた。
大昔は、魔法が上手ければ上手いほど偉い、といわれていた。そのため、魔法が上手い人間は高い地位と権力を手にすることができた。反対に、魔法が使えない人間は他の者から冷たくされ、辛い暮らしを強いられた。
後者に入るキキも魔法が使えないとわかった途端、周囲の態度は豹変した。キキは周囲からひどく扱われるようになり、ひどい時には家畜小屋に入れられたこともあった。挙げ句の果てには、生贄として捧げられるため、聖なる森にある巨大樹の根元へ捨てられた。
天に高くそびえる、美しい緑の聖なる巨大樹。
その下にあるエルフの村では、同じく魔法を使えない女の子ククと心優しいエルフの末裔が、家族のように一緒に暮らしていた。
エルフに育てられた影響で自然を愛するククは、巨大樹にも毎日あいさつをして、家族のように大事にしていた。ところがある日、巨大樹の細い枝が折れてしまった。
いつも通りあいさつに来たククは、枝が折れたことに気づき、心配そうに枝を拾い上げる。
「巨大樹さん、かわいそう。早く治って」
ククが巨大樹に優しく声をかけたとき、巨大樹の根元から、新たな緑の芽生えが現れた。
ククが手に持つ折れた枝が、彼女に魔法の力を授けたのだ。ククはその小枝を大事に持つことにした。
夕方。ククが家へ戻ると、自分と同じ人間の男の子がいた。ククは驚いて、エルフたちに尋ねた。
「この子、誰?」
「こいつはキキっていうんだ。巨大樹の下に捨てられていてな、かわいそうだったから拾ってやったんだ」
話を聞いたククは、キキに自分の名前を教えた。
「わたしはクク。あなたは私たちの新しい家族よ、よろしくね」
名前を覚えたキキは、ククに返事をした。
「うん、よろしく。クク」
その日以来、キキはククやエルフたちと一緒に暮らすことになった。
◆エルフの村
キキとククが出会って、数年の時が流れた。幼い頃と変わらず、二人は本物の姉弟のように仲が良く、お互いを思いやって幸せに暮らしていた。
ところが、それも長く続かなかった。
突然、闇の魔法使いの軍団が襲いかかって来たのだ。
闇の魔法使いといっても、今回は槍の歩兵ゴブリンと、斧の重戦士オークのみだが、油断はできない。向こうはこちらの何倍もの大人数で攻めてきているのだ。
「攻撃せよ!」
ゴブリンの隊長の号令で、襲撃がはじまった。
「そうはさせるか! 行くぞ!」
エルフたちも黙っておらず、槍で応戦した。
「わたしも戦うわ!」
ククも小枝を片手に、魔法で戦う。
エルフの槍攻撃で、蹴散らされるゴブリン軍団。だがすぐに、別のゴブリンが次々と現れ、執拗にエルフを攻撃する。
その隙にオークが背後から重い斧を振り下ろし、大打撃を喰らわす。
命懸けで戦うエルフたち。
しかし抵抗も虚しかった。雑魚とはいえ、相手は嘲笑うかのような、圧倒的人数。倒してもすぐに別の奴が来る。
少人数のこちらでは、とても歯が立たない。
ゴブリンの集団攻撃。オークの斧のとどめ。エルフたちは次々と倒れていった。
「クク、お前はキキのところへ戻れ!」
「でも、村が……」
「ここは俺たちに任せろ! せめてお前だけでも、逃げてくれ!」
残ったエルフもククを逃すと、一人残らず奴らに倒されてしまった。
「引き上げだ!」
誰もいなくなったのを確認し、ゴブリンの隊長は命令した。ゴブリンとオークたちが撤収し、その場は誰もいなくなった。二人生き残った、キキとククを除いて。
キキはというと、魔法が使えなかったため、巨大樹の根の陰に隠れてはただ戦いを見守ることしかできなかった。
「ぼくが、魔法を使えなかったから」
根の陰から荒廃した村を見渡すと、キキは何もできない自分を責めた。
「そんなことない、悪いのはわたしよ」
ククはキキをなぐさめつつ、まだまだ未熟な自分を責めた。彼女も根の陰から村全体を、険しい顔で見渡す。
「ぐずぐずしてられない。今からわたしは修行に出て、もっと強くなって……必ず奴らを倒す!」
悔しい気持ちを切り替えて、ククは旅へ出る決意を固めた。
「キキは留守番してて。危ないから」
「ぼくも行く! クク一人じゃ危ないよ。何でもする!……できる限りのことはする! クク一人じゃできないこともあるし、ぼくにできることだってあるはず!」
キキも真剣な顔だった。説得の結果、キキはククの旅に同行させてもらえることになった。
身支度を済ませ、二人は滅んだ村を後にして、旅立った。
◆ 光と闇の神話
村を出て初めての夜、二人は野宿することになった。
「キキ、話さなくてはいけない大事なことがあるの」
「大事なこと?」
「エルフから聞いた昔話よ。今に繋がるとても大事な話だから、よく聞いて」
前置きして、ククはキキに昔話を語るのだった。
「遥か大昔、光の神々と闇の神々との間で、世界を巻き込むほどの大戦争が繰り広げられていた。
争いは何百年何千年と続いたが、一向に収まらない。
そこで、両方の神々はそれぞれ人間を創造した。
闇の神々は、『闇の魔法使い』という闇の人間をつくり、続いてゴブリンとオークをつくった。
光の神々も、『光の魔法使い』という光の人間をつくり、続いてエルフとドワーフをつくった。
神々は戦争のルールも決めた。勝利の条件は、先に『神の聖杯』を手に入れること。これらルールの下で、神々はこの二種類の人間に代理戦争をさせた。
こうして、光と闇の戦いがはじまった。
人間は、神のしもべとして、また戦争の道具として、生まれたのよ。だから、神の命令や掟は絶対に守らなくちゃいけないの。
私たち光の魔法使いの使命は、光の神々のために闇を滅ぼすこと。神のためなら、どんな約束も絶対に破ってはならない。
戦うためには、命を犠牲にする覚悟も必要よ」
それから、ククは旅中で魔法の練習に励んだ。小枝の扱い方にも慣れ、ククの魔法は日に日に上達していった。それに対して、魔法を使えないキキはただ戦闘を見守るしかできなかった。
今日も、ククの練習するところを見ては、自分の弱さにがっかりして、キキは思わず下を向く。すると、足元には太い枝が落ちていた。
自分も小枝があれば、魔法が使えるのではないか。キキは試しにその太い枝を拾い、何度か振り回してみる。硬くて丈夫な質感で、普通の細い枝より少し重いけど、楽に振り回せる程には軽い。
しかし、振り方回し方を工夫しても、魔法を使うことはできなかった。やはりがっかりしたキキだが、いつかは使いこなせると思い、太い枝を取っておくことにした。
◆ 闇の魔法使い襲撃
旅の途中で何度もゴブリンやオークの襲撃に遭ったが、いずれも追い払い、ククたちは数々の冒険を乗り越えていった。
しかし、今度の戦いは、いつも以上に手強かった。
今までのゴブリンといった魔法も使えない弱い雑魚などではなく、しっかりと魔法を使いこなす人間__闇の魔法使いが十人近い人数で襲ってきた。
「一人として逃すな!」
奴らの一人は叫んだ。別の一人は人差し指をキキに向け、闇の魔法を発射した。魔法は風のように、凄まじい勢いでキキに向かおうとした。
その時だった。ククがキキの前に出て、小枝を振った。すると、闇の魔法は逆方向に跳ね返され、奴らに当たった。うち一人が倒れた。
「クク、ありがとう!」
「キキ、今のうちに逃げて!」
キキは言われた通りに、木の陰に隠れた。
ククと奴らの間で、魔法の撃ち合いが続いた。最初は、強力な魔法を使う奴らの方が優勢だった。だが、強ければ強いほどその分、敵に跳ね返されたときの打撃も大きなものとなる。それに、ククは小枝さえあれば、並以上に上手く魔法を使いこなせた。
奴らの攻撃をかわしては、跳ね返していくうち、三人が倒れた。いつの間にか、ククの方が優勢になった。
とどめに聖なる小枝を一振りすると、枝の先が光り出す。放たれた光の魔法は、奴らに見事命中。残りの三人も全員倒れた。
ほっとしたのも束の間、まだ戦いは終わらなかった。
目の前に、ククと同い年ほどの人間の少年が現れた。彼もククと同じく、手に小枝を握っていたが、小枝からは邪悪なオーラが漂っている。また、彼は冷たい目をしていた。
「あなたは、誰なの」
ククに問い詰められて、少年はふてぶてしく答えた。
「闇の魔法使いを率いる魔王、シャド王子だ」
彼はキキやククと同じ人間ではない。闇の魔法使いだったのだ。
「お前は今までに、何人ものゴブリンやオークを倒したようだな。光の魔法使い! お前には、今すぐ消えてもらう!」
シャドは小枝を一振りした。邪悪な小枝から放たれた闇の魔法は、ククに直撃。弾みでククは後ろへ吹き飛ばされた。
しかし、シャドは攻撃を止めない。さらに三回、魔法を放った。いずれも命中し、ククは大きく傷ついた。
ククが危ない。ククが苦戦するのを、キキは、黙って見ていられなくなった。
「見つけたぞ、逃すな!」
突如、後から来た闇の魔法使い複数人が、キキを囲い込んだ。
「かかれ!」
奴らはキキを睨みつけると、固く握りしめた拳に魔法を宿し、一斉に襲いかかった。
思わず、キキは枝を大きく振り回した。今こそ、魔法が覚醒するときだと信じて。意識を全集中させて。
ところが、どれだけ強く念じても、魔法が発動しない。その隙に、奴らはキキ目がけて殴りかかった。
その時だった。
奴らの一人が拳を振り上げたと同時に、キキの枝がそのまま、勢いよくその一人に当たった。太く丈夫な枝の衝撃で、一人は遠くまで吹き飛ばされた。
キキも動揺した様子だったが、気を取り直して枝を構える。
そんなことにも構わず、他の奴らは、拳に魔法を宿し殴りかかった。
「気を抜くな! ぶちのめせ!」
「負けないよ!」
キキのほうも、枝を大きく振り回した。枝はまた奴らに当たり、うち数人を遠くまで吹き飛ばした。キキは枝を振り回して、次々と奴らを倒した。
奴らが全員いなくなり、ようやくククの元へ駆けつけることができた。
◆闇の王子
「クク! 大丈夫!?」
「キキ、来てくれたのね」
ククはまだ意識があったが、だいぶ傷を負っているようだ。
「ククを傷つけるなんて、絶対に許さない!」
ククの傷を見て、キキはシャドに憤った。しかし、シャドは不敵に笑った。
「邪魔が増えたな。まぁ良い、お前も消してやる!」
シャドは小枝を振るい、大きな魔法弾を放った。魔法弾が当たると大きく弾け、キキは傷ついた。
「キキ、逃げて! あなたは戦えない!」
ククは叫んだ。が、キキは弱々しくも立ち上がった。
「確かにぼくは、魔法ができない。でも、他にできることは必ずある! 枝を思いっきりぶつければ良いんだ!」
キキは全力で、シャド目がけて枝をぶつけようとした。
しかし、シャドは魔法の障壁を張った。枝の攻撃が弾かれ、キキは後ろへ倒れこんだ。
「枝をぶつける? そんなのは無駄だ! 例えそれで人を殺せたとしても、魔法が使えない奴は能無し! この世界では、魔法を使える奴が一番強い!」
弱ったキキを、シャドは嘲笑い罵った。それを見て、ククは怒りを爆発させた。
「わたしたちだって、魔法を使えるわ! あなたたちに負けるはずがない!」
ククは叫びながら、シャド目がけて魔法弾を放つ。だが、それも、シャドの障壁ですべて弾き返されてしまった。
やはりシャドは笑った。とどめに、シャドは今までよりも大きく小枝を振るうと、巨大な魔法弾を生み出した。
魔法弾は、風のような勢いで、キキに向かって進んだ。そしてキキに当たると、衝撃とともに大きく弾けた。
キキはもう弱りきっていた。
「キキ!」
ククは悲しげに叫んだ。
「言っただろう! この世界でものを言うのは魔法を使える奴だ、と。いつまでも魔法を使えないなら、一生諦めろ!」
馬鹿にした笑みを浮かべながら、シャドは向こうへと去っていった。
「キキ、大丈夫!?」
ククはキキに寄り添い、声をかける。
「何とか、大丈夫。ククも大丈夫?」
キキの方も、ククを心配していた。
「わたしは平気よ。やっぱりわたしたち、もっと強くならなきゃ」
ククはさらに決意を固くした。その目は真剣だった。
「そうだね。ぼくも、できることをもっも増やさなきゃ」
キキも使命感を持ち、二人は今までよりも熱心に修行に取り組むようになった。何日間も旅を続け、二人はドワーフの村に到着した。