表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/21

07.父と兄

 コーネリアスは、アイザックからロゼッタを引きはがすようにして抱き上げる。


「どうしたのだ? 何かされたのか? こいつにいじめられたのなら正直に言うのだぞ!」


 必死な様子で叫ぶコーネリアスだったが、アイザックはその態度に苛立ったようだ。眉間の間に皺を寄せると、唇を尖らせる。


「失敬ですね、人聞きの悪い。僕は何もしていませんよ」


 不満げに答えるアイザックに対して、コーネリアスも険しい表情を向ける。


「何もしていないだと? そもそも、何故ここにいるのだ?」


 責め立てるような口調で言われても、アイザックは怯まない。それどころか、逆に呆れた顔をした。


「そりゃあ、可愛い妹に会うために決まっているでしょう。父上は、そんなこともわからないんですか?」


 そう言って、さも馬鹿にしたように肩をすくめてみせる。

 コーネリアスは黙ったまま、冷ややかな目を向けた。しばらく無言のときが続く。


「お、おとうさま、おにいさまは悪くないです。わたしが勝手に……」


 ロゼッタはおろおろしながら、間に割って入った。二人の間で板挟みになって、居心地が悪い。

 沈黙を破ったのは、コーネリアスの大きなため息だった。


「アイザック、あまりロゼッタに近づくでない」


「お断りします。せっかく離宮から出てきて、会えるようになったのです。兄妹なんだから、仲良くするのは当たり前でしょう?」


 アイザックは堂々と主張する。

 コーネリアスは疲れ切った顔をしながら、こめかみを押さえていた。


「とにかく、ロゼッタが嫌がることはしてくれるな。この子は繊細なのだ。お前の強引さに、怯えてしまうだろう」


「おにいさまはこわくない……ですよ」


 ロゼッタが否定すると、アイザックはくすりと微笑んだ。そして、愛おしそうに目を細める。


「ありがとう、ロゼッタ。きみは優しい子だね。人の心なんて持ち合わせていない父上が溺愛しているだけあるよ」


「アイザック、口を慎め」


 コーネリアスは苦々しい表情で言った。

 それを気にすることなく、アイザックはロゼッタを見つめる。


「きみの髪は僕と同じ、黄金色の髪だね。でも、瞳の色はけぶるような紫だ」


 そう言って、アイザックはロゼッタの瞳を覗き込む。


「こんな紫の瞳、初めて見たよ。本当に綺麗な色だな。きっときみは特別なんだね。……父上もそうは思いませんか?」


「……ああ、そうだな」


 これまで不機嫌そうだったコーネリアスだが、アイザックの言葉に素直に頷く。

 その表情は何かを懐かしむような、それでいて切なそうなものだった。


「父上?」


 アイザックは、不思議そうな顔をする。ロゼッタもコーネリアスの様子に違和感を覚えた。

 だが、彼はすぐに取り繕ったように笑顔になる。


「何でもない」


 そう言って、コーネリアスはロゼッタの頭を優しく撫でた。


「……アイザック。ロゼッタとこれからも会いたいというのなら、大切に扱え。そして、しっかりと守ってみせろ。それができるのであれば、今後もお前と会うことを許そう」


「ええ、もちろんです」


 アイザックは胸に手を当てて、恭しくお辞儀をした。ロゼッタは彼らの一連のやりとりを聞きながら、自分が大切にされていることを実感していた。

 今世では、きちんと愛されている。命の危険を感じることもなく過ごせるのだ。

 そう思うと嬉しくて、そっと自分の胸を押さえた。


「アイザック、お前はそろそろ戻れ」


 コーネリアスは、険しい顔つきで言った。


「はいはい、わかりましたよ」


 アイザックは肩をすくめてから、ロゼッタに向き直る。そして、ぎゅっと小さな手を握った。


「ロゼッタ、またね」


 微笑みながら言われて、ロゼッタも笑みを浮かべる。


「はい、またお会いできる日を楽しみにしています」


 ロゼッタが言うと、アイザックは満足そうに頷く。そして、くるりと背を向けて扉の方へと向かった。

 それから彼は、扉を開けながら振り返った。その視線はまっすぐにコーネリアスへと向けられている。


「父上、もう少し子ども部屋らしくなさってはいかがですか。ここは、子どもの遊ぶようなものはないのでしょう? これではロゼッタが可哀想だ」


「……考えておこう」


 コーネリアスが苦々しげに返答すると、アイザックは得意そうに微笑んだあと部屋を出た。


「おにいさまって、すごいですね」


 扉が閉まると、ロゼッタは感想を漏らした。すると、コーネリアスは苦笑しながら頷く。


「あの子は小さな頃からできた子だ。優秀ではあるが、少々手が焼ける」


 彼はそう言って、頭を押さえた。ロゼッタはコーネリアスが苦悩している姿に、思わず笑ってしまう。

 何だかんだと言ったところで、彼もアイザックを愛しているのだろう。そうでなければ、ああも気安く接することを許さないはずだ。


「ふふ、おとうさまはおにいさまのこと、嫌いではないんですね」


 楽しげに言うと、コーネリアスはぴくりと反応した。そして、何かを言いかけて口を閉じる。だが、わずかに視線を逸らすと、諦めに似た微笑みを浮かべた。


「……まあ、そうだな」


「よかった。わたし、おにいさまのことが好きなんです」


 ロゼッタが無邪気に言うと、コーネリアスは驚いたように目を見開いたあと、目を細めた。


「……そうか」


 素っ気ない返事だったが、彼の穏やかな表情を見ればわかる。彼は今、嬉しいと思っているのだろう。


「おとうさま、笑った方が素敵ですよ」


 素直な気持ちを伝えると、彼は戸惑ったようにロゼッタの頭を撫でた。


「そう、か?」


「はい、とっても!」


 コーネリアスが照れたような、嬉しそうな笑みを浮かべる。ロゼッタは嬉しくなって、満面の笑みを浮かべた。

 そのうち、またアイザックも遊びに来てくれるだろう。ロゼッタはその日を楽しみに待つことにした。




 そして翌日、アイザックは早速ロゼッタのもとを訪れた。

 また一人で本を読んでいたロゼッタは、本を置いて立ち上がる。


「やあ、ロゼッタ。元気にしていたかい?」


 彼は笑顔で部屋に入ってくると、ロゼッタのもとまでやってきて両手を広げる。そして、そのままぎゅっとロゼッタを抱き締めてきた。


「……おにいさま」


 ロゼッタが困惑していると、アイザックは咳払いをして力を緩める。そして、今度は壊れ物を扱うようにそっと触れてきた。


「申し訳ない、きみがあまりにも可愛らしかったから、つい強く抱き締めてしまった」


 まったく悪いと思っていない様子でそう告げると、彼はにっこりと笑う。

 幼さと大人っぽさの同居するアイザックに、ロゼッタは苦笑した。


「おにいさまはお忙しいのではないですか? おとうさまに叱られてしまうかも……」


「大丈夫だよ。今日のするべきことは全部終わらせて、しっかり時間を作ってきているから」


 アイザックは胸を張って答える。そして、彼は両手を広げて、その背にある扉を示した。


「さあ、出かけようか。今日は良い天気だから、庭園を散策しよう」


「え、でも……」


 戸惑うロゼッタの手を取ると、彼は扉へ向かって歩き出す。その足取りは軽く、楽しげだった。

 これまでロゼッタは、離宮の外へ出たことがない。父の宮殿に来てからも、部屋から出ることはほとんどなかった。

 つまり、こうして誰かと出掛けるのは、初めてのことなのだ。

 見知らぬ世界へ踏み出すことに、不安と期待が入り交じる。ロゼッタは、ぎゅっとアイザックの手を握り締めた。


「大丈夫、僕がついているよ」


 アイザックは優しく微笑んで、ロゼッタを安心させるように頭を撫でる。

 そのぬくもりに励まされながら、ロゼッタは兄と共に部屋を出た。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ