05.大好き
「……昔、守ることができず、私には守る資格すらなかった人がいた。その人のことを思い出していたとき、お前が高熱を出したと聞かされてな……」
コーネリアスは、懐かしそうに目を細める。
「その人が導いてくれたのかもしれない。これ以上愚かな真似をするな、と。それで、お前のところへ行ったのだ」
「……っ」
はっとしたロゼッタは、思わず口を開きそうになるが、慌ててそれを飲み込んだ。
彼が言っているのが、ニーナのことなのだとわかってしまったからだ。
そうだ、コーネリアスが助けに来てくれた日は、かつてニーナが処刑された日だった。
きっと、ニーナのことを思い出してくれていたのだろう。
そういえば、寝室にあったのは白い百合のようだった。かつて、ニーナが好きだと言った花だ。
まさか、覚えてくれていたというのか。
いや、ちらっと見えただけで本当に白い百合かどうかはわからなかった。見間違いということもある。
でも、もし本当に覚えていたのなら……。
そう思うと、胸の奥が熱くなった。
ロゼッタは、泣きそうになるのを必死にこらえる。
「どうした?」
黙って俯いてしまったロゼッタの顔を、コーネリアスが覗き込んでくる。
「なんでも、ありません……」
そう言ったロゼッタだったが、声が震えてしまったため、コーネリアスは不思議そうな顔をした。そして、心配そうに抱き締めてくる。
「どうした? なにかつらいことを思い出したか? それとも具合が悪いのか?」
気遣うような声音に、ますます目頭が熱くなった。しかし、ここで泣いては余計に心配をかけてしまう。
ロゼッタは、ぐっと歯を食いしばって涙をこらえた。
「大丈夫です……」
なんとかそれだけを口にすると、コーネリアスは安堵の息を漏らした。そして、さらに強く抱き締めてくれる。
「間に合って良かった。お前が無事で良かった」
そう言われて、ロゼッタの胸はますます苦しくなった。
だが、その苦しささえも今のロゼッタにとっては幸せだった。
愛されるというのは、こんなにも心を満たすのだと初めて知ったから。
前世では得られなかった、家族からの愛情だ。
欲しくてたまらなかったものが今、この手の中にある。
それが嬉しくてたまらなかった。
「おとうさま」
ロゼッタはコーネリアスの胸に顔を埋めたまま、彼の服をぎゅっと掴んだ。そして、小さく呟く。
「大好き」
それは、紛れもない本心だった。
前世の自分だったら、これほど素直に口にすることはできなかっただろう。相手の迷惑になるのではないかなど、ごちゃごちゃと考えてしまったはずだ。
しかし、今のロゼッタにとっては恐れることなど何もなかった。
なぜなら、ロゼッタはコーネリアスの娘なのだから。
愛されて当然の存在なのだ。
たとえ、前世で自分の婚約者だったとしても関係ない。今のロゼッタにとっては、コーネリアスは大切な父親だ。
「ああ、私もお前が大好きだ」
そう口にしたコーネリアスがどこか泣きそうに見えて、ロゼッタは思わず笑みをこぼした。
そして、彼の背中に腕を回して抱き締め返すと、さらに強く身を寄せるのだった。
それから、すぐにたくさんの本が部屋に運び込まれた。
コーネリアスが手配してくれたらしい。ロゼッタは、毎日のように本を読むのに夢中になった。
侍女たちも増えたが、同じ年頃の者はなく、皆ロゼッタを腫れ物のように扱う。
それでも、ロゼッタは気にしなかった。
前世のニーナは、もっとひどい針のむしろの中にいたのだ。それに比べれば、今は天国だった。
そして、コーネリアスもロゼッタの相手をしてくれる。
執務の合間を縫って会いに来てくれて、一緒にお茶をしたり、本を読んだりするのが何よりの楽しみだ。
こうしてロゼッタは、穏やかな日々を過ごした。
だが、そんなある日のこと。
ロゼッタが部屋で一人、本をめくりながらコーネリアスの訪れを待っていると、誰かが扉を叩く音がした。
「おとうさま?」
ロゼッタは、顔を上げて扉を見つめる。
ところが返事はなく、代わりに扉が開いた。
そこに立っていたのは、コーネリアスではなかった。彼を幼くしたような、金髪の少年がそこに立っていた。
ロゼッタは、驚きに目を見開く。
「あ、えっと、あなたは」
どことなく不機嫌そうにも見える少年に、ロゼッタはおずおずと声をかけた。
すると少年は、ロゼッタの前までやって来る。
「ロゼッタだね?」
少年は、ロゼッタのことを見下ろしながら言う。その声は、どこか冷たい響きを含んでいた。
「はい、そうです」
ロゼッタが頷くと、少年は腕を組む。
「父上はきみを溺愛しているみたいだね。まったく、信じられないよ。しかも、父上の宮殿に住むなんてね。僕を放り出して……」
少年は、苛立たしげに吐き出した。
「あ、あの……」
ロゼッタは、おろおろと少年を見上げる。
黄金色の髪に鮮やかな青色の瞳は、コーネリアスとそっくりだ。整った顔立ちもよく似ている。年の頃は十歳ほどだろうか。
しかし、彼はコーネリアスと違って、険しい表情を浮かべていた。
「あ、あの……あなたは……もしかして……」
おそるおそるロゼッタが尋ねると、少年は眉根を寄せた。
「僕は王太子アイザック。きみの兄だ」