03.母からの解放
このまま、自分は死ぬのだろう。
助けてほしいと言ったところで、誰が来てくれるというのか。
前世で処刑されるときも、どうせ無駄だと知っていたから、そのようなことは言わなかった。
だから、今回も諦めようとした。
けれど、諦めきれなかった。心の奥底では助けを求めていたのだ。
「たす、け……て……」
絞り出すように、ロゼッタは声を発する。
とても小さな、蚊の鳴くような声だったが、それでもロゼッタは初めて自分から助けを求めたのだ。
一度言葉にすると、それは堰を切ったかのように溢れ出した。
最後の力を振り絞るように、ロゼッタは手足をばたつかせる。
抵抗と呼べないほど弱々しいものだったが、幸いなことにマライアの顔面に当たったようだ。
わずかに怯んだマライアが手を離した隙に、ロゼッタは大きく息を吸う。
「げほっ! ごほ……っ!」
激しく咳き込みながら空気を貪るロゼッタ。
そんなロゼッタを見下ろしながら、マライアは舌打ちをした。
「生意気な子ね」
そう呟き、再びマライアの手が伸びてくる。
「たすけて……! わたしは、しにたくない! まだ、しにたくなんてない!」
涙で滲んだ視界に、ロゼッタは必死に手を伸ばす。
しかし、その手は虚しく宙を切るばかりだ。
「たすけて……! だれかたすけて!」
決して叶わないと知りながらも、ロゼッタは叫んだ。
マライアの手がロゼッタの首にかかる。徐々に強くなっていく圧迫感に抗いながら、ロゼッタは必死にもがいた。
すると、次の瞬間――。
「マライア、何をしている!」
叫び声が響き、ロゼッタに馬乗りになるマライアを誰かが勢いよく突き飛ばした。
一瞬の間のあと、ロゼッタは咳き込みながら息を吸う。全身で呼吸をして、ようやく自分がまだ生きていることを実感した。
そんなロゼッタを、誰かが抱き起こす。
「大丈夫か!?」
そこには、先ほど部屋を出たはずのコーネリアスが立っていた。
ロゼッタは、コーネリアスに抱き起こされた状態で呆然とする。咳き込んだせいか、また涙が溢れた。
「無事か!? 私がわかるか?」
必死に問いかけてくるその人に、なんとか頷き返す。
「お……とう、さま」
掠れた声で、ロゼッタは呟く。
まさか本当に助けに来てくれるとは思わなかった。それも、一番期待していなかった人が来てくれたことに、ロゼッタは戸惑う。
コーネリアスはそんなロゼッタを見て安堵の表情を浮かべたあと、すぐに怒りに染まった。
「マライア! お前はなんということをしたのだ!?」
コーネリアスは、ロゼッタを腕の中に抱えたまま、マライアに厳しい視線を投げかけた。
マライアは、焦りながら首を横に振る。
「ち、違います、私はただ……」
「私の娘に何をする! 正気か、お前は!?」
「ひいっ」
マライアは、怯えるように悲鳴を上げた。その様子を、ロゼッタはただ黙って見つめる。
「お、お許しください、陛下! 私はただ、陛下に愛してほしくて……」
ロゼッタを虐げていた罪の意識など、少しも感じていないのだろう。マライアはまるで自分が被害者であるかのように、涙を溢れさせながら訴える。
そんなマライアの言い分に、コーネリアスは額を押さえて深いため息を吐いた。
「……どうやらマライアは病に侵されているようだ。王都を離れて療養させることにしよう」
「お、お待ちください、陛下! 私は何も……っ!」
「黙れ。これ以上私を失望させるな」
コーネリアスは、ロゼッタを抱えたまま立ち上がった。そして、マライアの悲鳴を背後に聞きながら部屋を出ていく。
ロゼッタは、ぼんやりとコーネリアスを見上げた。
「お、とう……さ、ま……」
「無理に喋るな」
コーネリアスは、掠れるロゼッタの言葉を遮ってそう答えた。その横顔はひどく険しいもので、怒っているようにすら見える。
そんな様子に怯えてしまい、ロゼッタはすぐに口をつぐむ。
「すまなかったな」
「……え?」
ぽつりと、呟くように告げられた謝罪に、ロゼッタは目を瞬かせた。
「私がもっと早く来ていれば、このような事態にはならなかったはずだ。私がお前を守ってやらなければならなかったというのに……すまない」
コーネリアスは、ぎゅっとロゼッタを抱き締めた。そのぬくもりに、胸がきゅっと締めつけられる。
本当に助かったのだと、ふつふつと実感がわいてきた。
「おとうさま……」
ロゼッタは、おずおずとコーネリアスの背に腕を回した。
再び涙が滲んできたが、今度は悲しいからではない。コーネリアスの優しさが伝わってきて、嬉しかったからだ。
「私のせいで、お前にはつらい思いをさせてしまった。……あのときの過ちを繰り返すところだった。本当にすまない」
コーネリアスの言葉に、ロゼッタは首を傾げる。
あのときとは、どのときなのだろうか。よくわからないけれど、コーネリアスは自分を責めているようだ。
「おとうさま、わたし、大丈夫。もうこんなの慣れっこだから」
まだ少し痛む喉を押さえながら、ロゼッタはそう言った。
するとコーネリアスは、ひどく悲しそうな顔をしたあと、再度強くロゼッタを抱き締めた。
その腕が、かすかに震えているのが伝わってくる。
「もう、大丈夫だ。お前にはつらい思いをさせることはしない。お前の助けを求める声が聞こえた。もう二度と、その声を聞き逃すことはしない」
そう言って、コーネリアスはロゼッタを抱く力を強めた。
その抱擁と言葉の温かさに、ロゼッタの目頭がまた熱くなる。
今度こそ、自分は幸せになれるかもしれない。そんな思いが、ロゼッタの胸にわいてきた。
「おとうさま……」
ロゼッタは、コーネリアスの腕の中で目を閉じた。もう大丈夫だという安心感に包まれて、意識が沈んでいく。
「これからは私がお前を守る。その紫色の瞳……今度こそ必ず守ってみせるから」
眠りに落ちる寸前に、そんな声が聞こえた気がした。









