第7話 既成事実
というわけで、この週の休日。
「早く行くのでちゅ! サリア!」
「わかった、わかっているから胸を叩かないでよ」
私はジェイドと共に町に――自室がある大教会が構えている、マクシミリアン王国で一番大きな町。
城下町に出かけるのであった。
「はぁ……ごめんねジェイド、無理させちゃって」
「サリアの立場が危うくなれば、おれちゃまも危ないのでちゅ。なので安全にちゅるに越ちたことはないのでちゅ!」
「そう言ってくれて心が休まるよ……」
お出かけの服装は、ブラウスとスカートが密着したワンピース。あえて胸元がリボンで閉じられるタイプにし、そこにジェイドを突っ込んでいる。
要は初めて彼と出会った時と同じ、巨乳スタイルだ。ジェイドのことを誰にも言っていない以上、大っぴらに歩かせるわけにもいかなくて、色々考えた結果こうなった。
「なんて話している間に……到着したよ。何か感じる?」
「くんくん……木の実や葉の匂いがちゅるのでちゅ! ちょっとだけど、リンゴもあるでちゅ!」
「正解。ドラゴンは鼻も利くんだね。ここは市場だよ」
ジェイドは私に抱き着いた状態でいてもらっているので、外の光景が何も見えない。それ以外の物で察してもらうのは、本当に申し訳ない。
でも本人(本竜?)も満足しているようだし、私は気を取り直す。ジェイドに説明したようにここは市場で、一通り歩けば主要な食材は揃う。台所と形容するにふさわしい場所だ。
「すみませーん、リンゴください」
「はいよー。何個にする?」
「うーんとりあえず……10個で」
個数を伝えると、八百屋のおじさんは少し苦笑いを見せた。私一人で10個食べると思い込まれている。
代金もしっかり払い、持参してきた袋にどんどん入れる。ずっしりと重いけど、こういうのは魔法を使えばどうにかなる。
「ありがとうございましたー」
「……サリア、魔法が上手でちゅね。上手く魔力をコントロールちているでちゅ」
「あはは、これぐらい訓練受ければできるよ」
ジェイドとこっそり話しながら八百屋を後にする。リンゴも買ったし目的は達成、あとは帰るだけなんだけど――
「……ねえ、ジェイド」
「何でちゅか?」
「もう一つだけお店に寄ってもいい?」
「ぶ? いいでちゅけど、何のおみちぇでちゅか」
「それはね……お菓子作りのお店」
(……)
「今から買うのはね、バターと砂糖。これを使って一工夫するの」
(……?)
「芯を繰り抜いて、そこにバターと砂糖を入れて焼くの。皮はついたままでね。でもこうすると皮にも火が通って食べられるんだよ」
(あの女、誰と話していやがる……?)
「そうよ、私が小さい頃にね、皆とこうして食べたの。『流星の森』って名前の通り、流れ星が綺麗な所で……」
(……!!! 『流星』……!!!)
「――うおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーっ!!!!!」
「……っ!!!」
突然背中に走った殺気――
私は瞬時に振り向きつつ、それから躱すように動いた。
背後から槍を持った男が突進してきて、私の隣を通り過ぎていく。
「はぁ……はぁ……!!!」
「な、何ですかあなたは……!」
男と対峙し、彼の顔を目の当たりにする。その目は深い憎悪に染まっていた。
「おい、お前はサリアだろ……? 『流星の森』出身のサリア!!! 俺はお前を許さねえ!!!」
「え……一体何をしたって、」
「お前は国王陛下を殺したんだ!!! 『流星の森』は反逆者を炙り出す為に焼かれた!!! だが、その反逆者はのうのうと生きていて、しかもルーファウス様の婚約者にまで上り詰めて――」
「この女狐が!!! 俺は騙されないぞ!!! マクシミリアンに蔓延る悪は、こいつだー!!!」
違う。
(何だって?
サリア様が陛下を?)
断じて違う。
(『流星の森』には、
前々からそういう噂があったけど……)
何度言われようとも首を横に振る。
(そうか、サリア様が……)
(いや、サリアがそうだったのか!?)
「――私はやっていない!!! むしろ私は被害者だ!!! 突然森を焼かれて、故郷を失って――」
「言い訳なら地獄で聞かぁ!!!」
「ぐっ……!!!」
男は槍を構えて容赦なく私に迫った。咄嗟に魔法を使い、障壁を生み出してそれを弾く。
突然のことだったので、少し頭に痛みが走った――だが戦闘は終わる気配がない。
「お前っ!!! 何で素直に死なねえんだ!!! 国王陛下を殺して罪悪感とかないのか!!!」
「だから、そんなの知らない……!!!」
紛うことなき濡れ衣。不確定の噂を、この人に勝手に真実にされた。
「抵抗するってことは、何か言い分があるんだな!? だったら地獄で聞いてやらぁ!!!」
「つまり、絶対死んでもらうつもりじゃん!!!」
この人が真実と言ったから、何もかもが真実になってしまった。
気付けば戦場は中央広場まで移っていた。人混みを避けて、より戦いやすい戦場を求めた結果である。
そして広場に続く道は、全部城下町の人々が塞いでしまった――一体何があったのかと、野次馬根性で集まったのだ。
「ふんっ!! やああああっ!!!」
私にできることは、この男の攻撃を見切って、それを魔法でいなしていくだけ。攻撃するつもりはなかった。
「どうしたどうした!!! 逃げ回ってないで、素直に観念したらどうなんだぁ!? 嘘つきは重い罪なんだぞ!?」
「嘘をついているのは……そっちでしょうが……!!!」
流石に生死が懸かっているからだろうか、文句がとめどなく溢れてくる。どう考えても私は喧嘩を吹っかけられた被害者だ。
なのに――
「さ……サリアーっ! よくわからんけど陛下を返せーっ!」
なのに。
「そ……そうよね! 実は前から思っていたのよ! サリアっていっつも暗いから、殺人なんて考えてそうよね!」
どうして。
「お、おれも……!」
「私も!」
「あ、あたちもー!」
どうして誰も。
「あ、あああ……」
「どうしたんだ? まさかお前、サリアを庇うって言うんじゃないよな!?」
「いっ!? いや、そんなこと……」
「あいつが国王陛下を殺したんだぞ!? 罪人を庇うのか!? お前に限ってそんなことはないよな!?」
「……!!!」
私は悪くないって、私にそんなことはできないって、私がそんなことするはずがないって、
「死ねーっ!!! 死んでくれーっ!!! 国王殺しの、サリアーっ!!!」
誰も庇ってくれないの?
「「「死ね!!! 死ね!!!」」」
「「「消えろ!!! 消えろ!!!」」」
「「「負けるな!!! 負けるな!!!」」」
「「「殺せ!!! 殺せ!!!」」」
「殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ――!!!」
(うっ……)
(うわあああああああっ……!!!)
周囲を取り囲む、大勢の声に頭が麻痺しかけた時――
「あっ……!!!」
私は背後から攻撃を受けて、前から倒れ込んだ。
身体が痺れて動かなくなる。恐らく魔法の類だろう。
そう分析が終わる前に、私の意識は遠のいていく――