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第32話 故郷を探して

 ――ほどなくして、ジェイドは私を再び頭上に乗せ、高くへと飛び去った。




 マクシミリアンに住んでいた人間の顔が見えないような、遥かなる高みへと。一定の高度まで達した所で、ジェイドは上昇をやめて――



「サリアよ、下を見るがいい。ここは良き眺めだ」

「わぁ……本当だ」




 大陸の北から南までを征服していたマクシミリアン。その国土が全て赤い炎に包まれている。最初に燃やした場所も、最後に燃やした城も、今なお収まらぬ怒りに焼かれている。


 唯一包まれていないのが最南端。そこにあった森は、他の国土より先に炎に包まれていたため、此度の裁きを逃れることができた。




「ねえジェイド……あなたはこれからどうするつもり?」

「決まっているだろう。余が降臨したことを世界に知らしめるのだ」

「それってつまり、世界征服でもするの?」

「ふ……ははは! それも良かろう! 興が乗ればの話だがな!」



 自分を封印した人間達の全てに、存在を知らしめたことに満足したのか、ジェイドはマクシミリアンを背にどんどん飛び去っていく。




 私は最初、小さくなっていく国を見つめていた。背中を振り向いて視界に収めていた。炎に包まれる国に興味がなくなっても、焼かれていないあの場所だけが気になっていた。


 でも途中からそれをやめる。ジェイドと同じ方角を見ることに、彼と同じ世界を見ることに、これからの新しい人生を生きていく決心ができたのだ。




「だがそれは、サリアがそうしたいと願うのならば。お前は世界の全てを我が物にしたいか?」

「私? 私の意見も聞いてくれるの?」

「当然だろう。余は竜者がいなければ力を発揮できん。竜者に見捨てられぬよう、最大限の礼節を尽くすのが竜帝よ」


「……その、『竜者』って一体何なの? 特別な存在ってのはわかるんだけど」

「今のサリアのように、竜帝の頭に乗り、竜帝と共鳴し力を引き出す者のことだ。詳細は思い出せんのだが……余は次に目覚めし時、竜者を探して契約せねばならなかったのだ」

「ふうん……よくわからないけど」



 そこで一瞬間を置く。悠然と吹き抜けていく風が、肌に触れて心地よかった。



「私とジェイドは一心同体ってことよね?」

「その通りだ! 故に余とサリアは同一の考えの下に行動せなばならん!」

「ふふふ……それじゃ」




 私はジェイドの頭に座ってから続けた。単に立っているのに疲れたのだ。



 そして座って見る景色だって、とても素晴らしい。ジェイドの勇ましい肉体が、より視界に多く入ってくるのだから。




「私はね……故郷を探したいの。私の故郷は、もうなくなってしまったから。新しい故郷が欲しい」

「……それは、竜帝の力を以てしても、簡単に手に入るものではないな」



「ある意味世界征服より難しいんじゃない? だって、私とジェイドのどっちも、気に入った場所じゃないといけないんだから。でも世界のどこかには必ずある」

「ふ……ははは! 目に付く物全てを燃やしていたら、決して叶わぬ願いだな!」

「時には自分を押し殺して、誰かに服従することも必要かもよ。傲慢不遜なあなたには、とてもきついと思うなあ」



「……やってみせよう。それがサリアの望みであるのならば、叶えるべく奔走するまでよ」

「優しいね……小さかった頃はそんな態度一切見せなかったのに。これも成長ってやつ?」

「そう解釈して構わん。余はお前に育ててもらった身。周囲への感謝を失くしては、あらゆる生命は生き残れないのだ」

「感謝、か……」



 思えばマクシミリアンが滅亡したのも、そんな当たり前のことを忘れてしまったからだろう。




 いつも仕事をしてくれる人がいる。自分のために仕事をするのが当然。そんな考えは突然足下をすくわれてしまうと、あっという間に崩れ去る。その考えを抱いていた者の、命すらも巻き込んで。




「ところでサリアよ、竜であろうとも睡眠は必要だ。何故なら最も効率よく体力を回復させる手段だからな」

「そうなんだ。じゃあジェイドと一緒に私も眠るね」

「はは、いい返事だ! それでは一旦地上に降りるぞ!」






 ジェイドが降り立った場所は、森の中にある湖のほとりだった。木々が密集している中で、湖の周辺だけが切り開かれ、空がよく見える。



「いつの間にか夜になってた……って、何してるの」

「リンゴだ! サリア、これはリンゴだぞ! 野生のリンゴだ!」




 ジェイドは人間の姿になっていた。2メートルはありそうな巨体に、大きな爪に角。全身は艶めかしい鱗に覆われている。竜の特徴を差し引いても、とてもたくましい青年だ。



 それで何をしているのかと言うと、蹴り飛ばし木をなぎ倒している。




「もう……あはは。よじ登るより倒す方を選んだんだね」

「こんなにも木があるのだから、一本ぐらいなんだ! ほら、サリアも食べるといい!」

「ん、ありがと……」



 ジェイドは両手に抱えたリンゴの中から、綺麗な形の物を選び、私に渡した。



「土が付いているのは、そこの湖で洗うといい。そうだ、湖ならば魚がいるのではないか!?」

「それは明日にしようよ。私……実を言うと眠い。早くジェイドと眠りたいの」

「そうか? ならば仕方がないな。睡眠を阻害しない程度に腹を満たし、早々に眠りに着くとしよう!」




 たくさんのリンゴを前に、上機嫌なジェイド。その気になればこの森一帯のリンゴを食べ尽くすことだって可能かもしれない。



 私は彼と共に湖に近づき、土を水で洗った。ジェイドは洗った物を片っ端から口に放り投げていく。




「どう? 野生のだけど美味しい?」

「ああ、そこそこの美味だ。サリアが貢いでくれた物には敵わんがな」

「あれは人間が美味しさを求めて改良しているからね。自然じゃ決して作れないんだよ」



「そうだったのか!? 人間……中々やるな!?」

「マクシミリアンのが特別にクズの集まりだっただけだよ。人間ってのはね、美味しい物のこととなると、どこまでも頑張れるんだ」

「そ、そうなのか~……! 余は美味い物は好きだ! それを生み出す者も等しく!」



 ジェイドは途中で立ち上がると、天を見上げて叫ぶ。



「決めたぞ! サリアの言う故郷の条件、そこに『リンゴが実っていること』を付け加えよう! 毎日採れ立てのリンゴを食べ放題にするのだ!」

「なんて高すぎる願望。でも、リンゴがある場所ってのは賛成。またジェイドに焼きリンゴとかアップルパイとかやってもらいたいから」


「おお……! それもあったな! 人間は食材を加工することで、味を更に極めることができる! なんと素晴らしい文明よ!」

「ふふ、ジェイドに言われるとそう思えてくるなぁ」






 程なくして、私達はリンゴでお腹がぱんぱんになった。


 敷物になりそうな物がなかったので、そのまま横になる。石でごろごろする感覚、煩わしいそれも今は愛おしい。




「はぁ……星が綺麗だ」

「余の竜者たるサリアには敵わんがな!」

「もう……どこで覚えたのそんなこと」



「竜の叡智を舐めるでない。その気になれば、人間の言葉を全て理解することも可能だ!」

「それはまた今度の機会に見せてもらおう。期待してるよ」

「はっはっは、楽しみにしておけ!」




 ジェイドは私の隣で、人間の姿で横になっている。


 ――私がこうしてほしいって頼んだんだ。




「ジェイド……あのね」

「ん? どうした?」



 身体を動かし、ジェイドに身を寄せる。


 彼の腕に収まるように、私は縮こまった。



「抱きしめて……ほしいの。ぎゅっと。優しくね」

「要望が多いな。だがその程度なら……」



 視界が彼の姿で埋め尽くされる。翡翠色の瞳が、愛おしそうに私を覗いていた。



「……あの時の言葉、覚えてるよ。私は竜者にしてあなたの……妃……」

「ふふ……聡明だ。奴が堂々と捨てることを宣言するものだから、余が拾ってやるのも酔狂だと思ってな」

「あなたからすればただの戯れかもしれないけど、私はとても嬉しい……」




 ジェイドは私を抱きしめたまま、一言も言葉を聞き流さなかった。相づちを打ってくれて、細かく返事もしてくれて。


 きっとそれは夫婦として当たり前なのかもしれない。でも私は涙が止まらなかった。




 現実として、今までそれを体感してこなかった。婚約者という名ばかりの地位で、私は使い潰されていた。


 今目の前にある翡翠色の輝きは、あの時とは違う本当のもの。これからはそれに包まれて生きる――




「……余は愛というものがわからぬ。今までそのようなものに触れる機会なぞなく……そして邪悪なる感情を貪る余には、一生無縁だと思っていた」


「だがお前と一緒にいれば……少しは理解できるかもしれんな、サリア……」

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