表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/33

第19話 大胆にして不穏なるドラゴン

「むぐ……美味い……なんて美味さだ……」



 あれからアップルパイは無事に焼き上がり、ジェイドは椅子に座り、テーブルに突っ伏しながらもぐもぐ食べている。堪能しているのかペースはゆっくりだ。1つは私が朝食として食べている。



「あはは、お気に召したようで。また作ろうね」

「そうだぞ! また作ろう! 次はもっと大きいのだ!」

「そうだね……」




 魔力を操って調達しているという服装は、よく見かける旅の剣士とかのそれで。機能性とデザインを突き詰めたシンプルな格好になっていた。




 突っ伏してだらけている様子だが、それでも翡翠色の瞳は輝いたままで。



 集中していないと、彼に吸い込まれてしまう。あらゆる行為が止まってしまい、叡智を超越した存在に全てを奪われそうになる。




「……サリア? どうした? オレ様に何か言いたいことでもあるのか?」

「あっ、いやっ、そんなことはないけど……」




 言いかけたのを、部屋の扉が開かれた音が遮断する。




「ん、お客様だ……ちょっと行ってくるね」

「……今から仕事というわけではあるまい?」

「それはないよ、だってまだ着替えていないもん」






 現実に引き戻してくれた訪問者に少し感謝しつつ、私は応対する。訪ねてきたのは侍女の一人で、メイド服にはマクシミリアン王国の紋章が刻まれている。



 つまり王国直属の侍従ってこと。それが意味する所は――




「サリア様。ルーファウス様より伝言です。即位記念パーティの打ち合わせを行うので、本日中に王城にいらしてくださいとのことでした」

「パーティ? ……ああ、もうそんな日なんですね」





 今日の仕事は『聖女』としてではなく、『婚約者』として行うということ。





「ただいま~……急にで申し訳ないけど、私今日は王城に行くから」

「城だと? この国を統べる、愚かな王がふんぞり返る所か」

「えっ……う、うんまあ」



 成長したら急に口悪くなったよこの子。ジェイドは空になったアップルパイの容器を指で弄りつつ、椅子に座りながら私の着替えが終わるのを待っている。



「そろそろルーファウス様の即位式が近いからね。その宣伝として、色んな国の人を集めて立食会するの。私も婚約者として出席するんだよ」

「ふむ、即位か……その人間の即位がサリアにどう関係する?」

「即位したら、私も結婚の準備をするから……成人までもうちょっとあるけどね。でも、一年も数ヶ月もあっという間だよ」

「結婚か……」




「では即位が終わったら、お前はその人間の()()()()()()ということだな。結婚とはそういう誓いだ」






 その言葉にぞくりと背筋が凍る。



 振り向いたジェイドは両肘をテーブルにつけて、顔の前で手を軽く組んでいて、そして翡翠色の鋭い眼光を放っていた。




 軽く咳払いをして私はごまかす。ちょうど着替えも終わったので、私は早速部屋から出ようとする――




「……」

「……」




「……あの、ジェイド」

「どうした?」


「もしかして、私と一緒に来るの……?」

「そうだが?」




 私がジェイドの隣を通った瞬間、彼は椅子から立ち上がり、私の後ろを黙って歩いてきた。




「に、人間のパーティなんて、ドラゴンには何一つ面白くないと思うけどな……」

「最早オレ様は、お前が他の人間共に蹂躙されてくるのを、指を咥えて待ち続けるようなことはしない。お前に手を出す輩は全て焼き尽くしてくれる」

「え……」




 ドラゴンって、こんなにも所有物を大事にする存在なの……?



 神経質すぎるよ……少しぐらい傷ついたっていいじゃん? 死ななければさあ?




「べ、別に死ぬわけじゃないし……そんな、焼き尽くすなんて物騒なこと……」

「昨日の件を忘れたとは言わせんぞ。オレ様が救出に向かっていなければ、死んでいたではないか」

「う……」



 そ、それを引き合いに出されると、もう私何も言えない。



「とはいえ先ずは様子見だがな。サリアの説明だけでは、そのパーティとやらの目的が不明瞭だ。探らないことには始まらん」

「あ、そうですか……じゃあ物騒なことが起こらなかったら、何もしないって解釈でいい?」

「現状はそれで構わん。オレ様に力が着実に戻りつつある現状、その可能性は皆無だがな」

「……」




 もう……ね。身長もでっかくなった結果、不穏なことしか言わなくなったよこのドラゴン……



 頼むから何も事件を起こさないでほしいな……そうして最後まで平和にいてもらって。



 私は予定通り、ルーファウス様と結婚するんだ。誰にも覆してほしくない将来。結婚したら私は……






「おおサリア! 何処に行こうとしていたんだ?」

「司祭様おはようございます。今王城の方から呼ばれまして、パーティの打ち合わせの為にそちらに向かいます」



 部屋から出て教会にやってきた私。ここから王城行きの転移魔法陣部屋まで向かい、あとは魔法の力で一発で飛ぶ。



「あー、そうかサリアは婚約者だったな……それは仕方ないな……」

「まだ支援が必要な状況で、心苦しいですが……よろしくお願いします」

「うんうん、本当にこの状況でサリアがいないのはきついなあ」




 挨拶をした司祭様は、大仰に肩を竦めながら、オーバーなリアクションを交えてそう話す。




「『聖女』も『婚約者』もやる必要はないんだ! そうしたらこちらの仕事も回りやすくなる……サリアに()()()()()()()()()()()()()のに!」



「そもそも国民の3分の1が死んでいるという状況で、ルーファウス様は支援を差し置いてパーティを強行するというのか? どれだけ上っ面を重視したいんだか……」






 ――司祭様が去っていった後、私は彼の発言について考える前に、とんでもない事実に気が付いた。




「ジェイド……気配の遮断が完璧だね」

「ここで騒ぎになって王城に行けなくては本末転倒だからな。潜むのが最適解と踏んだ」

「それもまあそうか……」




 私にはしっかりとジェイドの姿が視界に入っているが、道行く人々は空気のように通り過ぎていく。何なら会話をしても一切不審に思われる様子はない。




「そんな細かい魔力調整ができるの、焼きリンゴやお風呂で練習した甲斐があったかな? なーんて」

「はは、確かにその成果は考えられるな!」






 それから何事もなく、教会から王城へ移動できた。王城内には教会直通の転移魔法陣部屋があって――


 そこから出てきた私は、大勢の侍従達に頭を下げて迎え入れられる。こうして他人に敬意を振る舞われていると、自分が『次期国王陛下の婚約者』であることを、否応なしに実感するなあ。




「お待ちしておりましたサリア様。今からドレスに着替えていただきますので、お部屋に案内いたします」

「よろしくお願いします」



 さっき部屋まで来てくれた侍女さんがやってきて、私に声をかける。まあ王城のことなんてわからないから、理解している人に従うのが無難だよね。






 とまあ侍女さんに連れられて、少し広めの部屋までやってきた。




「失礼します……わあ」

「こちらに並んでおりますドレスから試着していただきます」




 ハンガーには何種類のドレスが並べ立てられており、どれも細部のデザインが違う。レースの種類やスカートのひだ、肩の露出度や胸元の切り込みの形。



 でも……いや、せっかく準備してもらってるのに、こんなことを言うのは……




 ……だけど。




「白いドレスしかないんですね……」

「……はい?」



「会話を楽しむパーティなんですから、もっとはっきりとした色のドレスもいいかなって……赤とか青とか、着てみたいなーって」

「……」






「『どうせ()()()()()()()犯罪者風情が、度が過ぎた冗談を言うな』」



「貴様の次の台詞はこうだ」






 その言葉と共に、今まで私の後ろで静かにしているだけだった存在が、突然牙を剥いた。






「「「「ア゛ッ……アアアアアッッッッッ!!!!!」」」」



 私を連れてきてくれた侍女さんを始め、着替えの手伝いをしようと待機していた侍女さん達。全員揃って突然身体から炎を噴き上げた。




 ついでにドレスの山も一気に燃えた。痛みに係る絶叫と揺らめく熱気、布が燃える特有の臭いが部屋全体を覆う。私は一気に青褪めた。



「ジェイド……何してるの!?」

「この炎は外部に漏れることはない。騒ぎになることはないから安心しろ」

「安心って……こんなのどこが安心って言うの!!!」




 ――初めてジェイドに対して怒りを露わにした。




 だが所詮は私も一人の人間。ドラゴンにそんな感情をぶつけた所で、状況は一切変わらなかった。




「っ……!?」

「色々と言いたいことがあるが、最も不満なのはこのドレスの山だな。連中はサリアのことを何一つ理解していない」




「故にこのオレ様が直々に、最も美しい姿にしてやろうというわけだ――」




 ジェイドが私の頭の上に手を置く。そこから魔力が流れ込んでくると――



 抵抗することを一切赦されず、私の肉体も途端に炎上を始め――





「いっ……いやああああああああああああああ!!!!!!」



 身体中が焼ける痛みと乾燥に精神まで支配されることとなった――

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ