イノチノカチ
人が人であるならば、生きている事で
様々な出来事があり、それを人生と言う
その中で『価値』と呼べるモノ
譲れないモノ?それとも守りたいモノ?
生きている命 それの価値って
なんですか?
case 1
私たちに『価値』と言うモノが
どれ程あるのだろうか?
世間一般では、人それぞれと言うのが
無難な回答だろう。
ただ、私にはそれが解らない。
理解出来ない。
ただ、それだけだった。
○2月某日未明
サイレンの音が響き渡り
燃え盛る火と煙が凍てつく空気を
震わせていた。
消防と救急が慌ただしく動き
眠りについていた近隣の住民が
何事かと現実を確認した。
老人施設の火災だった。
○2月某日早朝
TV画面には、近隣住民の投稿として
煙に包まれ燃え上がる施設が
映し出されキャスターが
映像の詳細を伝えていた。
死者○○名、重症者○名
報道機関は連日一斉に取り上げた。
『老人施設の大規模火災』が
まさか事件に変わるとは
この時、誰が予想していただろう。
○病室
目を開けて理解する。
自分が生きている事と
生きてしまった事。
体は自由に動かないが
ハッキリとした意識
看護師が私の覚醒に気付き
医師を呼び、私を見ながら
医師が確認する。
『○○さん、わかりますか。』
ええ、わかります。
頷く事で意思表示する。
ええ、わかっています。
自分が何をしてしまったのか。
自分がしてしまった事が
どんな結果を招くのか。
ただ、理解出来ない事があるので
然るべき場で尋ねたい。
たぶんワイドショーやSNSなどでは
『精神疾患』と騒がれるでしょう。
そんな事に関心はありません。
何せ罪の意識が全くないから。
○3月某日
2月にあった老人施設の火災が
現場検証の結果
事件性のあるものとして報道され
逮捕者が出た。
老人施設系の事件にありがちな
施設関係者の逮捕
ワイドショーやニュースでは
連日のように容疑者の情報を
可能な限り晒した。
SNS界隈では、報道機関が
触れない容疑者の個人情報が
かなりの数、拡散された。
もちろん相当のフェイクも含めて。
どちらも共通していたのは
事件を起こした容疑者への非難。
死者の数が過去例に見ない
それほどの施設火災事件。
その事件を起こした容疑者は一人。
『極刑を望む声』が出るのは無理もない。
○病室
人間は、なかなかどうして
簡単に死ねるのに、簡単に死ねないのか。
自分が起こした火災で命を救われた
救われる事を望んでいなかったのに
そのまま死ぬ事が出来れば
『被疑者死亡』で終わる事だったのに。
生き残ってしまったからには
この国に尋ねてみたい。
どんな答えが返ってくれのだろう?
それ以外の事に興味も関心もない。
だから、自分が行なった事を
否定する事は無いし
待ち受ける事柄も受け入れる。
ただそれだけだ。
〇警察某所
老人施設火災事件改め
施設職員による大量殺害事件
事件の担当刑事は頭を抱えていた。
現場検証で事故ではなく
事件としての物的証拠が発見され
容疑者に辿り着くまで
あまりにも呆気なく不気味だった事
それ以上に、容疑者があまりにも
あっさり犯行を認め
全く抵抗せず、かと言って
黙秘をする訳でもなく
ただただ淡々としている事に。
違法薬物を摂取している訳でもなく
会話も一般人と何ら変わりない
唯一違和感があるとしたら
『淡々としている事』
いろいろな犯罪者がいる。
罪の意識の有無もだが
近年の事件で言えば自論によって
同じような事件を起こした者もいる
現在過去 犯罪心理は理解出来ないモノだ。
『目的はなんだったのか?』
全ての事柄には理由があり動機がある
ソレが見えてこない。
〇4月某日
残雪残る時期に裁判は始まった
事件発生から2か月
被告は刑務官に車椅子を押されながら
出廷となった。
裁判官から本人確認された後に検察官から
犯罪事実の内容を朗読され起訴状内容に対して
終始淡々と一切の否定をせず
『犯行は自ら計画し実行しました。』と
静かに答えた。
犯行の動機。それを答えて警察官は
裁判官や検察官は納得するだろうか?
一方的な解釈
よくニュースやドラマであるような
身勝手極まりない動機
そんな言葉が返ってくるだろう。
自分が行った事は、その類のモノ
情状酌量はいらない。
知りたいのだ。
法を定めた国が、その下で執行する者が
どんな答えを出してくれるのかを。
『罪』を犯した事は認める
罪を認めながらに一切の罪悪感がない
自分が行った事は常識的に悪い行い
それも例を見ないほどのものだ。
ただ、本当に心から悪い事をしたという
意識がない。
法廷で言葉を終えた被告に対し
傍聴席にはどよめきが起こった。
無理もない
静かでいるという事の方が
無理だったであろう被告の発言
「勤務表というものがあるので当日は
誰がどのような勤務だと内部の人間は
把握出来ているし、勤務時間内での動き方も
おおよその予測はつく。その上で、
どういった方法で犯行を実施出来るのかを
計画し、事前に準備し実行しました。
同じような事をしようと思えば誰でも可能です
実行に至ったのが偶然犯行日だっただけで
おそらく犯行に至らない事はなかったと思います」
被告の発言を受けた裁判官から一言だけ問われる。
「亡くなった方に対して、また遺族の方に対して
罪悪感や謝罪の気持ちはありますか?」
裁判官からの問いかけに被告の答えは
あくまで淡々としたものだった。
「残念ながら一切そういったものはありません。」
事件の被告が見せた法廷での様子は
その日の内に報道機関各所が映るもの全て
読むもの全てに発表した。
事件というモノは大なり小なり
すべからくそういうモノだ。
〇警察某所
刑務官に車椅子を押されての移動
生き残ったとはいえ
自力での歩行は、まだ難しく
介助なしでは身動きが取れない。
そんな状態でも、手には手錠をされ
何名もの警察官が周囲を囲む
『凶悪事件を起こした人間』だから。
警察官は知りたがる
警察官に限った話ではない
職業柄、事の真意や本質
問題点を知ろうと追及する人種
何故それが起きたのか
説明せねばならないから。
それが起きた原因を知り
また似た事例が起きた時の対処に
役立てる資料となるから
「当日の勤務は〇階の夜勤でした。
夜勤であれば同日に勤務で関わる人間は
ある程度少なく、その分行動に自由が利き
どういった動きを誰が何時にどのように
それが把握し予想出来るので。」
「利用者にはなるべく苦しませないよう
水分補給の飲み物全てに処方薬で余らせていた
眠剤を溶かし提供しました。犯行時間に
下手に徘徊されたり、コール対応などあっては
予定が崩れてしまうから。寝ていない方には
申し訳ないが手を加えさせてもらいました。」
「犯行前にブレーカーを落とし、駆け付けた職員を
一部拘束した上で、各階に持参した〇〇〇〇を撒き
火をつけました。」
包み隠さず、ありのまま語られる。
表情一つ変えず、淡々と
それはまるで何かの報告
事務連絡でもするような話し方で
どこかの施設であった事件
それの模倣にも思えるが
犯人自体の印象は所属長に聞いても
別段変った事はない普通の職員
住居近隣の住人とも、大きな接点こそないが
会えば挨拶する程度のよくある関係性
職場の同僚からは、”何故〇〇さんが”と
職場関係者にも行動に驚き、心情を察する者はいない
友人関係も小中高の同級生はおらず
家庭環境ゆえか友人と名乗る者もいない
戸籍上は天涯孤独
両親は早くに亡くなり
母方の祖父宅に引き取られるも
祖父母も犯人が成人を迎えて間もなく他界
前科もなく、偏った思想を抱いてる様子もない
「何故こんな事をしたのか?理由ですか?
言ったところでと思います。明確な理由は
介護・福祉そういったモノに関わる職員の
命の価値を知りたいからです。」
「現場にいて思ったんです。利用者は病気や
身体状況を理由に尊厳を守られる。
”人として人であるという尊厳を守る”
病気がゆえに自己判断が困難になり
人としての存在もあやふやな状態になっていても
”利用者はお客様”なかには”お客様の言う事は聞け”と
理不尽をぶつける利用者がいる現実。
そういった人間を相手にする職員は、人間以下の扱いを
受けてもなお、利用者の人としての尊厳とやらを
守らねばいけない。国が法で決めているから。」
「わかりますか?看られる側には尊厳があり
看る側には尊厳がない。考えようによっては奴隷です。
対価が見合うのならば”職”として成り立つでしょう
国が定めた法で命の価値が違うんです。
刑法だって似ている節がある。〇〇した数によって
刑が変わりますよね。今回、私は知りたいんです。」
「命の価値を。」
〇6月某日
各種の手続きなどが異例の速さで進み
刑は確定した。
『死刑』
判決結果に世間は驚かない。当然のことだ。
皆が望むのは速やかな刑の執行だ
犯人である私が生きて何かを償うと
言ったところで、それは遺族にしてみれば
何ら償いにはならない。
せめて速やかに執行されれば良い
遺族に対しても
被害者に対しても
未だに罪悪感はない
世間では私が起こした事件を巡り
介護・福祉・医療の現場において
さまざまな問題点が日々取り上げられれている
仕方ない事だ。
現実に同じような事を起こそうと思えば
出来てしまう環境がそろっている。
やるかやらないかは倫理観の問題ではあるが
私にはソレがない。
残念ながらそういったモノがあれば
事件を起こさずに済んだかも知れない
だからと言って悔いた気持ちは全くない
罪悪感がないのと一緒だ。
「命の価値を教えてください?どのように考えれば
理解できますか?病で身体状況で人間の姿だが
自己判断も意思も表示できない生き物に対して
”人としての尊厳を守る”と国が定めているならば
そういった生き物を看る側の人間の尊厳は
誰が守ってくれるのか?それとも人であっては
いけないのか?だから尊厳もなく、替えの利くモノと
モノに尊厳も何もいらないのか?」
答えてはくれないだろう。
明確な答えはないから
人がそれぞれ生きてきた時間が価値
それが答えというならば
生きてきた時間が短い者には価値がないのか?
どんな形であれ生きてさえいれば
それが価値なのか?
そう、答えようがない
ゆえに知りようがない。
だが、求めてしまった
「遺族ならびに被害者の方に対して
残念ですが私から謝罪する事はありません。
そういった気持ちは一切ありませんから。」
〇12月某日
テレビに速報が流れる。
”〇〇死刑囚 死刑執行”
事件発生から約10か月での執行だった。
天涯孤独だった犯人
あえて一人でいる事にこだわったのか
生きていたという記録が残されただけ
事件を起こし世間を戦慄させたという
記憶は残したが
求めていた答えが見つかったかは
知る由もなく…。
case 1 END