近衛騎士と事故チューしたら呪いが解けた。
皇位継承権第一位。
クロバロット皇国第一皇子アナスタシオス・ユニ・クロバロット。
それが私の名前。
私は自分を誇りに思っていた。
二人の弟皇子に慕われ、国の未来を背負うための教育を施され、王である父の期待に答えるべく執務に励む日々。
それらは全て私の一部で、私の生きがいだったのに。
それが。
「殿、下……?」
「エリク……」
事故だった。
ほんとーのほんとーに事故だった。
皇位継承権第一位というこの身分のせいで、暗殺者というものがけしかけられることは多々ある。
今日もまさしくそれで、まさか図書館にいる時に襲われるとは。
図書館の三階フロアで調べ物をしている時に襲われ、逃げるために階段を駆け下りた。
その時にこんな狭い場所で矢を放つ暗殺者がいて、それを避けるべく、近衛騎士であり、乳兄弟のエリクが私を庇った。
だが足場が悪く、さらなる矢を放たれてバランスが崩れた。
私共々、階段から落ちた。
幸い、それほどの段差がなかったし、エリクが私を庇ってくれたので大怪我はなかったのだけど……。
もう一度言う。
本当に事故だった。
有事ゆえか、エリクに抱えられた私と、私を抱えたエリクの体を起こすタイミングが悪かった。
なんとこの男、事故とはいえ、皇子である私の唇を奪ってしまったのである。
吐息が触れ合い、私もエリクもぎょっとしたが、お互いにこれは事故だと目配せした。乳兄弟ゆえに、まぁ、そういう気軽さだった。
これが皇女だったらとんでもないことだけれど。
……と、思ってたら。
目配せした次の瞬間には、私の服のボタンが弾け飛んだ。
今の階段から落ちた衝撃か?
そう思った。
ら。
「は?」
「え?」
自分だけではなく、エリクまで戸惑ったような声を上げる。
なんだ、これは。
ボタンが弾け飛んだ服を見下ろして、絶句した。
胸元が膨らんでる。
これなんだ?
林檎が二つ入っているくらいの膨らみがある。
もう一度いう。
これ何?
おそるおそる、自分でわしづかんでみる。
痛い。自分の胸だ。
というか柔らかい。
女子の胸ってこんなに柔らかいのか?
「ちょっ、まっ、殿下!」
「エリク、これ、どういうことだ? 腫れたのか? 病気か? おっぱいができたぞ」
「ちょ、殿下! なんていうこと言うんですか!!? とりあえずこれ着てください!」
エリクが自分のジャケットを脱いで私に被せる。
確かにエリクの方が体格がいいけれど、背丈は変わらなかったはずだ。
それなのに、思っている以上にぶかぶか……。
私の体型がかなり変わっている?
そんな場合ではないというのにまじまじと自分の体の変化を見ていたら、エリクがむりやり私を立たせた。
「とりあえずこちらへ!」
暗殺者が飛びかかってくるのを、エリクが徒手でいなして気絶させた。
今がどんな状況かを思い出した私は声を上げる。
「逃がすなよ! 殺してもだめだ! 首謀者を吐かせろ!」
エリクを含めた近衛騎士から返答が上がる。
複数名いた暗殺者は、それを皮切りに逃げ出した。
エリク以外の騎士がそれを追っていく。
まったく、資料一つ大人しく読めないのは困ったものだ。
一つため息をつくと、自分の体を見下ろす。
大きくなった胸。
華奢になった体。
たぶんだが、男の象徴的なものもなくなってる気がする。
一体何がどうして、こうなった。
ちらりとエリクの顔を伺う。
エリクは周囲の気配を鋭く伺っていたが、私の視線に気づくとすぐにこちらに顔を向け―――ようとしたのだろうが、顔をそらした。
「……エリク」
「はい」
「なぜ、目をそらす」
「いや……さすがにその状態の殿下を直視するのはどうかと……」
「この童貞が」
「誰ですか殿下にそんな言葉教えたのは!」
「ランスロット」
「あの野郎……!」
エリクの叫びに一人の近衛騎士の名前を挙げれば、エリクが呻く。
仕える主に対しては品行方正な近衛騎士たちだが、騎士同士になると気もゆるむ。むしろその仲間意識のようなものが羨ましくて、騎士たちの会話を盗み聞きしていた成果だったりするが、まぁそれは黙っておこう。
そんなことよりも私のこの状態の方が問題だ。
どうしてこんな事になったのか。
暗殺者には狙われたが、傷一つついてはいない。
何かきっかけがあったとするならば。
「…………」
「……なんでしょうか」
「いや。男だからまぁいいかとも思ったが……皇女の唇への不敬はどうなるのだろうなと思って」
エリクが愕然とする。
もちろん冗談だが。
一時的に女となっているなら別に問題にはならないし。
だが、考えられるきっかけとしては、エリクとの事故くらいしか思い至ることがないので、ちょっとからかってみただけだ。
だけど当のエリクは顔を青くしたり赤くしたり、やっぱり青くしたりと忙しそうだ。
「……自首してまいります」
「まてまて、冗談だ。早まるな」
今にも死にそうな顔になるエリク。大概真面目な奴なので、こういうちょっとした冗談が通じないのは困る。そういうところも含めて気に入っているのだが。
とりあえずこれは、父上に報告するしかあるまいな。
◇
王である父との仲は特別悪いわけではない。
中には第一王妃である母がまだ生きていた頃から彼女をないがしろにしていただとか、後添えの第二王妃ばかりを寵愛していたとか色々噂を聞くが、私個人に対しては王と皇子、それ以上でもそれ以下でもない関係だ。それは弟たちも同じこと。
そんな父を前に、大きくなった胸を見せつけるように胸を張る。ちなみに服はボタンをそのままにしておくのを騎士が止めてきたので、新しいものに着替えた。もちろん男物だが。
「―――と、以上がここまでの流れです」
「むぅ……」
陛下やその側近たちが難しそうな顔になる。
「騎士エリク。本当に事故であったんだな? 他意はないと」
「……はい。この度の失態につきましては申し開きもございません。騎士としてあるまじき失態です。処罰はいかようにも」
「あぁ、いい。いや、良くない……うぅむ……」
陛下がますます唸る。
というか、私のこの状況に対する驚きはそれほどないような気がするのは気のせいだろうか。
「陛下。あまり驚かれていないようですが、この状況に何か心当たりでも?」
「心当たりというか、なんというか……」
苦虫を噛み潰したような表情で、側に控える側近の一人に視線を向ける。
視線を受けた側近は、神妙な面持ちでうなずいた。
陛下がため息をつく。
本当になんなんだ?
「アナスタシオス」
「はい」
「そなたはそれを一時的なものだと認識しているようだが……おそらく、ソレがお前の本来の性別だ」
「……は?」
は?
私の本来の性別?
「どういうことですか」
「信じられないとは思うが……第一王妃はいわゆる魔女という存在でな。魔法というものが使えた」
母が、魔女?
母は遙か北の国の皇女だと聞いたことがある。その国が、『御伽の国』という二つ名を持つことも知っている。
だが、母が魔女というのは。
「さすがに冗談がすぎるのでは?」
「冗談ではない。まぁ彼女は魔法というものをあまり使わなかったからな。魔法よりもその予知とも言うべき先見の明の力の方が強かった」
その話なら聞いたことがある。
母のその先見の明により、若い頃の父が幾度となく助けられていたというのは有名な話だ。
しかしそれしきのことで魔女というのは……
「……そなたが生まれるとき、産褥の中、あやつは一つの予言をした」
「予言?」
陛下は深くうなずくと、おもむろに口を開く。
曰く。
『この子は勤勉で必ずや国益にかなう才能を開花させることでしょう。ですが生まれを間違えてしまったようです。ゆえに私から贈り物を授けましょう。ただしこの贈り物は運命の口づけをするまで。もしこの子が国と愛を天秤にかけるようなことかあれば、その想いを尊重してくださいませ』
と。
一言一句覚えていたのだろう陛下の言葉に、私は微妙な顔になる。
もはや予言ではなく、呪いではと思うのは私だけだろうか。
それにしても。
「運命の口づけですか……」
「ああ」
「エリク、お前、私の運命だったらしいぞ」
ちろりと視線を寄越せば、明らかにエリクは狼狽した様子を見せた。
「ちなみにこの運命の口づけの定義とは?」
「あやつはそれ以上は口を閉ざしてしまったからな。だが、その後に続く国と愛を天秤にかけるという言葉を聞く限りは、まぁそういうことだろう」
「エリク、私のこと好きなのか?」
「…………………………敬愛しておりますよ」
妙に間が長かったのだが気のせいか?
まぁいい。
「運命の口づけというのも、もしかしたら異性……いや同性? との口づけのことだったかもしれませんね。経緯はどうあれ、私は男として育っていますので、男との口づけは想像したこともなかったですから」
そう言えば、場にいる全員もそれぞれうなずく。
「こうなってしまったものは仕方ありません。ちなみにこの呪い……いや、予言について知っているのは?」
「ここにいる者たちと、第一王妃付きだった侍女、医師、そなたの乳母くらいだろうか」
「結構いますね。陛下はこの予言に関して、どうなさるおつもりだったのですか?」
母である第一王妃はすでに亡くなっている。
産後の肥立ちが悪く、私が生まれてすぐに亡くなったと聞いた。そして残されているのは曰く付きの皇子である私。
さすがに予言を聞いている以上、陛下が何も関心がなかったなんて言い訳はしないと思うが。
じっと陛下を見返していれば、陛下は深々とため息をついた。
「どうするもなかった。国益にかなうという人間だ。それも皇子。無碍にできないどころか、将来に期待していたくらいだ。預言がさすのも身分的なものだろうと解釈していたから、影響があっても婚約者選びくらいだろうと。まさかこうなるとは思っていなかった」
一理ある。
誰もまさか性別をまるっと変えてしまうような魔法があるなんて思わない。
それこそ魔法なんてもの、この国では迷信のようなものなのだから尚更。
「北の魔女って実在したんですねぇ」
「だな」
親子二人でうなずいていると、陛下の側近が咳払いする。
「実際問題、この年になるまで私に婚約者がいなかったのは陛下のご配慮の賜物ですので、ありがたい限りですね。こうなった以上、婚約者がいたらおそらくは婚約破棄やら勢力図の崩壊やら、騒動になりかねませんでしたから」
私も今年で十九だ。
この年まで数々の見合い話があったが、陛下も私に対して婚約者を早くに決めろとは言わなかった。
その結果、浮上するようないざこざが回避できるのはありがたい。
そう伝えれば陛下は苦い顔をした。
「婚約に関してはそうだがな。そなたが女性であるとなると別な問題が上がってくる」
「皇位継承権、ですね。分かってます。女の身とわかってでしゃばる気はこざいません」
「えらく物わかりがいいな。もう少し渋るかと思ったが」
「皇位に未練はございませんので」
きっぱり言えば、この場にいる誰もが息を呑む。
陛下も、その側近も、背後で控えるエリクすら驚いているけれど……そんなに驚くようなことだろうか?
「私に何かあれば弟のどちらかかが皇位を継ぐのは当たり前でしょう。そのための継承権です。この国は女性の皇位継承権を認めてはいないのですから」
「そなたはそれでいいのか? これまで男として生きてきた葛藤などはないのか?」
陛下が困惑した様子で聞いてくる。
葛藤が全くないとは言い切れないが。
「性別など些細なことです。王にはなれませんが、幸いなことに、我が国は女性官吏の登用を進めている最中。私がその筆頭に立てるのであればと思う次第です。私の優秀さは皆も知っているので、それが女の身であればこそ、さらなる発展が望めましょう」
自信満々に胸をはってみせれば、陛下は深々とため息をついた。
「優秀すぎる息子は末恐ろしい。……いや、娘か」
「お褒めにあずかり光栄です」
「褒めておらん。まぁ、そなたが納得しているのであれば、悪いようにはしない。そなたの望むままにするといい」
「ありがとうございます。とりあえずは、もうしばらくこれからの身の振り方について熟慮すべきとは思いますので……二、三日お時間いただければと」
「分かった」
「よろしくお願いします」
にこやかに笑いかければ、陛下は苦笑を返してきたのであった。
◇
さて、これで問題は一つ片付いたが、もう一つ新たな問題が出てきた。
それはこの、今にも死にそうな顔をしている私の近衛騎士のことだ。
自室へと戻った私は、普段なら部屋の内側に控える近衛騎士達が二人して目配せし合っているのに気がつく。何をしているのかと思えば、護衛の立ち位置について躊躇っているようだった。まぁ、皇女となると今まで通りとはいかんよなぁ。
「エリク、お前、中へ」
「私ですか!?」
「光栄に思え。皇女の私室の護衛の栄誉をやろう」
からかってやれば、エリクは顔を真っ青にする。
「わ、私ほど相応しくない人間はいないかと存じますが……」
「過ぎたことをつべこべ言うな。その件も含めて内密に話をしたい。さっさと入れ」
エリクを一瞥してやれば、彼は同僚の騎士に肩を叩かれているところだった。いつも思うが、あいつら仲いいな。
しばらくの人払いを指示し、ようやく自室へと入った私はソファーに深く腰かけた。
扉付近に控えようとしたエリクを手招きして呼び、自分の正面へと立たせる。
「座ってもいいぞ。どうせ誰も入ってこない」
「いえ、私はこのままで……」
生真面目なエリクに私は笑う。
この生真面目さが彼が近衛騎士たる所以なのだろうが。
私は足を組んで、とんとんとその組んだ膝を指で叩く。
「さて、単刀直入に聞くが、お前は伯爵家の長男だったな?」
「はい」
「ゆくゆくは伯爵位を継ぐわけだ。それに騎士の家系だから、領地もそれほど大きくなかっただろう。中央の政権争いとも無縁なわけだ」
「そうですが……あの?」
怪訝というよりは、なぜ今そのような話をと困惑するエリク。まぁまぁと私は笑った。
「婚約者もまだだったな」
「せめて殿下が婚約者を得るまではと思っておりましたので」
「お前の忠誠心は本当に立派だな。主とはいえ、そこまで義理立てしなくとも良かったというのに」
「近衛騎士としての任を受けた以上、婚約者よりも殿下を優先するのは当然です。そうなると婚約者となる方に苦労をかけそうですから……」
近衛騎士になる者は既婚率が低いと思っていたが、そういうわけか。なるほどな。もう少し結婚しやすい職場環境を作ってやるべきだろうか?
そんなことをつらっと考えつつ、私はエリクの言葉に大いにうなずく。
「なら丁度いいな。エリク、お前、私の婚約者になれ。ああもちろん、お前が他に婚約者にと考えているご令嬢がいるのなら蹴って構わないが」
「はぁ……。……………………………………はぁ!?」
曖昧にうなずきかけたエリクが、だいぶ間を置いて突拍子もない声を上げる。私の言葉の真意を探っているのか、こちらを凝視するエリクにさらに言葉をかけた。
「王にはああ言ったが、皇子が実は皇女だったなど醜聞でしかない。故に私は今後病死したことにして、城から離れることも視野にいれている」
「い、いいいやいやいや、お待ち下さい! それがどうして私と婚約をという話になるんですか!?」
「死んだ人間にかける国庫の金など無駄だ。護衛もいらん。表向きはな。だがさしもの優秀な私とはいえ、そんないきなり城門前にぽいっと捨てられても生きてはいけん」
「いや、さすがに皇子を城門前にポイ捨てはしないかと……」
エリクは歯切れの悪い言い方をするが、まぁ例え話だ。さすがに私だって王がそれほど無情な方ではないと知ってはいるが。
「たとえ話だ。だが今後、表向き私は生きていない方が都合がいいだろう。となると王家の庇護下からは離れた方がいい。ならば降嫁だが、高位貴族は駄目だ。社交界やらなんやらの義務が厳しすぎる。この顔が変わらぬ以上は醜聞を広めるだけだし、もし万が一にも私の子が生まれようものなら今後の皇位継承権も面倒になりかねん」
「それは、そうですが……」
「その分、お前は都合がいい。政争とは無縁の家、しかも騎士故に護衛としても申し分なし。今回の件の当事者ゆえ、口止めも楽だ。婚約者もいないし、浮いた噂の一つも聞いたことがない。お前、すごく都合のいい男だな?」
「最後の一言だけ聞くとかなり人聞きが悪いですね……」
エリクが顔を引きつらせてるが、私としては大いにそれを喜んでる立場だからな。誇ってくれていいんたぞ?
「そういうわけだ。お前、私を嫁にもらえ。別にドレスや宝石はいらんから、お前の家とその剣を差し出せ。それで私への不敬は帳消しにしよう」
「……それが罰というのでしたら、謹んでお受けいたします」
「堅苦しいな。それでも私を愛しているのか?」
「……………………………………………敬愛しております」
ものすごーく長く間を開けて、絞り出すようにエリクは言う。その含みを持った視線に、私は片眉をはね上げた。
「なにか言いたげだな? なんのための人払いだ。言いたいことは遠慮なく言え」
「いえ、特には」
「本当か? 断りたいけど断れないとか思ってないか? 一応罰として命じる体裁を取ったが、お前に実は好いた娘がいるのなら別の方法を考える。故に先の場で王への進言をしなかったんだ。だからお前が選んでいいぞ。別にお前がうなずかなかったからと言って困りはせん。別の都合のいい男を見繕うだけだ」
「…………」
エリクが恨みがましそうに私を見てくる。
一度キュッと唇を引き結ぶと、絶望したような表情をして、おもむろに口を開いた。
「……殿下に一つ、告白せねばならないことがあります」
「そうか。遠慮なく言うといい。私の懐は大きいからな!」
「では。大きな声で言えるものではないのですが……私実は……男色の気がありまして」
「だんしょく……だんしょく?」
ん??
だんしょく???
「その、私の殿下への敬愛は度を越しているようで。以前騎士仲間のうちで開かれた殿下に対しての思いを語る会にて、私が殿下に対するこの気持ちは初恋の娘のようだと言われてしまったのです」
「まて」
「ですが初恋と言われたとて恋愛などしたこともなく。ですがもしこのお慕いする気持ちが真に男女が抱くべき感情であるならば、私はおそらく男色なのであろうと。故に女性に興味が抱けないのだとこれまで思っていた次第でして」
「まてまて」
「なのでおそらく、私と結婚した場合、殿下の貞操の危機が―――」
「待て待て待てッ!!?」
ちょっと待て!?
「お前今おっそろしいことをぶちまけたな!?」
「ですから大きな声では言えないと」
「今お前に対する私の認識が天地ひっくり返ったぞ!」
「申し訳ありません。ですが、近衛の任を解かれる覚悟で申し上げます。殿下、私はもしかしたら貴方様に欲情してしまうかもしれません。そのような獣の元へ嫁ぐよりかはどうかお考え直しを」
「…………」
今度は私が黙る番だった。
エリクがまるで人外の言葉を話しているかのようにさえ聞こえるが……この真剣な表情を見る限り、かなり本人も悩んでいたようにも見受けられる。
え、どうしようか。
むしろどうすればいい??
私の明晰な頭脳を持ってしても、これは計算外過ぎる!
それでも一つ一つエリクの言葉を脳内で反芻する。
しばらくの沈黙の後、私は一つの事実にたどり着いた。
「お前、男色ならば私を抱けなくないか? 中身は私だが、身体は女体だぞ」
「はっ……!?」
「今気づいたみたいな顔されてもな」
愕然としたエリクは不躾ながらも私をじろじろと見てくる。
仮にも皇子にそんな不躾な視線は不敬ではと思いつつも、まぁ気心知れた人間なので構いはしない。あぁ、待った、今の私は皇女か。皇女でも問題は……あるか? さすがにあるか??
「つまり私の初恋は破れたのでしょうか?」
「私に聞くな」
なんかもう、私もエリクも混乱が極まっているかもしれない。エリクが阿呆なことを言ったように聞こえた。
軽く頭痛がしてきた頭を振ると、私はため息をつく。
「で? 返事はどうする。持ち帰ってもいいが、近日中に返事がほしい」
やれやれとエリクを見やって言えば、エリクは何やら考え出した。
それから顔を上げて神妙な顔をする。
「確認なのですが」
「なんだ」
「婚姻を結んだとして、夫婦の契りはどうなさるのですか」
「伯爵家として子がほしいならば甘んじて受けよう。だがさしもの私も男に組み敷かれるような趣味はないぞ。期待はするな」
「同意いたします。まぁ、その辺りは分家から養子を取ることもできますから……」
そこで一旦言葉を区切ったエリクは、私の前にひざまずくと、おもむろに右手を差し出してきた。
「お手を。御身を生涯かけてお支えすることを、改めてお誓い申し上げます」
「律儀だな。この手を取ればもう逃さないぞ? 私とお前はまさしく運命共同体となるわけだ。よくよく考えるべきでは?」
「問題ありません。殿下のためならたとえ火の中水の中、どこまでもお供する所存でございましたので」
「お前の忠誠は見上げるほどだなぁ」
ひたりと見つめられ、そのような真摯な言葉をかけられれば悪い気はしない。たとえ男色云々の話を聞いても、目の前の騎士が生真面目な奴に変わりないということは分かりきっているからな。
「よろしくたのむぞ、我が夫の君よ」
「もったいないお言葉でございます」
少し前まで死にそうな顔をしていたのに、今ではこうも調子のいいことを言うものだ。
私はそんなエリクに微笑み、その手を重ねる。
エリクはそっと指先をすくい上げると、私の左の薬指へと口づけた。
ここに、元男の皇女と男色宣言をした近衛騎士の婚姻が内々に成立したのである。
その後?
婚姻の許可をもぎ取った私は、エリクに幸せにしてもらったさ。
ただ一人の、夫の君に愛されるべき妻として。
【近衛騎士と事故チューしたら呪いが解けた。 完】