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案内人は夜に踊る

作者: 幸京

いつもの様に朝6時30分、目覚まし時計のアラームで目を覚ます。

ベッドから降りて、9月も半ばだがまだまだ暑いなと思いながら、

スーツに着替えてダイニングに降りる。

既に妻が起きており朝食の用意が出来ていた。

「おはよう」

私が声をかけると同じように、

「おはよう」と声が返ってくる。

声や表情はやや暗いが、それを感じさせない様に努めているのに申し訳ないように感じる。

テレビでは気象予報士が、この一週間はまだまだ暑くなるから、注意する様に言っている。

「暑くなるか。早く過ごしやすい季節になってほしいな」

私は他意なく明るく言ったつもりだが、妻は体をビクッとして言った。

「・・・そうね。過ごしやすくなってほしい」

過ごしやすい季節に・・・、より空気が重くなり、自分の浅はかさに情けなくなる。

何一つとして気にすることない妻が一番心を痛めている。

同居していた私の父が失踪してもう半年になる。

父は、約一年程前から認知症が出始め、昼夜かまわず外を徘徊する様になった。

元来昔気質なところがあり、福祉サービスを使用は頑として受け入れず、妻がほぼ介護を担っていた。

夜の徘徊は私も一緒に捜索出来たが、昼間は妻がほぼ一人で行った。

ふと目を外した隙にいなくなり、3時間後に隣市で警察に保護された時もあった。

夫婦共々、あまり近所付き合いが好きではないが、父の事で何かあればと、

近所付き合いもするようになった。

近所の住民には父の事を話し、何かあれば宜しくお願いしたい旨を伝えると、言葉では口々に、

励ましながら、自分のところでも大変だ、等口々に言っていたが、その眼は明らかに楽しんでいた。

私にはその理由がよく分かる、何故なら妻は美しいからだ。

近所に事情を伝えるも、対応をするのはほぼ女性だった。

男性にはたまに行われる週末の近所のイベント等で会うがそれまでだった。

近所付き合いがほぼなく、同居する義父が認知症になり昼夜問わず徘徊して、

自分達に助けを求める美しい女。彼女らが面白がる理由としては十分だった。

そして半年前の4月上旬、父が行方不明となる。

その日も変わらず、妻は変わらず家事をしながら父の様子を確認していた。

認知症の症状は出ておらず、1階の玄関から一番遠い居間で詰将棋をしている父を確認して妻はトイレに行った。

その後すぐに居間を覗くと父はいなかった。玄関に走りGPS付きの父の靴を探すもなく鍵も開いていた。

急いで近所を探し回り、近所の住人に父を見なかったか、何か知らないか尋ねるも誰も見ていないとのことだった。

妻は警察や私に連絡して必死に探したが、結局父は見つからなかった。

今日も徒歩で20分程の最寄りの駅まで歩きながら周囲に目を配る。

この半年で身につけた習慣だ。

もしかしたら考えもしない場所にいるかもしれないし、そのヒントがあるかもしれない。

外国では何十年も行方不明になっていた家族が近所にいた例もある。その可能性だってある以上、

やれることはやっている。


「あんたと同じ、UFOに連れて行かれたのかもね?」

5年前、熟年離婚をした母が電話越しに自嘲気味に言う。

父が行方不明になってから特に誰と決めたわけではないが、三日に一度は母に電話をして、父の捜索結果を話すようになった。

残りの人生を自分の好きな様に生きたいと離婚を切り出した母も心配していることは、言葉の端々から十分に感じられた。

私は苦笑してそんなこともあったなと思い出す。

「あのね、母さん。分かるだろ、あれは・・・」

「私はあの時、ただ怖かったよ。あんたがいなくなり、ただ怖かった」

口調はいつもの母のように、淡々とした物言いにもどっていた。

「夜中に帰ってきたあんたを泣きながら抱きしめたら、UFOに攫われたって・・・」

「・・・ハハハ、あれは滅茶苦茶、怒られたな。父さんに叩かれたのも初めてだった」

「そのアンタと同じようにUFOに・・・」

「もういいよ、それは。父さんの手掛かりは何もない。また連絡するよ。おやすみ」

「はい、おやすみ」

母との電話を終えリビングの窓から夜空を見上げる。

小学5年生の時、私は学校からの帰宅後に隣町のゲームセンターまで遊びに行った。

話題のゲーム機が5台もあると友人に聞いたからだ。

私の町のゲームセンターではそのゲーム機は1台しかないうえ、地元の中高生がほぼ独占しておりなかなか遊べなかった。

友人から教えてもらった道を自転車で40分程かけて着いたそのゲームセンターでは、

ゲーム機は横に5台連なっており1台が開いていた。

私は時間も忘れて夢中になり、ほとんどのお金を使い楽しんだ。

気づけば帰宅時間が大幅に遅れてしまった。携帯電話もまだ普及しておらず、急いで帰ろうとしたが初めて来た隣町、しかも冬場で日も短く既に辺りは暗くなっていた。私は来た道をそのまま戻ったつもりだったが、いつのまにか迷ってしまった。

人通りもない閑静な住宅街で泣きそうになった時、一人の20代と思われる男性に声をかけられた。

「お前、迷子?」

男性は上下緑のジャージ姿でコンビニの袋を片手に持ち、

もう一方でアイスクリームを手に持ち食べていた。

「・・違います。B町までの行き方は分かりますか?」

迷子で今にも泣きそうであったが、何故かこの男にそれを認めるのが嫌で強がった。

「アハハハ、ワリィワリィ、近くまで送ってやるよ。すぐそこの俺ん家に自転車をとりに行くから来いよ」

男は腹を抱えて笑いながら言った。

子供とはいえ、すでに11歳だった私はこの男が何か怪しい動きをすればすぐに逃げ出し、大声を上げることを考えて、少し離れて男の後に着いていった。

私は自転車をひき、男は歩きながら時折こちらを振り返りニヤニヤしていた。3分程で着いた男の家は4階建てのアパートだった。そのアパートの室外灯のいくつかは、点滅したり明かりを照らしておらず夜の暗さも相まって、建物自体が不気味に見えた。

「俺んちはここだよ。そこのチャリ置き場にあるから待ってな」

男はそう言うと、ママチャリをまたぎ自転車置き場から現れた。持っていたコンビニ袋は自転車の籠に入れていた。

「んじゃ、行くか」

そう言いながら男は夜の道に自転車をこいだ。

私はアパートに来るとき同様、少し離れて自転車をこいだが男は私の横についた。

「お前、名前は?」

私は名乗ると、男は自分の名前も名乗り、何でこんな時間にあそこにいたのか聞いてきた。

実際に男の家は近かったことから、やや警戒が解けて正直に答えた。

「分かるわ~。やりたいゲームがあれば、どこへだって行くよな」

その返事が意外だった私は嬉しくなり、今日そのゲームでベスト3のスコアを出したことを得意気に言った。

「マジかよ?お前、ゲーム上手いんだな」

男は心底驚いた顔で言い、その言葉に私はますます嬉しくなり、そのゲームだけではなく

他のゲームのクリア時間、スコア、友人との対戦成績等を同じように話していた。

「お前さ、そんだけゲーム上手いんならゲームを仕事にしろよ。絶対出世するぜ。俺みたいに一生クソみたいな人生送らないために」

男は自嘲義気に言った。

私はそんな先の事は考えていなかったが、ただ自分の好きなゲームを仕事に出来るなら最高だろうなと思った。それと同時に、この男はどんな仕事をしているか気になり聞いてみた。思えば私からこの男の事を聞くのはこれが初めてだった。

「俺?俺は何というか・・・、う~ん、あまり立派な仕事じゃねーんだわ」

男はまた自嘲義気に言った。

「そんなことよりお前、怒られるんだろーな。ゲームやって夜中に帰るなんてよ」

そう言われ私は途端に憂鬱になりやや俯く。帰れることは嬉しいが、この後の事を考えると泣きたくなった。

「アハハハ、何だよお前。ゲーム好きだろ、ゲームみたいに考えろ。そうだな・・・UFOだ。UFOに連れて行かれて気づいたら町外れにいたって言っとけよ。どうせ信じてもらえないけど、怒られながらも心配してもらえるぜ」

30分程行くと見慣れた場所に着き、繁華街の明りもありほっとする。

自宅まではまだ10分程行かねばならず、それは男に申し訳ないと思った私はお礼ともう大丈夫だと伝え、連絡先を教えてほしいとお願いした。

「そうか、気をつけてな。礼はいいよ、それより俺の事は言わないでくれ。警察に知られると色々めんどくせーんだわ。UFOだよ、UFO。アハハハ、じゃーな」

男はそのまま自転車で来た道を引き返した。

私は自転車で家に帰ると、自宅前で青ざめていた母が泣きながら私を抱きしめ、捜索から戻ってきた父から頭を叩かれた。

自宅前には警察官や近所の人達がおり、警察官はパトカーの内線で、近所の人達は私の家の電話で見つかった事をそれぞれ誰かに伝えていた。

UFOの話をすると、母は変わらず泣きながら私を抱きしめ、父は再び怒り、警察官や近所の人達は呆れていた。

男の言う通りになった。

男のことは今でも誰にも言っていない。



初夏のある特別養護老人施設の事務所の昼休み。

2人の女性のその会話。

「そういえば、昔、親戚の近所でUFOに攫われた子供がいたんですよ」

「え、何それ?」

「もう20年も前だったかな?その近所の子供がいなくなったんですけど、夜中に無事帰ってきたんです。どこに行っていたのか聞いたらUFOに攫われたって」

「ハハハ、本当なの?」

「まぁ、嘘でしょうね。多分遠くまで遊びに行って、帰りが遅くなったんだろって、親戚も言っていました」

「親戚の人はどこなの?」

「A県のB町です」

「隣県か。山田さん一応、その町の警察に連絡してみてくれる?息子がUFOに攫われたって言っている老人を半年前から施設で保護していることを」

「分かりました」



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