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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ゲーム中に落ちてきたモノ

作者: ゆずあめ

ノンフィクションです。



「敵1人ダウンさせた。詰めよ」

『了解。右から回ってくれ』



 初秋の夜。日付が変わる直前だというのに、私は友人とゲームをしていた。


 プレイしているのは今流行りのバトルロイヤル形式のFPSゲーム。私はそのゲームが得意じゃないけど、友達に誘われたから遊んでいる。


 特段、嫌いって訳でも無いので普通に楽しめている。



『ごめんやられた。頑張れ』

「任せて.....フッ、またつまらぬ命を散らしてしまった」

『死んで誇れるゲーマーさん流石っス』

「このゲームは下手だからね。許せプリン」



 何とか敵分隊を倒したけれど、漁夫の利でやってきた別の敵に負けてしまった。でもいい。今の試合も楽しかった。


 友達と遊べることが幸せなんだ。ゲームでストレスを溜めるほど、私の人生に余裕は無い。



「ん?」

『どしたん』

「いや、視界の端にチラチラと動く影があってさ」

『怖いな。幽霊とか?』

「んな訳あるかい。どうせ蜘蛛でしょ。ほら、準備完了ボタン押して」



 部屋の電気を切り、ゲーミングPCとゲーミングキーボード、そしてモニターから出る光に反射する、小さな影が私の視界に映った。


 けれど()()はゆっくりと動いているので、私と、友人であるプリン君は蜘蛛だと判断して次の試合に興じた。



 ──あぁ、もしこの時、部屋の電気を付けていれば。なんて思ってしまうのは、後の祭りというのだろう。



「あーごめんミスっちゃった。死ぬ〜」

『生きろ』

「私は美しいからね。ほら、生きたぞ喜べ」

『やるねぇ!』


「舐めとんかワレェ! 五体投地で賛辞の言葉を述べ、この試合を勝利に導くのが貴様の役目だろ!!!!」


『深夜にうるさいぞ。近所迷惑だ』

「すみませんでした」



 いつものように友達とワイワイ話し、いつものように諌められる。私の声はよく響くので、近所迷惑になっているのは間違いないだろうな〜。



「あれ? 蜘蛛どこに行ったんだろ」

『天井の電気の所とか?』

「え〜.....残念ながら見えません」

『ドアとドア枠の隙間』

「違います」

『机の上』

「.....良かった。居なかった」

『じゃあ知らん。それより次、行こ』

「はいは〜い」



 机の上にあるペットボトルの蓋を開け、中の水を1口飲む。会話により乾燥した口内を潤す感覚に目を閉じ、飲み込んでから蓋を閉める。


 そして友人に言われた通りに次の試合へ行く──




 ポトッ。カサカサ.........




「ッ〜〜〜〜〜!!!!!!」

『どした〜?』



 試合開始直後、キーボードに置いている私の手の少し奥、モニターとキーボードの間に、私が、私達が蜘蛛だと思っていた()()は落ちてきた。



「きゃぁぁぁぁぁぁああああああああああ!!!!!!!! お兄ちゃん助けてぇぇぇえええええええええ!!!!!!!!」


『え? 何? は?』


「ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ!!!!! お兄ちゃ〜〜〜ん!!!!!!!」



 家どころか、近所に響き渡る私の悲鳴を聞いた兄は、すぐさま私の部屋へと駆け付けてくれた。


 そして私の部屋に入ってきた兄は、部屋の電気を付けながら聞いてきた。



「どうした!?」

「あ、あ、あれ!!」

「あれ? .....なんだ、ゴキブリか」


「『ゴキブリか』じゃない!! 取って! 取って殺して捨てて燃やして消滅させて!!!!」


「注文多いな。待ってろ」

『待って。待って何この状況。俺どうしたらいいん?』



 呆然とする友人の声は私には聞こえない。今の私は、着けていたヘッドホンも置いているから。私の目に映るモノは、やけに黒光りする高速で動く人類の天敵のみ。


 今の私は、ゲームではなくリアルで戦っている。



「お待た。はい、スプレーと割り箸」

「.....え?」

「自分で殺せ。俺がスプレーしてキーボード壊れたとか言われても嫌だから。あ、スプレーの臭いがキツいから、別の消臭スプレー取ってくるわ」


「ま、待ってお兄ちゃん! 殺して!!」

「大声で怖いこと言うな。通報されるぞ」

「い、い、いや! 殺したくない!」

「違うだろ? 『殺せない』だろ?」

「分かってるならやってよ! ホント、虫無理なの!」



 嘘である。私が苦手なのは、虫の中でも蜘蛛とゴキブリだけ。蟻やカブトムシの幼虫、蝶に蜻蛉など、あの2種類以外の虫は平気で触れる。


 だけど、蜘蛛とゴキブリ。コイツらはダメだ。


 あの、胴体に比べて異様に長い脚を蜘蛛は、思ったより素早く動くから無理。

 そしてゴキブリは.....なんかもう、全部無理。名前、見た目、移動速度、習性、その全てが嫌悪感の塊。



「殺したいのはお前だろ? ほら、机から降りてんだから好きに()れ」

「うぅ、うぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!」



 兄の言いたいことはよく分かる。兄は昔から虫が平気だから、料理中に出た時なんかは直ぐに駆除してくれる。


 でも、部屋に出た生き物は基本放置する。キッチンのように、私達が食べる物の衛生面に関わらない場所だから、極力殺さないようにしているんだ。


 .....難しい。この私がゴキブリを殺すなんて、難易度SSSのクエストだ。初心者の私には早すぎる。



「千里の道も一歩から。私よ、頑張れ」

「頑張れ頑張れ。じゃ、後は落ち着いてやれよ〜」



 やるしかないと踏んだ私は、左手に殺虫スプレー、右手に割り箸を持ち、背後には死体を入れる為の袋、そして兄の持ってきた消臭スプレーを装備した。



「ふーッ! ふーッ!」



『マジで何コレ? 初めての人殺し現場の音声だけ聞いてるのか? 俺は』



 机の上のヘッドホンから、友人の声が聞こえた。


 でも私は止まらない。やる、()るんだ。アイツを! 忌まわしきゴキブリの野郎をッ!!!!



「おりゃぁぁぁぁぁあ!!!!!」


 プシューッ!! カサカサカサカサカサカサ!!


「いやぁぁぁぁぁああ!!!!!!」



 秋は冷える。特に普段からゲームをする私にとって、秋や冬は、足先がよく冷える。だから私は、この季節になるとスリッパを履くようにしている。


 あぁ、不幸中の幸いと呼ぶべきか。スリッパを履いていてよかった。


 私は、スリッパを履いた足でゴキブリを──




 踏み潰した。




「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!! 最悪ぅぅぅぅぅぅぅぅう!!!!!!!!!」

「うるさいぞ」

「はぁ.....はぁ、はぁ.....」



 注意しに来た兄は、私を見て、視線を床へ向けた。


 するとそこには、茶色い羽とグチャグチャになった胴体、そして悲惨さを助長する体液が散らばっていた。



「バカかお前。なんの為のスプレーやねん」

「ちゃうねん! スプレーしたらこっち来てん!!」

「だったら自分の方にスプレーしろよ」

「そんな判断、出来る訳ないでしょ!」

「ゲーマーが敵に怖気付いてどないすんねん」

「.....うるさい! 関係ないもん!」



 一瞬『確かに』って思ったけど、私は反論した。



「あ〜あ、お気に入りのスリッパだったのに」

「愚かな自分を憎め」

「ホント愚か。1試合前に気付けばよかった」



 極力、かつてゴキブリだったモノを見ないようにして袋に入れると、私は念の為にもう一度殺虫スプレーを噴射し、スリッパも別の袋に入れた。



「スリッパも捨てんのか?」

「う、うん」

「勿体ないことすんな。履け」

「キツいよ。ゴキブリの怨念が憑いてるもん」

「塩まけ塩」

「アルプス岩塩で祓える?」

「.....無理じゃね?」

「この為だけに塩買いたくない。捨てる」



 最後にスリッパへ別れの言葉を告げた私は、兄に2つの袋を渡し、床に消臭スプレーを吹きかけた。


 そして騒動が落ち着いたので椅子に座ってヘッドホンを装着すると、ずっと私のマイクがオンになっていることに気が付いた。



『お疲れ。試合は勝ったぞ』

「お、お疲れ様。1人で勝っちゃったの?」

『うん。物資の運と接敵する運が良くて、いっぱいキルも取れた』

「流石。それじゃあ悪いけど、もう寝るね。喉が痛い」

『あいよ。また明日。お疲れ〜』

「お疲れ様」



 友人との通話を切り、PCをシャットダウンしてからモニターの電源を切った。


 それから部屋の電気を切り、私は布団の中に潜る。



「.....はぁ。疲れた〜」



 息を深く吐いたら、私は枕の上に頭を置いた。


 街の灯りが窓から入り、少しばかりの明かりで天井を見ながら、目を閉じた。





 目を閉じる瞬間、私の視界の端に、第2の()()が映りこんだ。


第2のソレは、お兄ちゃんが片付けました。

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