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9 お兄様との王都デート

「ふわぁ~!」


私は荘厳なステンドグラスの前で淑女らしからぬ歓声を溢した。それほどまでに素晴らしく美しいものだった。燦々と降り注ぐ陽を浴びて浮かび上がる月暦のステンドグラスは観るものを圧倒する迫力がありながら、人々の生活に根差した絵だけにとても親しみ深いものがある。


デュラント王国には国教として妖精王崇拝が色濃く残っている。神と崇め奉られている神像は実際には神ではなく妖精王だと言われているが、実際に妖精を見ることのない国民にとっては神話でしかその姿を知るものはない。


それだけに時代が変わるにつれて妖精王の姿は神へと変貌し、今や教会では神に祈りを捧げるのは国家安寧と五穀豊穣だけになっていた。


だからこそ月暦は国民の生活そのものを反映していた。


今、私が見上げているステンドグラスは普段は立入禁止区域にあるもので、デュラント王家に慶事があったときのみ一般公開されるものだった。

貴族は2階バルコニーから、平民は1階吹抜けのロビーフロアから。

階下の雑踏からも感嘆の声が聞こえて、私はぽかんと口を開けて圧倒されている自分にやっと気が付いた。


「どうだ?観れて嬉しいか?」


横にはアランお兄様が大きく破顔して私を見つめていた。


「はい!リリセール殿下に感謝します!」


まだ5歳にもなっていないリリセールだったが、この度めでたく婚約する運びとなったため、慶びを表すためにも月暦のステンドグラスが公開されていた。


1枚目が祝宴の月。

新年を祝って王侯貴族が様々なご馳走を前にして祝盃を交わす姿が絵になっている。

2枚目が雪狼の月。

雪原を雄々しい狼の群れが駆け抜けていく絵だ。

3枚目が農耕の月。

牛に鋤を牽かせて畑を耕す農民の長閑な絵。

4枚目が結縁の月。

煌びやかな大神殿で王子と妃の結婚式が執り行われている。(えにし)を結ぶことから、この月に私は学園に入学する。アランも正式に近衛騎士団への入団が決まり、やはり結縁の月に入団式を迎える。

5枚目が新緑の月。

貴賤の差なく、老若男女が楽しげに入り交じって若葉狩りをしている姿が描かれている。

6枚目が夏草の月。

牛などの牧草にするために夏草を刈り取る牧歌的な一枚になっている。

7枚目が羊の月。

広大な牧場の一画に放された羊たちの毛を刈り取る姿があり、半数の羊たちはまだモコモコと可愛らしいのに、残りの子たちはすっかりと毛がなくなって見ている方は寒いくらいだ。もっとも夏の盛りなのだから、むしろ刈られる前の子たちの方が暑くて堪らないだろう、と私は思って小さく笑った。

8枚目が鷹の月。

国王陛下を囲むように貴族たちが鷹狩りを優雅に楽しんでいる絵で、馬と猟犬の鋭さがなかなか迫力のある一枚だ。

9枚目が葡萄の月。

ワインを仕込むために収穫する女性たちが描かれており、奥の方ではたらいにたっぷりと入った葡萄を歌いながら踏み潰していることまで描かれていた。

彼女たちの歌う葡萄の歌が聴こえてくるかのようで、私は感嘆のため息を洩らした。

10枚目が種の月。

黒々とした畑の上で色鮮やかな野良着を着た農婦たちが種を撒いている。小脇に抱えた籠がリボンで飾られていて女性らしい気遣いに思わず笑みが零れた。

11枚目が木の実の月。

丸々と肥えた豚にドングリを食べさせている男性の絵。艶やかな豚の桃色の肌艶からもドングリが彼らの脂に甘味を蓄えさせているのがわかる秀逸な一枚だった。

そして最後の12枚目。

狩りの月。

雪景色のなか馬上の男たちが弓を構えて鹿を狙っている。すでに猪が血抜きされていて、周囲を眼光鋭い猟犬たちが吠えながら駆け回っている。

なんとも荒々しいものだったが、命を頂く行為なだけに神々しくもある不思議なものだった。

ちなみに結縁の月に入学して狩りの月に卒業するのがデュラント王国の慣習だった。


何度も往復して魅入る私の頭を幾分乱暴に撫でながらアランは嬉しそうに私を覗き込んだ。


「楽しんでるところ悪いんだが、そろそろ買い出しに行くぞ?」


「はい!」


同じ年頃の子たちと比べれば僅かに大きい私だが、巨躯のアランには到底敵わないせいで、私はお兄様を見上げて返事をした。


今回の目的は来月から必須の必要品の買い出しだった。私は学園から屋敷(タウンハウス)が然程遠くないので通いなのだが、アランお兄様は入団と同時に寮生活になる。それに伴って必要になるものを買い揃えるついでに公開されているステンドグラスを観に行かないか、と誘われたのだ。


「悪いな。もっとゆっくり観せてやりたいが、俺もさっさと買い物しなくちゃならん」


笑ってはいるが、本当に申し訳ないと思っているらしくアランお兄様の眉は下がりまくりだ。


「大丈夫です!充分に堪能しましたから!お買い物、行きましょ!」


アランお兄様はにかっと破顔して私をエスコートしてくれた。

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