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8 初イベントは園門で…

平民出身のキャロラインは昨夜は緊張のあまり眠れなかった。空が白々と明けてくるのを眺めながら、どうせ寝れないならこのまま起きてよう、と思っていたはずなのに、気付けば寝落ちしていた。


実家は食堂を営む。

元気なみんなの母ちゃん然とした貫禄のある母親と料理人である無口な父親が2人で頑張っている小さな店だ。

キャロラインも12歳になると手伝いに店に出るようになり、今ではその愛らしい相貌が看板となって客から大変な人気者になっていた。

おかげで【鹿の角亭】は王都では珍しいジビエを出す庶民派食堂ながらいつでも満員御礼の忙しい店だった。


だからこそ両親はキャロラインが学園に通うことを快くは思っていない。今まで魔法とは無縁の世界でやってきたのにある日突然、


「キャロラインには膨大な魔力がある」


と教会から言われても平民の両親にはピンとこなかった。ときどき聞く話ではあったが、どこか他人事で、世間話のひとつでしかない。


だからキャロラインが寝坊しても起こすことはなかった。遅刻しても構わない、なんならそのまま退園措置だと喜ばしい、その程度に考えていた。


だから今、キャロラインは高い位置で結わえたふわふわとしたピンクの髪を左右に揺らしながら王城手前にあるデュラント王立魔法学園に向かって必死で走っているのだ。


スチルでは定番の少女漫画バリに少し焦げ目の強いトーストを齧った絵が描かれていた。

全力で走ってる割にはバッチリと決まった前髪が可愛らしく、焦る気持ちが露になった大きな瞳が朝陽を受けてキラキラと輝く。慌てているせいなのか上気した頬がキャロラインの幼いながらの色気を醸し、この日のために誂えた白地に細かい花柄のワンピースがとても似合っていた。


こんな女がモテるわけ?


万結の隣でビール片手に俺は思っていた。


確かに可愛い。

お人形さんのようだ、とうちの婆さんなら愛でたかもしれない。

しかしキャロラインがこれから繰り出す必殺のきゅるるんパワーとやらは俺に否応なくあけみを思い起こさせた。


「不愉快な女だな」


眉を顰めて俺は呟いた。


「弘毅の好みじゃない?」


コントローラーを巧みに操りながら万結は横目でちろりと俺に視線を寄越した。


「俺はこっちのが好きかも」


そう言って俺が指差したのはキャロラインがこれからイベントを起こす相手。

暗闇でも輝くような見事な縦巻きロール(ドリルへア)の金髪が華やかな悪役令嬢ダリアライト·ローズウッド公爵令嬢。第二王子の婚約者であり、従姉妹でもある。品行方正、眉目秀麗、学業優秀、厳格ななかにも優しさがある。但し、それはかなりわかりにくい。キツい口調に、冷ややかな表情が彼女を誤解させる。


「え、意外!絶対キャロライン派だと思ってた…」


万結が驚くのも無理はない。

彼女は会社の飲み会にまで乱入してきたあけみを見ているのだから。俺は気まずさに頬をポリポリ掻きながら残ったビールを一気に喉に流した。チリチリとした感覚が舌から食道までを心地よく刺激していく。


「まぁ、なんだ、あいつのおかげで女も中身、て思ったわけだ」


小さく呟いた俺は照れ隠しに万結の肩に顔を埋めた。そしてどさくさに紛れたふりして彼女の首筋にキスを落とす。


「こらこら、やめて?これからダリア様にぶつかる予定だから」


キャロラインのはじめの一歩。

初イベントが始まる。


俺がちらりと画面に眼をやれば、推しのダリアライトが優雅な仕草で馬車から降りてくるところだった。


「遅刻だって焦るキャロラインと堂々と登園するダリアって、なんかおかしくない?」


万結の肩に顎をのせたまま俺が疑問を口にすれば、


「公爵令嬢様は偉いから社長出勤なんじゃない?」


と適当な答えが返ってくる。


とにかくここでキャロラインはダリアライトと派手にぶつかり、怪我をする。そしてダリアライトの従者が無礼だと怒鳴るところへ第二王子のアルセールが颯爽と現れる。

一目で愛らしいと心を震わせた彼は同じく怪我をしている婚約者(ダリアライト)を華麗に無視してキャロラインを抱き上げると医務室へと運ぶのだ。


「キターーー!!お姫様抱っこ!!!」


ガッツポーズの万結を見て、俺のイタズラ心に火が着いた。身を乗り出してゲームに夢中な彼女をふわりと抱き上げると俺は膝の上に彼女を座らせる。


「え?え?なに?え?」


焦る彼女がまた可愛くて、その耳元に口を寄せて俺は囁く。


「ん?お姫様抱っこ?」


真っ赤に顔を染めて俯く万結の可憐さに俺は秘かに身悶えた。




「いけませんわ!ハレンチです!」


自分の叫んだ寝言で私は目を覚ました。

夢のなかの【俺】はあのあと万結を押し倒して大人の時間を過ごすのだが、まだ15歳なったばかりの私には刺激が強すぎる。

起きて良かったとホッと胸を撫で下ろした。


まだ心臓がバクバクしている。


つるんペタンの胸には余計なものがないので、触れた掌にダイレクトに跳ね回る心臓が感じ取れた。


「私はパトリシア。パトリシア·バーナー」


愛らしく囁いて私はベッドから降りた。

これが私の毎朝のルーティーンになってから、もう2ヶ月になる。


来月を迎えれば私はデュラント王立魔法学園の一生徒となる。そして氷の騎士を攻略するために身体を張って頑張らなければならないんだ。


「まずはダリアライト様とキャロライン様の衝突事故を避けさせます!」


固い決意を胸に私はデスク前に座った。


そして可能ならばキャロラインと友達になる!


それは弘毅の記憶を持つパトリシアにはかなり不満で不快で不安な決意でもあった。


「…………」


まぁ、それはキャロラインの性格を把握したあとでも遅くはないでしょ!


私は思ってノートにペンを走らせた。

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