6 あ、私、こういうのが好きかも…!
何十着とあるドレスから厳選された十数枚を持った店員が試着室へと私を案内した。
不安げに振り返れば、マダムクレアと楽しげにソファに座っているお母様が親指を立ててウインクしてきた。
どうやらドレスの選択に疲れたのか、少し落ち着いてお茶をする腹積もりらしい。
私は微かな怯えを胸に宿して試着室へと入っていった。
「よく似合うわぁ!」
ドレスを着てはお母様に見せて、脱いでまた新しいものを着て見せる。
ひたすら無心に繰り返す私にお母様は絶賛の言葉を雨霰と注ぐ。
「パティちゃんは可愛いわぁ!勿体ないくらいに可愛いわぁ!!」
なにが勿体ないのか、心でツッコミながら私は最後のドレスを着た。
今回選ばれたドレスはどれもパステルカラーのものばかり。デザイン性に富んではいるが、どれも然り気無く流行が取り入れられているため、煌びやかで都会的ながらも落ち着いた雰囲気だった。
赤毛にエメラルドグリーンの瞳の私にはとてもバランスのとれたデザインばかりで、しかも着心地まで抜群だった。
着てきたドレスにもう一度袖を通す気分にならないほどの機能性があった。
「そうね、とりあえず、これだけいただくわ」
お母様が私が着替えている間にさらに厳選したらしい10枚ほどのドレスをマダムクレアに提示した。
「どれもとても素晴らしいものでございます。さすがはバーナー伯爵夫人でございますね」
お目が高い、とマダムクレアからヨイショが入った。それに気を良くしたのか、お母様はさらにオーダーメイドを頼むと自分のドレスを受け取って立ち上がった。
もちろんドレスを持つのはマリアンでも私でもない。
預けられた御者はドレスの重さにヨタヨタと覚束ない足取りながらも必死に馬車へと荷物を運んでいた。
「ではお嬢様のドレスはでき次第お屋敷に運ばせていただきます」
深く腰を折ったマダムクレアに礼の言葉を残して、お母様は颯爽と店をあとにした。
バーナー伯爵はなかなかの遣り手だった。
マリアンを手に入れるため、彼は一大決心で美術関係の商会を起ち上げた。経営手腕も然ることながら、彼の持つ審美眼がものを言ってバーナー美術商会はあれよあれよと大きくなった。
今や王室御用達ともなり、デュラント王国に入る美術品は一度はロベルトの眼を通さなくては真偽定かからず、と言われるほどまでになっていた。
おかげで妻と娘のドレスくらい、散財にもならないのである。
寧ろ、最先端で美しくなければ美術商としての品位に関わる、とロベルトは着飾ることを大いに推奨していた。
それだけに娘の奇抜なファッションは彼にとって苦々しいものだったろうと、私は推察した。特別ワガママでもなく、自己主張の薄いはずのパトリシアがセリーヌに憧れた一途さだけで意見を通してきたのだとすれば、クローゼットのドレスを処分するのも憚られる。
丁寧にたたんで、ちゃんとしまっておこう、と私は胸に刻んで馬車に乗った。
「パトリシア、見せてごらん!」
珍しく早い時間に帰宅したロベルトが意気揚々とパトリシアの部屋にやってきた。両手を広げて、さぁ!着替えて!とキラキラとした瞳で促されて、いい加減疲れていたが、私はおとなしく持ち帰ってきたドレスを着てみせた。
なかでも一番気に入ったもの。
淡いパステルイエローの膝丈のドレスは胸の下に若草色の細いベルトが付いていて、そこからスカートが自然な広がりをみせていた。よく見るとかすみ草の刺繍が施されており、スカートの裾からはちらりとレースが覗いている。袖はノースリーブより僅かに袖がある程度のもので、やはり繊細なレースで縁取られていた。
全体的に可憐で落ち着いた雰囲気のドレスだが、パトリシアが着るとふんわり赤毛のおかげでパッと華やかになった。
「可愛いねぇ!お父様のパトリシアは誰よりも可愛いねぇ!!」
ロベルトは満足げに何度も頷く。
「私、こういうのが好きです」
そう呟けば、眼に涙をためてロベルトはうんうん、と首を縦に振り続けた。
どうやらよっぽと今までのドレスが堪えていたようだ。
「アランには見せたのかい?」
私はそれにはふるりと小さく頭を振った。
「お兄様は今夜は帰らないそうです」
しゅんと項垂れて、私はドレスのスカートをぎゅっと握った。本当はアランにも見て欲しかった。そして可愛いね、といつものように頭を撫でて欲しかった。
「そうか、そろそろ騎士団も新入団員を迎える準備で忙しくなるのかな」
お父様は項垂れる私の頭をくしゃりと撫でると、最後まで可愛いねぇ、と連呼して去っていった。
アランがいないことを寂しく思う気持ちに気付いて私は妙なほどに焦燥感を覚えた。
なぜだろう、と考えて俺はハッとした。
弘毅よりもパトリシアの感情のほうが強くなってきているのか?!
このままだとトップオブTHEモブとして何事もなくパトリシアは学園を平穏無事に過ごしてしまう。
それはいけない。
せっかく白蛇様がくれたチャンスなんだ、初志貫徹しなくては!
俺は慌ててデスクに向かうとノートとペンを用意した。
弘毅の記憶にあるだけの情報を書き残しておこうと考えたのだ。
それもなるべく詳細に。
そして誰かに読まれても困らないように日本語で。
その日は自室で食事を済ますと、俺は深夜までひたすらノートに記憶を書き連ねていった。
おかげで右手が腱鞘炎になった。
地味に痛い…
明日の朝には腫れた手首をみてマーガレットが悲鳴を上げるだろう、と覚悟しながら俺はひたすら文字を書き続けた。