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52 あっぶなッ!! (ウィリアム視点)

彼女の背後には煌めく七色の水飛沫。

周囲は美しい薔薇が咲き誇り、その艶やかさにも負けないほどのストロベリーブロンドが絹糸のように柔らかな薫風に揺れている。


うっとりと閉じた瞼に震える睫があまりにも綺麗で、私は薄目を開けたまま、僅な間だけ見惚れていた。


私のはじめての恋。

そしてはじめての口付け。


だからこそすべてを記憶に刻みたくて、眼を閉じることができない。


あぁ、なんて愛しくて美しいのだろう、キャロライン。


私に縋るように胸に添えられた指先さえも私の心を震わせる。うっすらと開けられたキャロラインの唇があと少し、薄紙一枚のところまで迫っていた。


どんな味がするのだろう、やはり薔薇のような香りなのだろうか、時折ローズウッド様が差し入れてくださるマカロンよりも甘いのだろうか…


陶酔する私の脳に直接響く衝撃が、そのとき突然走った。


あまりの痛みに身体が固まる。


顔を思わず歪めて、鋭い痛みが去るのを待った。刺し貫かれたような痛みははじめの鋭さを残しつつ、じんわりと和らいでいった。


一体、なんだったのか…


思った刹那、私は眼前にあるキャロラインの唇を突き出したブス顔に驚いて悲鳴を上げながら彼女を押し退けていた。


「きぁあ!」


無防備な状態で突然押された彼女は尻を支点にくるりと反転し、見事に噴水のなかへと落下した。


「しまった!キャロライン嬢、大丈夫か?!」


こんなところを誰かに見られたら、確実に私が悪者になる!

焦りから私も思わず噴水に飛び込んで、突き落としたキャロラインを抱き上げた。


「すまない、訳がわからず、思わず突き飛ばしてしまった!」


ザバリと噴水から上がると、私は真っ直ぐに医務室へと彼女を運んでいった。

2度目だな、と苦笑しながら…




「いやぁ、しかし、危ないところだったよ、もう少しであのキャロライン嬢とキスをする寸前だった…恐ろしい……」


私は濡れた服を着替えに生徒会室に来ていた。

なにかのための予備の服が役員全員分置いてあるので、こういうときには重宝する。


びしゃ濡れで生徒会室に入れば、そこには珍しくローズウッド様がアルセール様と仲睦まじく寄り添って紅茶を飲んでいた。

ローズウッド様から濡れた経緯を聞かれた私が自分でも理解していないながらも説明すれば、聡明な彼女はすべてがわかったように何度も首肯していた。


「キャロライン嬢も災難だったな」


くつくつと楽しそうに笑うアルセール様をローズウッド様がちくりと抓る。それを大袈裟に痛がるふりをしてアルセール様は彼女の頬にキスをした。


なんだか2人の距離がかなり近い気がするのだが、なにがあったのだろう、と私は秘かに首を捻った。


「それで?」


「それで、とは?」


意地悪げにアルセール様の眼が細められる。


「最近、ウィルはキャロライン嬢を好ましく思っていたのではないか?」


聞かれて私は咄嗟に否定しようとして、言葉を飲んだ。確かに私は彼女に懸想していた記憶がなくもない、こともない、のか?


「そうか?」


だからそうとしか応えられない。


「そう見えたよな、ダリア?」


「アル、少し意地悪ですわ、ちゃんと説明して差し上げないと、スペンサー様も気の毒です」


「このネタで暫くウィルで遊べるかと思っていたが、ダリアが言うなら仕方ない」


肩を竦めたアルセール様がバーナー嬢が裏庭の池でサーシャという幽霊と会ったところからサロンでのアルセール様の勇姿までを細部に至って説明してくれた。


「私が、魅了…キャロライン嬢に……有り得ない!一生の不覚、父上から勘当される…」


あんな教養も身分もない、光属性の魔力があっても聖女でもないキャロラインを侯爵夫人候補として連れて帰ったら父上の引退が遠退く、と言って大騒ぎになるところだ。


「どうしてもっと早くに教えてくれなかったんですか…」


思わず怨み節が炸裂してしまう。じとりとアルセール様を見つめれば、可笑しそうに眼を細めて、


「すでに時遅し、だったからね」


と無邪気に言った。


「それにしてもモーティマー様は凄かったですわね、パトリシアが走るより僕が走った方が速い!とパトリシア様を担ぎ上げて素晴らしい速さで走って行かれるのですもの、本当に格好良かったですわ!」


「ダリアもしてほしいの?」


アルセール様が拗ねた様子でローズウッド様をじっとりとねめつけた。私は勘弁してくれよ、と顔を背けた。


夫婦喧嘩は犬も食わない、ていうじゃないか。


「わたくしですか?そうですね、もう少しロマンチックなことであればしてほしいかもしれません」


屈託なく言って、ローズウッド様は口元を隠して微笑まれた。これもまた珍しい、と私は驚く。

ほとんど感情を表には出さない方だったのに、今日の彼女は実に普通のご令嬢である。


「ウィル、見るな。可愛いダリアが減る」


不躾に眺めていたらしい自分に恥ながら、私は紅茶のおかわりを用意するために隣室に辞した。


ドアを通して婚約者同士の甘い囁き(主にアルセール様)が聞こえてきて、どうやらダグラスに次いでアルセール様も無事にあるべきところにおさまったのだな、と安堵した。


紅茶の芳醇な香りがここ暫く続いていた私の頭の靄を取り去るように鼻腔を薙いでいった。

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