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51 急ぎます!

アルセール殿下がブローチを取り返し、ダグラス様がキャロラインをサロンから追い出した直後、私はなせかダグラス様の肩に担がれて、裏庭の森のなかを運ばれていた。

それもすごいスピードで。

まるで馬にでも乗っているかのように周囲の景色が背後に飛んでいく。


せめてお姫様抱っこが良かったと思わなくはないけれど、それよりもこの方が速いのだ、と言われれば諦めるしかない。


確かに私が走るよりは断然速い。


もうあと少しで池まで辿り着くだろう。


「辛くないか?パトリシア!」


息もきれない様子のダグラス様が何度めかの同じ質問を繰り出してきたので、私も大きな声で大丈夫だと伝えた。


「ほら、池だ!パトリシア、サーシャが待ってるぞ!」


ダグラス様が私を丁寧に降ろすと、私は勢いよく振り向いた。サーシャが池の端で喜色に輝いている。


「サーシャ!」


「パトリシア様、早く早く!早くしないと愛を誓ってしまいますよ!」


サーシャの言葉に私は焦った。

スペンサー様がキャロラインの毒牙にかかる寸前なのか、と思い至れば焦らないわけがない。

縺れる脚を叱咤激励してサーシャの傍まで走ると、私は掌のブローチを差し出した。


「ありがとう!」


サーシャは言うより早く、ブローチを手に取って池へと投げた。そしてあとを追うように池のなかへ身体を沈める。


私は魔眼を発現した。

池の水面が波立ち、中央が眩く光を四方に散らした。

私の背後に立ったダグラス様が私の肩を抱き締めた。


「パトリシア、あれは…?」


ダグラス様には光の塊にしか見えないだろうか。


とても美しい女神が池の中央に浮いていた。

流れる髪は清涼なせせらぎを思わせる見事な碧色。

白磁の肌に輝くのは真夏の海の瞳。

桜貝の唇は完璧なバランスで弧を描いており、纏う衣は金糸で編んでいるのかと思うほどに光を反射して、池の水面までが黄金に染められていた。


「女神様です」


囁く私の声が聞こえたのだろう。

女神が私に両手を差し出した。その手のなかには取り返したブローチがあった。


「ありがとう」


女神が言うと、ブローチが輝きを失った。

それを愛おしそうに指で撫でて、女神は巻いてある自分の髪に着けた。


途端にブローチが金色に変化した。

パールの輝きをもつ金色の魔石。


「本当にありがとう」


最後にそれだけを告げて、現れたときと同様に彼女の姿は溶けて消えた。


池は以前のときのように濃い緑に染められている。


まさにスチルそのもの!


私は感動で声が出なかった。

ここに万結がいたらどれほど歓喜して飛び回って叫んでいたことだろう。

分かち合いたかった、とつくつぐ残念だった。


「終わったのか?」


「はい、きっとスペンサー様だけでなく、他の魅了に掛かった人たちも戻ったはずです」


アルセール殿下はキャロラインがブローチを手にしたたった半月で学園に通うお年頃の貴族令息たちが相次いで婚約破棄もしくは解消を王家に申し出ている事実に嘆いていた。

それもあって私の提案に乗らざるを得なかったのだ。


それでもきっと今頃はダリアライト様と気持ちを交わして満足しているだろう、と思えば大した苦労でもなかったではないか、と私は思った。


寧ろ、私をここまで走って運んだダグラス様が一番大変だったのでは?と彼の様子を窺ったが、ダグラス様は私を抱き締めたまま、実に幸せそうに微笑んでいた。

それはもう、その色気にあてられてその場で卒倒しなかったことを誉めてほしいくらいの破壊力だった。


チラ見しかできなくて良かったかも…


私はホッと胸を撫で下ろして、ダグラス様にゆっくり散歩しながら戻りましょう、と促した。


「パトリシア」


「はい?」


ダグラス様は私と手を繋いで歩調を合わせて森のなかを歩いている。


「僕はパトリシアを誇りに思う」


「え?」


「パトリシアに出会えてこれほどの幸せはないよ」


「ダグ様?」


突然立ち止まり、彼は私と目線を合わせるために少しだけ屈んだ。


「僕はきっとパトリシアを手離せない。だけど僕でなければダメなほどパトリシアを愛すから」


「ダグ様、もう私、たぶん、ダグ様じゃないとダメですよ?」


こてんと傾げた私にダグラス様は小さく笑った。


「たぶん、じゃ困る。絶対になって貰わないと」


そして私の頭をくしゃりと撫でると、額にキスを落とした。彼の言い方がなんだか嫌で、私は彼の首に両腕を回して、腰を伸ばそうとする彼の動きを止めた。


「パトリシア?」


突然のことで驚いたダグラス様の頬がほんわかと紅くなったのが、薄暗い森のなかでもわかって、私は妙に嬉しくなった。


だからちょっとだけ、意地悪したくなったのかもしれない。スチルそのものの光景に興奮しすぎて高揚していただけなのかもしれない。


「私はもうダグ様だけです。だから絶対に離しちゃ嫌ですよ?」


甘く囁くと私はダグラス様の唇に自分のそれを重ね合わせた。


幸せはこんな感触で、こんなにも甘いのか。


私は胸が高鳴り、今すぐにでも泣きそうだった。

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