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5 あ、俺、買い物したいです

不適な笑い声のおかげで無駄に心配された俺はアランに無理やりベッドに戻され、それから3日間軟禁された。


おっと、私だ、私。


いい加減、幼気な少女である自覚を持たなければ。


貴族として淑女教育を施されたらしいパトリシアは話す言葉は自動矯正されるのだが、どうやら態度や仕草などはまんまらしく、今もソファにどっかりと股を開いて座っていた。


じとりとマーガレットに睨まれて、俺ははじめてそのことに気付き、ほほほ、と小さく微笑みながらそっと脚を閉じた。


「パトリシアお嬢様、本日は奥様が一緒にお出掛けにならないか、と仰っておりましたよ」


目の前に美味しそうな菓子を並べられ、俺、んん!私は静かにカップを傾けて紅茶を飲んでからひとつ摘まんで口に入れた。

ほわりと溶けるメレンゲ菓子がパトリシアの頬をゆるりと緩ませた。


「ご一緒したいわ、学園への準備もあるし、ドレスも買っていただきたいの」


私はちらりとクローゼットを見遣る。

派手で奇抜なデザインばかりが並ぶ眼にも痛いそこはすでに私にとっての黒歴史(ブラックヒストリー)に他ならない。


「ドレス、ですか?」


「ええ、今あるものはどれも学園には似つかわしくないような気がして…」


というか、パトリシアの清廉な可愛さには似合わない。あれだとドレスが歩いているとしか思われないだろう。

よく今まで嗤われなかったもんだ、と独りごちた。


「お気に入り、ですのに?」


訝しげにマーガレットが首を傾げる。


「ええ、だって、私には似合わないでしょ?」


上目遣いで呟けば、マーガレットに喜色が浮かんだ。そして大袈裟なほどの強さで私の両手を握り締める。


「ええ!ええ、その通りでございます!お嬢様の良さはもっと可憐なドレスでこそ活かされます!!すぐに奥様に伝えて参りますね!!」


ピュー!という効果音が相応しいほどの勢いでマーガレットは退室していった。


「マーガレットも似合わないと思っていたのね」


些かぬるくなった紅茶を口に運び、私は天を仰ぎ見た。


「あぁ、珈琲が飲みたい!」


まだお嬢様には早すぎます、と珈琲を断られたことを思い出して私は唇を噛んだ。




「パティちゃん!今日はお母様とたくさんドレスを選びましょうね!」


慣れない馬車の揺れに辟易しつつ、私はお母様に笑顔で頷いてみせた。活動的なマリアンに比べ、どうやらパトリシアはおとなしい少女なんだとわかった。

マーガレットからクローゼットにあるドレスとはタイプの違うものが欲しいと聞いたマリアンは実に機嫌よく今、王宮で流行っているデザインの話を繰り出している。コロコロと変わる表情に、やはり楽しげに服を選んでいた万結を重ねて、私はほんのり胸に苦味を覚えた。


まだパトリシアよりも弘毅の記憶のほうが生々しいせいか、俺なのか私なのか、自分でも掴めない。


どちらが本当なのか、不安定な精神状態にまだ子供であるパトリシアは笑顔の下でため息を吐いた。


「奥様、着きました」


御者が馬車のドアを開けて手を差し出す。

優雅にエスコートされたマリアンは晴れやかな顔で店の前に降り立った。そのあとに私も続いて降りる。


眼前には重厚な雰囲気の建物。

ウインドウもなく、入口だろう扉にあるガラス部分からしかなかを窺うことはできない、なんだか秘密めいた店だ。私は気後れして、一歩後退った。


「あら、パティちゃん、怖くないわよ。ここはマダムクレアのお店なの」


確かに扉横の表札よりやや大きい板に洒落た飾り文字でマダムクレアとある。

マダムクレアといえばわかるでしょ、と言わんばかりにお母様は私にウインクしたが、正直まったくわからない。ここが凄いところらしい、ということだけはなんとか理解して、私はお母様の袖を握った。


そのときカランカラン、と軽やかな鈴の音がして扉が開いた。なかから背の高い女性が見事なマーメイドラインのドレスを揺らして出てくると、お母様の前でカテーシーで礼をとった。


「ようこそいらっしゃいました。バーナー伯爵夫人」


「えぇ、今日は宜しくね、マダム。娘も飛び入りになったけれど、大丈夫かしら?」


「もちろんでございます。さぁ、なかへどうぞ」


促されて踏み入れた店内は外からみた印象とは真逆の明るさだった。ロウソクではない光に溢れ、マネキンたちが煌びやかなドレスを纏っているのがよく見えた。


「素敵…!」


思わず溢して、私はハッとする。

なんだか奇妙な違和感を覚えたが、眼前に広がる夢のような華やかな空間にあっという間に魅了されていた。


「バーナー伯爵夫人のドレスは出来上がっておりますが、そちらからお持ちしましょうか?」


「それも楽しみなのだけど、まずは娘のドレスをお願いしたいの。今年から学園に行くのよ、それに合わせたドレスが必要だわ」


学園には制服がない。

身分の差なく、切磋琢磨に勉学に励むことを推奨するなら制服があったほうがいいと思うのだが、貴族の比率が高いだけに誰も制服を着ようとしないのだ。

結局学園側が諦めて制服制度が廃止された。

だから平民から入学する子たちには支度金と称した少なくない金が支給されてきた。

それでも高位貴族には敵わない。


陰でどれだけの虐めがあるのだろう、と私は漠然と考えていた。


「左様でしたらまずはこちらからご試着いかがですか?」


マダムクレアが店員に目配せをする。

すぐに彼らはゴロゴロとたくさんのドレスが下げられたカートを押してやってきた。


「まだお時間はございますので、オーダーメイドもおすすめしますが、当座必要なドレスを選ぶのも宜しいのでは、と思います」


ちらりと寄越されたマダムクレアの視線には私を残念に思う色が濃く宿っていた。それもそうだろう、と自分を見下ろして私は納得する。


クローゼットのドレスのなかでも比較的おとなしいものを選んではきたが、それでもこれは酷いと自覚している。


淡いスカイブルーのドレスはぶわりと膨らんだ提灯袖に、鋼を入れて真ん丸なラインを作っているスカート。しかしそんな前時代的なデザインすら問題ないように思わせるのは全体的に無数に散りばめられたリボン。しかも気の弱い老人ならショック死するほどの鮮やかな蛍光ピンクだ。これがいけない。

出掛ける前にすべてのリボンをちぎりとってしまおうかと、真剣に悩んだくらいだ。


私は恥ずかしさに俯いてしまった。


「そうね、その通りだわ、さすがマダム!」


幾分か、いつもよりもテンション高めのお母様がマダムとあれでもない、これでもない、とドレスを物色し始めた。

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