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47 マティア·フェルデ伯爵令嬢 (マティア視点)

私のお父様ナーラン·フェルデ伯爵はモーティマー侯爵家当主ドーティ様の実弟だ。嫡男としてモーティマー侯爵家を継ぐ伯父様とは違ってお父様は次男だったので、フェルデ伯爵家に婿入りした。お母様は大変美しく気位の高い令嬢で、侯爵家から来たお父様をはじめはとても愛したと古参の侍女から聞いていたが、今となっては真実なんか見えやしない。

お母様は一人娘だったけど、本当は伯爵家など継ぎたくなく、どうあっても侯爵夫人になりたかったのだとお父様に叫ぶように訴えて、弟だけを連れて家を出ていってしまった。

出ていくと言っても生家がフェルデ伯爵家なので、お祖父様の住む領地の離れで生活している。


私はお父様と王都の屋敷(タウンハウス)に住んで、そこでほとんど過ごしてきた。

領地には季節のいい時期に避暑に行くくらいだった。


淋しくないか、と言われれば淋しかったけれど、モーティマー侯爵家へ遊びに行けばダグラス様がいたから、それほど気にもしなかった。


ダグラス様が6歳になるまではよく遊んで貰った。

優しくて強いお兄ちゃま、という感じだったのに、モーティマー侯爵夫人が離縁して出ていってからダグラス様は陰気な少年になってしまった。

久々に会ったときにはあんなに快活に遊び、楽しげに声を上げて笑う可愛らしかった少年が陰鬱なアイスブルーの瞳を嫌悪で曇らせ、真一文字に強く閉じられた唇をした顰め面の男になっていた。


でもそれがとても綺麗だった。


所作の美しい物腰に、物静かな雰囲気。

話せば心地よく響く低い声、艶やかで神秘的な黒髪。

すらりと伸びた手足に鍛えられた筋肉が服の上からでもわかった。


あまりの美しさに私は呼吸も忘れてダグラス様に魅入った。以来、私は彼に焦がれるほどに想いを寄せて、お父様に頼み込んで、彼のそばでモーティマー侯爵夫人の代わりに女主人になろうと決めた。


お父様はモーティマー侯爵に、


「マティアも淋しい思いをしているんだよ、兄さん。ダグラスと一緒に過ごさせることで、互いに気分が紛れるんじゃないかと思うんだ」


と説得してくれ、私は晴れてダグラス様の屋敷へと住む許しを得た。が、モーティマー侯爵が母屋に住むことを許してはくれなかったので、私は離れに連れてきた侍女たちとともに過ごしている。


16歳になる私は本来なら学園に通うべきなのだが、ダグラス様にともに通うことを拒否されたことで、行く気をなくし、今は虚弱体質を理由に学園から派遣される教師から教えを受けている。


深窓の令嬢と言われる所以である。


けれど私には余裕があった。

女性全般を拒否しているダグラス様はいつか離れに住む私のことを思い出すに違いない、と。

他の女性と比べてマティアは美しい、と私に膝を折る日が来ると信じていた。


のに………


「マティア様!」


本宅の侍女頭ニールが血相を変えて離れに駆け込んできた日、私は絶望と憎しみの闇へと落とされた気分だった。


「ダグラス様が婚約なさいました!お相手はバーナー伯爵家の令嬢だそうです!」


なぜ?


なぜ、私ではないの?


時折本宅を訪れては彼をお慰めしていたのは私なのに?


どれほど冷淡な対応をされようとも笑顔で支えてきたのは私なのに?


凍えそうなほどに冷たい瞳で睨まれても貴方のために祈りを込めて刺繍していた私なのに?


なぜ?


一晩泣いて、私は悟った。


ダグラス様は騙されているのだと。

悪しき力で惑わされているのだと。


確信を得たのはデュラント王立魔法学園から来たと訪ねてきた黒いローブの男の言葉だった。


彼は口元以外が眼に触れないほどに目深に被ったフードから流れるように私に教えてくれた。


「先日、ダグラス·モーティマー侯爵令息が婚約者に迎えた女は禁忌の魔法を使いました」


私は怒りに震えた。


「バーナー伯爵令嬢はその魔法でダグラス様を…?」


慇懃な態度で深く腰を折ったローブの男は恭しく、左様でございます、と囁いた。そして袂から1本の蒼く輝く薬瓶を取り出すと、私の眼前に晒した。


「これを女に飲ませれば、ダグラス様の魔法は解けます。きっとお美しい貴女に感謝され、彼の心はすべて貴女のものになるでしょう」


「おいくら、なの?」


怪しいと思いつつ、私は彼に値段を訊ねながらデスクの抽斗の鍵を開けていた。それなのに彼はさも可笑しそうに低く笑うとデスクの上にことりと音を立てて瓶を置いた。


蒼く美しい、まるで宝石から造られたような瓶。


なかにはとろりとした液体がみえる。


「お金など、わたくしには不必要なもの。そしてこれもわたくしには使い道のないもの。貴女様が活かしてくださればそれがわたくしへの報酬にございます」


それだけを告げると、男はローブの裾をひらりと翻した。


「あ…!」


気付けば彼は消えていて、私の部屋には数人の侍女が午後のティタイムの準備をしていた。

先程まで誰もいなかったのに…


白昼夢だったのかと一瞬、自分を疑ったが、私のデスクの上には、綺麗な光を反射させる蒼い薬瓶がちゃんと置かれているのを眼にして、男もダグラス様が惑わされていることも真実なのだと確信した。


私はそれを握り締めると、胸に抱いた。

これは私とダグラス様を救う薬だ。失うわけにはいかない。


「マティア様、お茶のご用意が調いました」


「えぇ、頂くわ」


それはダグラス様が婚約者を迎えられて3週間後の夏草の月に入った頃だった。

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