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46 対抗策は薬湯で…

妖精たちから呼ばれて、私は魔眼を発現させた。

するとフィーナが興奮した面持ちで両手を振り回していた。


『パトリシア!僕たちじゃ、無理だけどあの子なら作れるよ!』


「どの子?なにを作れるの?」


『薬よ、薬湯』


『惑わされないの』


サラとディーも参加して、またいつものように話し出す。けれどさっぱり掴めない私はこてんと首を傾げて彼らに詳細を頼んだ。


『だからね、魅了の魔法の対策!』


『薬で惑わされないの』


『でも作れるのはあの子だけ!』


「それは魅了の魔法を解けるということ?」


妖精たちは一斉に激しくぶんぶんと首を振った。


『違う!違う!』


『魅了の魔法は解けない』


『けど、魅了の魔法に掛からない』


私は唇に人差し指をあてて、う~んと唸った。そして徐に彼らに確認をする。


「つまり、魅了に掛かった人を戻せないけど、魅了には掛からないようにできる、てこと?」


妖精たちがぱぁっと破顔した。


「ありがとう!じゃ、そのあの子ていうのは?」


『知らないの?』


『クラスメイトでしょ?』


『ビルにくっついてる、あの妖精だよ!』


ビルはクラスメイトのなかでも異色の存在だから知らないわけがない。午前中だけ魔法理論の授業を受ける王都で有名なレストランのシェフ。

どっしりとした体躯に穏和な雰囲気、いつも食べ物のいい匂いがしていて、慣れない授業に必死でノートを取る、真面目な青年。

彼にくっついている妖精がいるの?


学園内、とくに授業中は魔眼を発現しないように気を付けていたからまったく気付かなかった。

彼に妖精がついているのか。


『ビルだけじゃないよ』


『ユリアにもいるんだよ』


『土を綺麗にできるから好きなんだって!』


追加情報まで齎されて、私の頭はいっぱいになる。

ぐるぐると思考が空回りをはじめたとき、耳に温かくて柔らかいものがふわりと押しあてられた。

それによって半ば強制的に魔力の回路が断たれ、魔眼が解除された。

唐突に戻された視界がぼやけて、軽い眩暈を覚える。

頭を振ろうとして、今度は耳朶をかぷりと咬まれた。


「ひゃっ!」


驚いて見上げれば、そこには意地悪な微笑みを浮かべるダグラス様。

私のグリーンに戻った瞳が彼を捉えたことに満足したのか、ダグラス様は私の髪に顔を埋めて大きく息を吸いながら、ぎゅうっと強く抱き締めた。


向かい側には呆れ顔のアルセール殿下が私を見つめていて、ダグラス様を無視するように私に妖精との話の説明を求めてきた。


「それで、パトリシア…妖精はなんだって?」


「あ、はい」


私にひっついているダグラス様を気にするのはやめて、アルセール殿下に顔だけを向けた。身体はしっかりとダグラス様の膝の上で固定されてしまっているので、自由になるのは顔だけだ。


「魅了に掛かった人には効果がないけど、掛かってない人には魅了されない薬湯が作れるそうです」


「それは本当か?」


疑い深い、と思いながらも王族の一員として生き抜くには仕方のないことなんだろう、と同情する。


「はい、詳しくはそれを作れる妖精に聞かなくてはならないのですが、その子がビルさんと一緒にいるようで…」


「ビル、てあのビルか?シェフの?」


仰天したようにアルセール殿下が身を乗り出した。


「はい」


そして僅かに考え込んだ。


「そうか、彼に妖精がいて、彼の作るものに加護が与えられているから魔力がなくても作れるわけか…」


ブツブツと口のなかで呟いて、得心したように何度も頷いた。


「ではパトリシアはビルの妖精と話をしてくれるか?」


「はい、是非話してみたいです」


「宜しく頼む」


「その薬湯ができたら、殿下はキャロラインさんにメロメロ演技してくれますか?」


「…それはまた問題が違う」


「ぐっ…!」


どうしよう、と困っていたとき、私の頭から顔を上げたダグラス様が私の耳元で囁いた。


「パトリシア、どうしても殿下にさせたいのか?」


甘い低音ボイスの囁きに私は胸を高鳴らせながら、こくりとひとつ頷いた。

それなら任せておけ、とだけ呟いて、ダグラス様はアルセール殿下に向き直った。


「殿下、ローズウッド様は今もって貴方の気持ちをご存じない。おそらく応える気にもなっていないでしょう」


ダグラス様の直接的な言葉に、アルセール殿下はあからさまに不機嫌になった。ぶすりと渋面を作ると、不貞腐れた態度で手の甲に顎をのせた。


「けれど婚約者である自覚はございます。だからここで殿下がキャロライン嬢にその気のある態度を見せれば、ローズウッド様はご自身の気持ちに気付かれるかもしれません」


顔を背けていた殿下がゆっくりとダグラス様へと視線を転じた。


「嫌われないか?今までだってキャロライン嬢は私にベタベタと触れていたのにダリアはなにも感じてないようだぞ?」


「それは殿下がキャロライン嬢には冷たい態度だったからです。嫌われるどころか、失う恐怖にダリア様はきっと殿下に縋ります」


「ダリアが、私に、縋る…?」


にまぁ、と殿下の顔が弛んだ。

ダグラス様の見事な交渉術に私は平静を装いながら、内心で大喝采だ。


「どう思う、パトリシア?」


「はい、ダリアライト様は殿下のことを大切に思っておられます。ショックを受けるでしょうが、その方がダリアライト様の殿下へのお気持ちに気付かれるかと思います」


ダリアライト様は幼少から感情を抑える訓練をされてきた。だから自分の気持ちにかなり疎い。

けれど殿下のことを話されるときの柔らかな表情を見れば、決して憎からず想っていることはわかる。

これが切っ掛けになれば、と願わずにはいられない。


「なるほど、ではその薬湯とやらができたら、私はキャロライン嬢を見事騙してみせよう」


やった!

心のなかでガッツポーズを繰り出した私は恭しくアルセール殿下に頭を下げた。

ダグラス様の膝の上だったけれど。


「宜しくお願い致します、殿下」


そしてダグラス様の耳元でありがとう、と囁いておいた。彼の無表情な頬にほわりと赤みが差して、私はなんだか嬉しくなった。

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