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39 婚約の打診

ダグラス様から学園舞踏会のパートナーに誘われて承諾した日の夜。

娘のデビュタントを忘れたなんて、なんて親だろうね、私たちは!と笑う両親にモーティマー侯爵家がデビュタントの準備をしてくださると私は伝えておいた。

随分と驚いていたようだけれど、


「モーティマー侯爵令息様も律儀な方だ。それほどパトリシアの暴走を警戒してるんだな」


と何度も私のせいで怪我をしているお父様が首を振って申し訳なさそうに言った。


私を独りにしないための措置なのか、とお父様の言葉で思い至り、私はさすがは責任感の強いダグラス様だなぁ、と感心した。


なのに翌日、学園から帰宅して日課のトレーニングをこなしたあと、マーガレットと湯浴みをしていたら、いくら妹とはいえ、淑女のバスルームに取次もなくアランお兄様が駆け込んできた。


「アランお兄様?!」


「ギィヤアアアアアアアッ!!!」


私を庇うように抱き締めて、どんな獰猛な猛獣でも逃げていきそうな悲鳴を上げたマーガレットに恐れをなしたのか、アランお兄様は呆然とその場に立ち竦んだ。


「淑女のバスルームに無断で入るとか、馬鹿ですか?仮に断りを入れたってダメなんですよ?!そんなことも知らない馬鹿なんですか?!そんなところに大きな図体で立ち尽くさないでください!!本当に馬鹿なんですね?!なにをぼぅっとしてるんですか?!さっさと出ていかないとか本気で馬鹿ですよ!!!」


「マーガレット、怒ってくれるのは嬉しいけど、私のお兄様をあまり馬鹿馬鹿連呼しないで…」


「パトリシア様はお優しすぎます!伯爵令息としての常識を弁えない馬鹿にはしっかり教育しておかないといけません!社交界でシスコン残念伯爵令息と言われてはいつまで経ってもお嫁さんにも来てもらえませんよ?!いいんですか?!」


ギリリと私を睨み付けて、ついでのようにマーガレットが説教した。

アランお兄様がシスコン残念伯爵令息とか呼ばれてるのは地味にショックです、お兄様……


踵を返すと、アランお兄様がギクシャクとした足取りで出ていった。マーガレットはプリプリと頬を膨らませて怒りながら、私の身支度を始めた。


まだ髪も乾ききらないまま、私はサロンへと向かった。湯上がりの私のためなのか、新緑の月なのに暖炉に火が焚いてあり、アランお兄様の額に汗が滲んでいた。


「寒くないですか?パトリシア様」


こんな部屋の状況なのに涼しい顔でジャンが私を優しく気遣ってくれて、それが嬉しくて私はにっこり笑って首肯した。


「パトリシア、まずは座りなさい」


お父様に促されて、私はジャンが引いてくれた椅子に座った。それを見て、お父様とお兄様も向かい側に腰を落ち着けた。


「パトリシア、学園舞踏会の出席届は出したのか?」


意外な話に私は一瞬呆気にとられる。


「はい、今朝出しました」


今朝、門前で顔を会わせるなり、ダグラス様から出席届を一緒に出しに行こう、と誘われたので、互いの名前をパートナーに書いて提出していた。


「パートナー、は?」


昨日話したばかりなのに?

どうしてこんなことを聞かれるの?

疑問が私の脳内をぐるぐるぐるぐる駆け巡る。


「ダグラス様です」


「ほかにお父様に話してないことはないな?」


まさかダリアライト様の噂の真相を探ることがバレてしまったのかと、身体が竦む。


「学園舞踏会についてはそれだけです」


嘘は吐かない。

すでにお父様の魔眼がうっすらと輝き始めていた。

緊張で手が汗でびっしょりだ。


「では双方合意の上の申し出ではないわけだ…」


「だとしても急すぎないか?」


お父様とお兄様だけで会話が進み、私の心に不安が黒いシミのようにこびりついて広がっていく。


「なにか、あったんですか?」


不安に堪えきれずに問えば、お父様は困ったように眉を下げた。


「今朝、モーティマー侯爵から呼び出されてね」


「ダグラス様の?」


「あぁ、お父上だ。パトリシアとの婚約を打診されたんだ。舞踏会でパートナーとして参加するなら婚約を前提に出席してほしい、と。そのためならデビュタントの用意はすべてモーティマー家でするとね」


「え?」


私の後ろに立っていたジャンから息をのむ音がした。


「娘のデビュタントの準備もできないような我が家ではない、とどれほど言いたかったか!」


鼻に皺を寄せたお父様が忌々しげに強く言った。

確かにお父様はちゃんと財産を築いているから、私のドレスや宝飾品など王侯並みに散財したとて、喜んで出すだろう。


「それは仮初の婚約者、ということですか?」


婚約間近と噂されたから、その責任を取れ、ということなのか?

それとも不自然なく私を護衛するために期間限定で婚約して、後々双方合意で解消する、という話だろうか?


「パトリシア、違うぞ。モーティマー侯爵令息様がパトリシアを熱望されているんだ」


「は?」


私の背後でジャンが不穏な声を上げた。


「昨夜、モーティマー侯爵令息様が騎士団の寮まで訪ねてこられて、パトリシアが俺が用意しない限りはデビュタントの準備はしないだろうと言ったから、是非ともモーティマー家にさせてほしい、と頼まれた」


「え?」


私の頭が理解に追い付かない。


「とてもパトリシアを大切に想っているとも…」


「えぇえ?!」


そんな素振りなどまったくなかったのに?

いつの間にやらミッションコンプリート!ですか?


「え?それは本当ですか?いつもダグラス様は怖いお顔のままで、甘い囁きや口説き文句もないんですよ?私を独りにしないための口実とかではなく?」


「いや、モーティマー侯爵令息様ははっきりと仰ったよ。パトリシアが好きだと」


口から魂が抜けそう……


まさかお兄様からダグラス様の気持ちを聞くなんて、とってもロマンチックじゃなさ過ぎる。


けれど私の心臓はあり得ないスピードでビートを刻んでいる。頬が熱くて、耳鳴りまで聞こえる。

呼吸まで苦しくて、喉が焼けそうに渇いてきた。


「とにかくモーティマー侯爵は舞踏会に出るならすでに噂にもなっているし、是非とも婚約を、と望んでいる。パトリシアはどうしたい?お父様はパトリシアの気持ちを優先したい」


真剣な眼差しでお父様から問われた私は僅かに迷った。この話はバーナー伯爵家にとっても悪くない。それに万結のためにも、弘毅のためにも、この世界にきたときに決めた目標のためにも、頷くべきだろう、と思う。


私はひとつ大きく息を吸って、承諾を伝えようと口を開いた。


「俺は嫌ですね」


唐突に声がして、背後からジャンが私を抱き締めながら鋭くお父様とお兄様を睨み付けていた。



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