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29 忘れ去られた池

不埒な噂の根は下町にあり!


そう判断した私はジャンを引き連れて噂を拾いに行こうと作戦を立てた。ところが思わぬところから横槍がひとつではなく2つも入った。


1つ目はダグラス様だ。


「僕が協力すると約束したのだからジャンは必要ない。僕がついていくんだから。2人も護衛を侍らせてたら目立って噂の収拾どころではなくなるよ」


最近、慣れてくれたのか、砕けた口調のダグラス様は頑迷に譲らない。確かにイケメン2人を連れていたら騒がれるだけで情報収集には向かない。

どうしようか、と悩んでいたらジャンが個人的に情報収集をしよう、と進んで提案してくれた。

なので次の休みにはダグラス様と私は下町散策と洒落込むことになった。ジャンは私が学園に行っている間に下町で捜査すると約束してくれた。


もうひとつの横槍は…


『だからね、パトリシアに来てほしいの!』


「でもディー、私、授業があるし…」


『そんなことは知ってるけど、これは大事なことだと思うの!』


『そうだよ、大事!大事!』


『友達だろ?パトリシア!』


サラにもフィーナにまで言われて、私は仕方なく頷いた。


『だからパトリシアが好きよ!』


ディーから熱烈なキスを頬にされて、満更でもない気分の私は思わず顔がだらりと緩んだ。


魔眼にならなければ意志疎通ができない私は妖精のほうから用があるときは髪を引っ張る、という不文律を作った。

おかげで彼らが話したいことがあると私の髪は不自然に真横に伸びる。

はじめてこれを見たダグラス様は唖然としていたが、多少疑っていた妖精の存在をやっと信じる気になったそうだ。


紫に煜いていた両目が常のエメラルドグリーンに戻ったのを確認したダグラス様が、なんだ?と眉を上げた。


「池で幽霊が泣いてるそうです」


「は?」


学園の敷地には庭園が3つある。

門から続く道の途中に迷路になった森がある。まずそれがひとつ。

ちなみにこの迷路の森は卒業試験のひとつになっている。半日で出られたら合格。不合格のときはどうなるのだろう、と思ったがまだ先のことなので考えないことにした。


2つ目は中庭。

ここは薔薇など季節の花が咲き誇る学園内のデートスポットでもある。中央に大きな噴水があって、どんな魔法が掛けられているのか、いつも虹色に輝く水が流れていて、告白するのに最適だと人気の高い場所でもある。

ちなみに噴水の前で背中合わせになったカップルが眼を瞑って噴水沿いに歩いて反対側で相手とキスできたら結婚できる、なんて神業なジンクスまであるらしい。


そしてディーが行こうと誘う池とは裏庭にある打ち捨てられた古の残骸だ。

かつて離宮だったときに水不足を懸念して造られた溜め池である。寂れた雰囲気に手入れの行き届かない裏庭、というシチュエーション的にいかにも幽霊が出そうな場所でもある。

夏に肝試しでもすれば面白いかもしれない。


「その、泣いてるからどうだと言うのだ?」


それを聞きたいのは私ですよ、と思いながら肩を竦めてみせる。ダグラス様は困ったように眉を一瞬下げたが、すぐにスタンダード渋面に戻ると次の授業の教師にサボると伝えてくる、と言って去っていった。

もちろん私をサロンまで連れていって、安全を確保してから、だったが。

アルセール殿下の側近にもなるとサボるの一言で授業がサボれるのか、と呆れながら、私は女子垂涎のサロンの珈琲を頂いていた。

念願の!珈琲!美味しい!!


暫くしてダグラス様が戻ってきたので、私たちは人気(ひとけ)のない裏庭へと足を運んだ。


昼なお暗く…

生える木々は奇妙にねじ曲がり…

鳴く鳥の声は恐怖の響き…


なんだか妙に見覚えのある小路に沿って歩く私はふとそんな言葉を頭に浮かべていた。

正直独りでは怖くて足を踏み入れる気にはならなかったかもしれない程度にはしっかりした森だった。

絶対に庭ではない。

時折、ギャーギャーと鳴く鳥があり、それがまたかなり恐怖を煽ってきた。

私の背後を来るダグラス様が飄々としているので、運ぶ足取りが鈍くなることはないが、それでも次の一歩を踏み出す勇気をかなり必要とした。


「ディー、本当に、大事なの?」


正直帰りたい。

(おび)(ひる)む気持ちが声音にのったのか、無意味に囁く私の声が奇妙に掠れた。

それを聞き付けたのか、ダグラス様が早足になって傍まで寄ると、私の手をぎゅっと繋いでくれた。

驚いて見上げたが、ダグラス様の表情は変わりない。

きっと安心させるためなんだわ、と感動して、私は小さくお礼を言った。


ダグラス様はうむ、とひとつ唸った。


『大事なの!』


『大事なものなんだって』


『とってもね!』


相変わらず妖精たちの話は要領を得ない。

けれど彼らは絶対に嘘は言わない。だから私は信じて歩く。


それに…


ちらりと自分の手に視線を遣る。

しっかりと繋がれた大きな手が私を包み込むようで、先程まで感じていた恐怖が霧散していた。


私は嬉しくてふわりと笑った。


そうして歩いた先に小さな美しい池があった。


周囲は意外とすっきりとしていて、鬱蒼とした森を抜けてきたとは思えない。見上げれば森では見えなかった青空まで広がっている。


こんなところに幽霊は似つかわしくないのでは?と思った私の眼に池の端で蹲って泣いている女の子が映った。


「ダグラス様、あそこ…」


魔眼を発現しているから見えるのかもしれない、と思いながら指差したのだが、息をのんだダグラス様の視線が真っ直ぐ彼女を捉えたのを確認して、どうやら誰にでも見えるのだ、と私は頷いた。


「ディー、あの子ね?」


『そう、あの子!』


『話、聞いてあげて!』


『困ってるの!』


妖精たちに促されて、私は女の子に近付いた。気配に驚いて顔を上げた幽霊は急に怯えた表情で消えようとしたので、私は慌てて彼女を呼び止めた。


「いや、怖がるのは私のほうだから!逃げないで?!」


幽霊に怯えられるなんて…とショックを受けたが、よく観察すれば彼女の怯えた瞳は私の背後に向けられている。なにをそんなに、と後ろを振り返れば、これ以上ない鬼の形相をしたダグラス様がいた。


あぁ、これは怖いわなぁ…


「あの、ダグラス様、女の子同士で話したいので、少し離れて貰ってもいいですか?」


「………大丈夫なのか?」


低く渋る声。

護衛として離れたくないのはわかるが、ここで彼女と話せないのは困る。だから私はしっかりと頷いてみせた。さらに眉根の皺を濃く刻んで、それでもダグラス様は黙って数歩下がってくれた。


「これで怖くてないかしら?」


小声で話しかければ、彼女はにこりと微笑んだ。まだその愛らしい頬に涙の跡がはっきりと残っているのに。


可愛いわ、この子!


そのとき、私の記憶が刺激された。

この景色。

この女の子。

そして私の台詞。


私、この場面、知ってるわ!

デジャヴね!


「どうして泣いているのか、聞いてもいいかしら?」


彼女の傍にしゃがみこみ、私は覗き込む。

すると彼女は池を指差して大切なものを奪われた、と言ってまた泣き出すのだ。


果たして彼女は池を指差し、


「大切に護っていたのに奪われてしまったの…」


とか細く囁いた。


「詳しく教えて?力になりたいの」


「池の女神に護ってほしいと頼まれたブローチが真っ黒なローブの人に取られちゃったの…大変なの…どうしたらいいの?」


あぁ、やはり………


これはイベントだ。

本来、ここに来てブローチを盗むのはダリアライト様。キャロラインに向いてしまったアルセール殿下の心を取り戻すために彼女は禁忌を犯す。


「その人は女の人?」


それには幽霊は首を左右に振った。


では誰だ?

なんのためにブローチを?


考えるのは後回しだ。

今は取り戻す約束をしなくてはならない。


「ねぇ、貴女の名前は?私はパトリシア」


「私は、サーシャ」


泣きながらもサーシャはしっかりと私を見つめて答えてくれた。だから私は精一杯の笑顔を浮かべて彼女を元気付けた。


「大丈夫よ、サーシャ。私が探してあげるわ」


これでイベントがひとつ始まってしまった。


魅了の魔法が掛かった古の遺物ブローチを取り戻すミッションが……


まずは犯人探しから!


鼻息荒く私はダグラス様に振り返った。

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