27 パトリシアの護衛騎士 (アルセール視点)
バーナー卿からパトリシアの護衛騎士派遣の依頼を受けたあと、妃教育が終わったばかりのダリアを待ち伏せて捕まえた。
パトリシア·バーナー嬢のことで話があると言えば、愛しのダリアはうっすらと口角を上げた氷の微笑で快く執務室までついてきた。
ダリアとの時間を持てたことが嬉しくもあったが、バーナー嬢のためだと思うと心の奥底に蠢く黒い感情が喉から吹き出るほど悔しくもある。
が、私は現実主義、実務的な男。
ダリアとの時間を楽しむことに邁進しよう。
「それでパトリシア様のお話とは?」
執務室に入るなり、紅茶でも用意しようとした私の機先を制してダリアは訊ねてきた。
そんな私に対してまったく興味のない彼女が憎くて愛しい。思わずうっとりと陶酔してダリアを眺め耽ってしまいそうだ。
「彼女の魔眼のことなんだ」
控えていた侍女に茶の支度を頼んでから私はダリアの隣に座った。3人掛け用のソファは2人で座るには広すぎるが、気にせず私はダリアに密着する。貞淑な彼女はびくりと身体を震わせたあと、ジリリと離れたので、すかさず彼女の細い腰に手を回して抱いた。
これで身動きはできないだろう。
「あ、あの、その他、と判定された属性は魔眼、だったのですか?」
相変わらずの氷の表情だが、心なしか、頬に薔薇が咲いた気配があることに満足した私は鷹揚に頷いた。
「それもちょっと変わっていてね、バーナー嬢は妖精が見えて話せて触れるらしい」
「…え?」
いつものダリアからは考えられない呆けた顔。
眼がまん丸く見開いて、ぽかんと開けられた唇がとても官能的だ。できればこのまま唇を奪ってしまいたくなるが、私は華麗にその欲求を押し退けた。
「驚くのも無理はない、私も聞いたときは取り乱したよ」
腰を抱く手とは反対の手で彼女の麗しい髪を一房取り、キスを落とした。このくらいは許してほしい。というか、我慢しているのだから、ご褒美くらいあってもいいだろう?
しかしダリアはそれどころではないらしく、私の愛情表現など気付きもしない。
それはそれで大変に悔しい。
「殿下、妖精はいるものなんですか?」
「ダリア、アルと。私のことはアルと呼びなさい」
低く甘く彼女の耳元で囁けば、パッと紅潮させてダリアは俯いてしまう。なんて可愛い反応なんだ!
「で、殿下…」
「アル…と」
私の腕のなかで彼女の身体が僅かに竦むのがわかる。それがまた私の心に火を着ける。これでは話が前に進まないな、と吐息をつくが、口元の弛みはおさまらない。
「その、アル様…」
「ただの、アル、と」
耳まで赤くして、ダリアは言い淀む。
その可愛らしさが堪らなく、私は俯いたために露になった彼女のうなじに唇を当てた。びくりと身体が固くなる。
なんて愛らしい人なんだろう!
こんな素晴らしい女性が私の妻になるなんて、これほどの幸せがあってもいいのだろうか!
「あの、アル、パトリシア様の話を…」
「そうだね、続けようか。とにかく彼女は妖精とコンタクトすることで、彼らの力の一部を使えるようになったそうなんだ」
「え?」
驚いたダリアがパッと顔を上げた。その瞳の輝きに魅せられて私は蕩けてしまいそうだ。
「今日だけでも火を出して竜巻を起こして水を撒いたらしい」
バーナー卿の話を思い出して、くつくつと私は笑った。どれほど驚嘆しただろうと想像しただけで可笑しいのに、卿は髪までチリチリにさせられたのだ。
「そんなことが?!」
基本的には属性以外の魔法を使うことは難しい。絶対に扱えない、ということはないが、やはり威力は落ちるし、コントロールは難しいし、なにより魔力をかなり使う。
だから火を着け、風を起こし、水を生む、など簡単にやってのけたバーナー嬢にダリアが驚くのも無理はない。
「おかげで水浸しになったバーナー卿を妖精が乾かそうとして燃えたそうだよ」
「え?!」
怪我は治ったけど毛がね、と私が言えば、ダリアが口元を押さえてくすりと小さく笑った。
え?今のは天使か?
いや、女神降臨か?
私は瞬きをして、彼女の美しい微笑みに釘付けになる。
「それではバーナー伯爵も不安でしょう」
ダリアの声で我に返った私は曖昧な笑顔を浮かべて、彼女の頭部にキスをした。
「そうなんだ、それでバーナー卿は娘に従者を付けるらしい。だが学園内までは付けられないだろう?それで私に護衛を派遣するように願い出た」
「当然にございますわ」
「それでね、護衛騎士を付けるつもりなんだが、彼も学園生だろう、だから授業のときはダリアに…」
「お任せください!」
おっと!
食い気味にきたな…
それほどバーナー嬢が気に入ったのか?
ふわりと私の胸に青い炎が燃え上がる。
「わたくし、パトリシア様とずっと一緒にいますわ!」
胸の前で拳をブンブン小さく振るダリア。
貴いッ!
「それで彼女に付ける護衛騎士様は…」
ダリアが訊ねたとき、タイミングよくドアをノックする音が響いた。入るように声をかければ、護衛騎士候補の男が颯爽と入室してきた。
彼を見て、ダリアは満足そうに大きく頷いた。
「これはローズウッド公爵令嬢様、いらしていたのですね」
下がろうとする騎士を制して、ダリアは私の向かい側に座るようにソファを勧めた。
「いいえ、わたくしも貴方と同様に護衛を頼まれておりましたの。わたくしたち、同志ですわ」
同志、の一言に微かに苛立ちを覚えるが、私は表面上はにこやかに騎士を見た。そしてダリアに話したことをもう一度繰り返して彼に説明した。
「つまり殿下は授業以外の学園内において、僕をパトリシア·バーナー嬢の護衛に任命したいと?」
「そうだ。断るなんて、しないよな?」
眉間に皺の寄った鬼の形相はこの男のトレードマーク、いつもの顔だ。
だから任務内容に不満があるわけではないのはわかるが、なぜかなかなか色好い返事を返さない。
「どうした?」
「いえ、承知しました。僕の命に代えましてもパトリシア·バーナー嬢をお護り致します」
ダグラス·モーティマーが胸に拳を当てて一礼をした。
私はそれを見て、安堵のため息をついたあと、ダリアを送るために馬車の用意をさせた。