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24 パトリシアは名付ける

どのくらいの時間が経ったのだろう。

誰も声を出さない生徒会室のなかで時計の針が動く音だけが静かに、そしてリズミカルに響いている。


チクタクチクタクチクタク………


「ぷはぁっ!呼吸忘れて危うく死ぬとこよっ!」


ロバートが叫んで、呪縛が解けたように全員の肩が激しく動いた。誰もが息を忘れて呼吸困難に陥っていたらしい。


「なに?妖精ですって?どこのメルヘン馬鹿の頭お花畑が言ってるの?!」


ロバートが憤慨するのも無理はない。


国教として信仰しているオーヴ教こそ妖精王を奉るものではあるが、存在しないからこその高次の存在として崇められてきたのだ。

誰にも見えず、誰にも聞こえず、誰にも触れることのない存在。

けれど確実に人力の及ばない自然に畏怖を込めて神を信じ、神に縋る。


信仰の上では妖精を信じるが、その存在を信じることとはまた別問題である。


「え?妖精?妖精、ていんの?マジで?」


フィリスがパニくって、濃緑の髪を激しく掻き乱し、


「確かに妖精と見間違(みまご)う可憐な少女ではあったが…」


とウィリアムは呟く。するとその言葉を耳にしたロバートの眦が鋭くつり上がり、


「きぃぃ!私のウィル様を惑わすなんて!ちょっとその頭お花畑のメルヘン馬鹿を潰してくるわ!」


と肩を怒らせて立ち上がった。


「待て待て待て、ロバート、私はバーナー嬢に惑わされてはないし、それ以前におまえのものでもないぞ、さらに言えばバーナー嬢を潰したとて、私がおまえのものになることはないからな!」


「…………混沌の世界…………」


最後にリチャードが表現筋ひとつ動かさずに呟いて、やっとアルセールがデスクをひとつ、強く叩いて場を納めた。


「とにかく真偽のほどはあとだ。だがあのバーナー卿が報告するくらいなのだから真実なのだろう、これはちょっと考えなければならん」


額に手を当ててアルセールは俯いてしまった。


「ちなみにさ、その、妖精が見えるとなにができるんだろう?」


フィリスの素朴な疑問。

誰も応えない。沈黙が漂う。


その答えを知るものはバーナー伯爵家にしかいないだろう。


その頃、答えを知る妖精たちと遊ぼうとパトリシアはマリアン自慢の庭園の一画で精神統一をしていた。


一度感覚を掴んでしまえば、自分の魔力を感じ取るのは容易い。流れを掴んで、パトリシアはそれをやや力業で双眸に集中させた。


眼孔付近にほんわりと熱が集まったのを感じたパトリシアはゆっくりと眼を開けた。


『あ!パトリシアだよ!』


『わぁ、すっごく綺麗だね、パトリシアの瞳!』


「おはようございます、妖精さんたち」


昨夜は無数に見えた光の塊は今は3つ。

パトリシアの頭上でパタパタと可愛らしく羽を動かして浮いている。かなり鮮明に姿を捉えたことで、パトリシアは昨夜は見分けのつかなかった彼らをしっかりと認識した。


ひとつは真っ赤な炎のような髪型をしたミニスカートを履いた妖精。

ひとつは緑の髪が風になびいたように片側に流れている斬新なヘアスタイルの妖精。

もうひとつが燦々と陽の当たった湖面を思わすブルーのロングヘアに水がさざ波たっているように見えるロングドレスを着ている妖精。


どの妖精も驚嘆するほど眼が大きく、顎が小さい。


「妖精さんたちにお願いがあるんです」


『いいよ、パトリシアの願いなら』


『なんでも聞くよ!』


『お話しして!』


声を掛けられたのが嬉しくて堪らない、とでもいうように彼らはくるくるとパトリシアの頭上で旋回した。その度に金粉が降ってきて、パトリシアまでが輝きそうだ。


「魔力切れを起こさないようにしたいんです、だからたくさんは遊べないんです、私は魔力が少ないので…協力してくれますか?」


しょぼんと項垂れるパトリシアに妖精たちは腕を組んで頭を傾げた。それがまたとても可愛らしくて微笑ましい。


『パトリシア、魔力は少ないけど』


『器はおっきい』


『私たちの力』


『入れたら魔力切れ』


『しないかな?』


『しちゃうかな?』


妖精たちが言葉を紡いでいく。その会話がパトリシアには妙に心地いい。


「器?」


『うん!』


『パトリシアには』


『本当はたくさん』


『魔力が入る』


『器があるよ』


『でも今はそれが』


『ほとんどからっぽ!』


「空っぽ………」


予想もしてない妖精の言葉にパトリシアの理解が追い付かない。魔力が少ないことと魔力が入る器が小さいのとでは意味合いが違うらしい、となんとなく考える。


『僕がね、パトリシアの器半分力をあげる!』


緑の妖精が嬉しそうに破顔した。


『ズルいズルい!わたしも半分あげたい!』


炎の子が拳を上下に振って駄々を捏ねた。


『私の分がなくなるわ!』


水色の妖精が悔しそうにパトリシアの頭の上でブンブンと飛んだ。


「えっと、気持ちはありがたいのですけど、いいんですか?」


パトリシアが彼らをじっと見つめて聞けば、刹那に動きを止めて妖精たちもパトリシアに好奇心たっぷりの視線を向けた。

そして一斉に朗らかな笑顔を溢す。


『いいよ!』


『たくさんあげたいけど』


『仲良く』


『1/3ずつ』


『パトリシアにあげる!』


「ありがとう!」


『じゃ、僕たちに』


『名前を』


『ちょうだい!』


「え?」


唐突な願いにパトリシアは固まった。


「名前が、ないの…?」


『今はないよ』


妖精たちの声が揃った。そして楽しそうにケラケラと笑う。相変わらずの落ち着きのなさで彼らはパトリシアの肩付近でパタパタと浮いていた。


「私が付けてもいいんですか?」


『パトリシアが』


『いいよ!』


『早く早く!!』


ペットも飼ったことがないパトリシアには名前を付けた記憶がない。持ち物に名前を付ける女の子もいるが、残念ながらパトリシアはそういったタイプでもなかった。

だからとても難しい。


それなら自分の魔力に聞こう、なぜかそう思い立ったパトリシアは眼を瞑って妖精たちの気配を探った。


右頭上に温かな炎が見える。

なんて綺麗なんだろう、と感嘆した瞬間、パトリシアのなかに音が轟々と流れ込んできた。


サラ

サラ

サラ


私はサラ


ぱっと眼を開けて、パトリシアは炎の妖精に向かってにっこりと微笑んだ。


「宜しくね、サラ!」


『こちらこそ!!』


サラは喜び溢れてくるくると飛び回る。


『僕は?!僕は?!』


要求に促されてまたパトリシアは眼を閉じた。今度はすぐに新緑爽やかな風を感じる。

そして沸き上がる音の洪水。


フィーナ

フィーナ

フィーナ!!


僕をフィーナと呼んで!!!


「貴方はフィーナなのね、宜しくです」


『やったぁ!』


最後にパトリシアは水色の妖精を見た。

彼女は頬を染めてパトリシアの傍まで飛んで来ると、その柔らかそうな小さな身体をスリスリとパトリシアの頬に擦り寄せた。


その途端、パトリシアのなかがディーという音で満たされる。


ディー

ディー

ディー


どうか私をディーと名付けて…


「宜しく、ディー!」


パトリシアの呼び掛けに大きく破顔してディーはぎゅっと彼女の鼻に抱き付いた。


『ありがとう、パトリシア!』


『これで僕たち』


『ずっとずっとパトリシアと一緒だよ』


「私も嬉しい!遊びましょ!!」


誘うパトリシアに妖精たちは微笑み、そして両手を広げた。

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