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22 話題はキャロライン

「ボブ、そのくらいでウィルを離してやれ」


苦笑混じりで入室してきたアルセールが壁際で寄り添っているふたりを微笑ましげに眺めた。分厚いレンズがきらりと室内の光を反射させて、見ようによっては怒っているようにも感じる。


「アル殿下、ボブだけはやめて」


急に勢いをなくしたロバートが小声で抗議しながらも名残惜しそうにウィリアムから離れると、彼の手を握ったまま所定の椅子に座った。仕方なくウィリアムもロバートの横の椅子に座るしかない、と諦めて腰を下ろす。


「さて、全員、揃ってるか?」


「まだ一人、不在ですが…」


応えたリチャードを一瞥してアルセールは構わない、と首を振った。


「今日はやっぱり光の子が議題だよね?」


フィリスの言葉にアルセールは首肯した。

ロバートが手を離してくれないせいで刻まれた眉間の皺がさらに深くなったウィリアムをちらりと窺い見たリチャードがやはり能面のまま問い掛けてきた。


「ウィリアム様からご覧になっていかがでしたか?」


ロバートがぐりんと勢い良く隣に座るウィリアムを鋭く睨み付けた。


「そうよ、ウィル様!彼女をお姫様抱っこで運んだとか聞いたけど、浮気じゃない?それ、浮気よね?!」


「いや、ロバート、安心しろ、あれは浮気ではないし、私はおまえと付き合いがあるわけでもない」


一切視線を隣に向けずアルセールに注いだまま、ウィリアムは微動だにせずに否定したが、


「いやん!ロヴィでしょ!ほら、ロ、ヴ、ィ!」


と、耳元で囁かれて椅子ごと後ろにひっくり返った。


ロバートは心は乙女だが、ドレスを着ているわけではない。シャツにスラックスと至って普通の格好なのだが、そのデザインと色の選択が眼に痛い。

今日は色鮮やかなミントイエローのフリル付きシャツをかなり細身の濃緑のテーパードスラックスに合わせて着こなしていた。

ちなみに足首までの長さのスラックスは彼の足の長さに負けて8分丈になってしまっているが、上質な赤の革靴を履いているからか、その短さまでがとてもお洒落だった。


ひっくり返ったウィリアムに覆い被さるロバートを指差してフィリスが腹を抱えて大笑いしていたが、


「いい加減にしないか!」


というアルセールの苛立ちの一喝に場は急速に静まった。

ウィリアムもロバートを横へごろりと転がしてから起き上がり、乱れた髪を撫で付けている。


「おまえたちには落ち着きがなさすぎる!ダグがいないと本当にぐだぐだだな!」


「私は通常運転です」


能面リチャードが心外だ、とでも言わんばかりに口答えをしたが、アルセールがメガネをチャキリと音を立てて直した仕草ひとつで押し黙った。


彼がメガネを直すとき、それはイコール怒っているサインなのはここにいる誰もが知っている。


「紅茶をお淹れします」


逃げるようにリチャードが無表情で茶器を用意し始めたので、アルセールは珈琲がいい、と伝えた。


「それでキャロラインのことだ」


「随分アルの機嫌が悪いけど、どしたのさ?」


「フィリス、せめて様を付けろ、様を」


渋面で注意するウィリアムにフィリスは煩い、とばかりに顔を顰めて舌を出した。ウィリアムが口許を歪めて舌打ちを洩らす。


「昨日の朝のことか?」


ウィリアムがアルセールに問う。

入学式前に起きたひと悶着のちょっとした事件。


「なに、なんかあったの?」


「よくわからん。私がその問題の女生徒を医務室に運んだのも彼女が転んで怪我をしたからなのだが…」


「うん、それは聞いてる。だからレディドロシーの鑑定だけ受けて帰っちゃったんでしょ、その子」


「どうもキャロラインがダリアを害そうとした気配がある」


アルセールの地を這う低い響きにフィリスの身体がぶるりと震えた。ウィリアムが眉を顰め、ロバートは瞠目した。

ダリアライトがアルセールの気持ちに気付いてないため、あまり知るものはいないが、実はアルセールはダリアライトを溺愛している。幼馴染みにも近い従姉妹を婚約者にするまでにはかなりの裏技を駆使したと知っているのは側近の彼らくらいである。だからこそダリアライトに手を出したキャロラインの行動に驚くと同時に心臓を鷲掴みされるような恐怖を感じてもいた。


「私が行く前にダグが安全確保に門まで警備してたんだが、馬車からダリアが降りるのを待って突撃してきたそうなんだ」


「え?意味わかんない」


フィリスがきょとんと呆けた。


「まったく私にもわからないが、ダグにはそのように見えたらしい。ところが近くにいたご令嬢がダリアを助けてくれて、キャロラインが一人で転んで怪我をしたんだ」


「無言で?」


「?」


フィリスの質問の意味を捉えかねて、アルセールは首を傾げた。


「だからさ、普通はさ、覚悟しろ!とか死んでしまえ!とかなんか叫びながら突撃しない?」


「言葉はなかったんじゃないか?転んだあともずっと無言だったしな」


「医務室までの間に自己紹介はしてたぞ」


「なに?やっぱりウィル様目的の新手のナンパ?!どこの女よ!受けて立つわよ?!」


「いや、ロバート、ナンパではないぞ、しかも私目的は絶対ないぞ、たまたまあの場に居合わせただけだからな。それからこうやって説明してるのはおまえに誤解されたくないからでもないぞ?」


「いやぁん!だ、か、ら、ロヴィ、でしょ!」


最後にウインク付きの投げキッスを突き付けられてウィリアムは気絶したくなった。が、図太くできている彼の神経はそう易々と気を失わせてはくれない。

ウィリアムは無情にも投げられたキスを片手で受け止めると荒々しく握り潰して床に投げ捨て、靴底でぐりぐりと踏んづけてやった。

そんなつれない態度のウィリアムにロバートは瞳を蕩けさせて腰をくねくねと身悶えたが満場一致で無視された。


「それで印象はどうだ?」


あのときウィリアムとダグラスがいて、キャロラインの気質を謀るためにアルセールはウィリアムを指名したのだ。女嫌いで有名なダグラスに頼めば、おそらく答えはひとつしか返らないとわかっていたから。

曰く、ろくでもない、と。


「魔力は確かに多い。だが特別なのか、と言われると微妙だとしか言えない」


「まだ覚醒してないのか?」


アルセールの眉根が寄った。メガネをしていてもわかる変化は眉根と口元だけだ。


「そうだろう、魔法を使った形跡がないから、やはりしっかり学ぶまでは彼女が望む人なのかは判断し辛い」


ウィリアムの率直な意見にアルセールは顎に指を当てて俯いてしまった。

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