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2 あ、俺、もしかして女?

あれは俺が小学4年の夏休み前。


地元の田舎道を歩いていたら、学校でも問題児扱いされていた同級生のやつらが集まって騒いでいるのを眼にした。

通り過ぎながら横目で窺えば、アホなやつらは紐のように細くて頼りない白いものを踏んだりつついたりして嗤っていた。


なにしてんだ?あのアホは。


俺が興味をなくして過ぎようとしたとき、その紐がふにゃりと動いたのを眼の端に捉えたんだ。


蛇か!


祖父母から白蛇は神様の使いだから大切にするんだ、と言われて育った俺はさすがに見過ごすことができずに、蛇の代わりにやつらにボコボコにされた。


そうやって守った白蛇が今、目の前にいるらしい。


涼やかな目元を弓形にして男は懐かしそうに俺を見ていた。


「私の権限を最大限に使っておまえを生き返らせることにしたんだが、ちょっとした()()()があってな、葬式まで終わってしまったし、新しい生を楽しんでくれ」


ふわりと立ち上がると男はまたパチン、と指を鳴らした。


もっと聞きたいことがあるのに?!


そう考える俺の眼前が途端に闇へと暗転した。



そして次に気付いたとき、俺は適度な弾力性にとんだベッドのうえで、心地よい寝具に包まれていた。


見渡せば広々とした部屋の中央に置かれたベッドに寝ていることがわかる。窓の外では鳥が可愛らしく囀ずり、薄いカーテンを通して注がれる清涼な陽の輝きに眼がしぱしぱとした。


大きな鏡の前には薔薇が咲いたような鮮やかなドレスがある。男の俺には理解し難いほどに薄い生地を重ねたドレスは美しい、というよりも毒々しい赤色のせいで形容し難いケバケバしさがあった。


誰があんなのを着るんだ?


顔を顰めて、俺はおぇ~と口を押さえた。


それが聞こえたのか、ドアがきっちり3回、コンコンコン、とノックされた。


「お嬢様、起きられたのですか?」


掛けられた言葉が理解できなかった俺は無反応でドアに視線を送った。

するとゆっくりと静かにドアが開いて、濃紺のワンピースに白いフリフリエプロンをつけた少女が顔を覗かせた。


眼が合うと、彼女の顔がぱぁ、と嬉しそうに輝いた。


「パトリシアお嬢様!お目覚めなんですね!!」


弾ける喜びに上擦った声が響くと、今度はドタドタと騒がしい足音まで聞こえてきた。


「パトリシア!!」


怒鳴り声を上げながら入室してきたのは巨大な男。俺はその大きさと気迫の圧に恐れをなして思わず身体を小さく竦めてしまう。

そんなことはお構い無く男はズカズカとベッドサイドまで近付いてきて、がばりと俺の肩を両手で掴んだ。

あまりの勢いと痛みに俺はひっ!と音にならない悲鳴を上げた。


「心配したんだぞ!もう2週間も目覚めないから、医者からはこのままも覚悟しろ、と言われるしな!」


よく見れば俺を掴む男の目尻に涙が光っている。

困ったように眉を下げたまま、男はくしゃりと顔を歪めた。

あまりの立派な体躯と声のでかさに隠れてわからなかったが、男はなかなかの美丈夫だった。

艶やかな紺碧の髪は短く切り揃えられており、とろりと輝く瞳は見たこともない蜂蜜色。高い鼻筋に蠱惑的に弧を描く唇はたっぷりとした厚みがあった。

そして想像していたよりもかなり若い。


18歳くらいに見える。


あんたは誰なんだ?と問い掛けようとして開いた俺の口から、


「貴方はどちら様ですか?」


と零れて、俺は驚愕に瞠目した。

無意識に口を両手で押さえる。


「はぁ?!パトリシア、なにを言ってるんだ?」


だから、パトリシアって誰だよ?!


「パトリシア様と仰るのはどなたなのです?」


また俺は口を押さえて、俯いた。


どういうことだ?なぜ言おうとする言葉が勝手に変換されるんだ?


状況にパニくる俺と同じくらいに青くなった男は慌てたようにはじめにドアを開けた少女に向かって怒鳴った。


「おい!医者を呼べ!!それから父上と母上も、だ!!」


態度からは考えられないくらいに丁寧かつ優しく男は俺を抱き締めると、


「お兄様が傍にいるからな!」


と力強く耳元で囁いた。


ああ、こいつは俺の兄なんだ…


ふと納得しかけて俺は我に返った。

俺には妹がいても兄も弟もない。ましてやこんな外人顔した肉親など誰一人として親族に存在しない。

いかにものっぺら日本人ショーユ顔ばかりだ。


混乱した頭を抱えて、俺は力なく男に身を委ねるように意識を飛ばした。


「頭部に衝撃があったため、一時的に記憶が混乱しているのか、記憶障害がある状態でしょう。様子を見ながら少しずつ日常に戻ればいずれ記憶は戻るかと思いますよ。外傷もほとんどないですからね」


ボソボソと話す声が聞こえて、俺はゆっくりと眼を開けた。軽い頭痛を覚えて顔を顰めたとき、唐突に記憶の洪水に襲われた。

様々な映像が脳に刺さるように蘇り、俺は痛みと衝撃にポロリと一粒涙を溢した。


それはほんの刹那の間。


そして急速に理解する。


俺は、いや、私はパトリシア·バーナー、14歳。

バーナー伯爵家の娘。

4歳年上の兄がいて、今は騎士として修行中のアラン。

バーナー伯爵であるお父様はロベルトで、お母様はドルビー侯爵家から嫁いできたマリアン。

専属メイドはマーガレット。


そして2週間前、お父様を出迎えようと玄関に向かう途中で眩暈を起こして階段から落ちた。


そう、俺は白蛇様のご配慮により、日本人である高崎弘毅の人生のやり直しをさせて貰うことになったのだ。


この、意味不明な世界の()()()として!!!



白蛇様のアホーッ!!!


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