18 魔眼
あくまでもこの作品の世界観としての魔法で魔力で魔眼です。そこのところを生温い目で楽しんでくださいますと助かります!
ありがとうございます!
「魔眼はね、コントロールが命だよ」
サロンに場所を変えて私はお父様と話していた。お父様は甘い薫りのするブランデーを傾けている。私も大人気分で果敢にも珈琲を頼んだけれど、やっぱり怒られて果実水のグラスを傾けている。
「レディドロシーの瞳はどんなだった?」
「右が赤色で左が黒でした」
彼女のことを思い浮かべながら私は応えた。綺麗だな、と思ったことまで思い出す。
「あれは魔眼を発現したときだけなんだよ。レディドロシーは常には両目とも黒なんだ」
そしてお父様は左目を私に向けた。お父様の瞳は普段は鼈甲色なのにキラキラと光を発してオレンジに変わる。
「わかるだろう?」
「はい、オッドアイになるんですね」
「そうだ。逆に言えば魔眼持ち以外のオッドアイはいない」
だからオッドアイが珍しいのかと思う。
「右と左で違いはあるんですか?」
「どうなんだろう、私は左に発現する。レディドロシーは右だ。右で発現させようとしてもうまくいかないから、これは利き手と同じで利き魔眼があるのかもしれない」
「コントロールとは?」
グラスのなかのブランデーを一気に呷ったお父様はふぅ、と息を吐くとグラスをサイドテーブルに置いてから私の前に跪いた。
「身体を流れる魔力を感じ取れるかい?」
私はお父様の琥珀色の瞳をじっと凝視しながら身体を流れる魔力を感じ取ろうとしたが、なにが魔力なのか、皆目わからない。
蟀谷を流れる血流の音、心音、果てまでは耳鳴りまで聞こえてきたが、魔力を捉えることはできなかった。
魔力の含有量は非常に個人差がある。
多ければ赤ちゃんの頃から暴発させることもあるし、ほどほどであれば幼い頃から無意識で魔法を使う子もいる。アランお兄様がそのタイプだったそうで、庭で遊んでいたときに、お母様に抱かれていた産まれたての私がくずったのをあやそうとして土人形を作ったらしい。まだ4歳の話だ。
けれど私は魔力が少ないので、今まで魔法そのものさえ意識せずに生きてきた。
急に魔力を感じろ、と言われても戸惑うばかりだった。
うんうん、唸る私に苦笑して、お父様は私の両手を包み込んだ。大きな手がすっぽりと覆って、それがとても温かい。
「ではパティ。私がおまえに魔力を流そう。眼を閉じて」
「はい」
「すぐにできることではないよ、だからリラックスして、私の魔力を感じてごらん」
「はい」
オレンジに光出したお父様の瞳を焼き付けるように見つめてから、私はゆっくりと眼を閉じた。
瞬時に暗闇にひとりで残された気分になる。
包まれた両手に感じる温かさだけが私の拠り所。
暫くすると、包み込まれた両手からゆらりと熱のような光のようなものを感じ取った。それが行きつ戻りつしながら私の身体の表面を流れはじめる。
「抵抗せずに、楽にしなさい。私を信じるんだ」
遠くの方からお父様の甘く低い声がする。
それに委ねるように私は身体から力を抜いた。
…………!!
途端にピリピリとした刺激をもって熱が体表面を走り抜ける。ものすごいスピードだ。心臓から送り出される血液がそのスピードに合わせて流れはじめて、ハコハコと動悸がする。
思わず私はハッ、と大きく胸を揺すって息を吐いた。
「大丈夫かい?眼を開けて?」
理解できない恐怖に私は眼を開けられない。
でもお父様が瞼に優しく指先を触れさせた瞬間、固まった筋肉が解れるようにふわりと軽くなった。
「ほら、もう、開けられるだろう?」
ゆっくりと、蝸牛が這うよりゆっくりと私は瞼に力を入れた。
「さぁ、もう一度、自分のなかに流れる魔力を意識してごらん?」
「はい」
「イメージだよ、魔法はイメージが大切だ」
「はい」
イメージ。
先程お父様の魔力を感じた感覚を頼りに自分の身体を意識する。じっくりと探る。深く潜る。
なにも感じ取れなくてジリジリと心が焦る。
だから私は眼を閉じた。
闇に落ちる。
でも真っ暗じゃない。
私の前に跪くお父様の気配が淡いオレンジの光として感じられる。
そう思えば、自分の身体から同じような淡いパープルの光を纏っていることに気付いた。
これが私の魔力なの?
もっと意識するために、さらに私は自分のなかに深く潜った。沈む感覚に恐怖を覚えたが、それには蓋をして、もっともっと奥底に意識を沈めた。
すると私の身体のなかには轟々と激しい音を立てて魔力の奔流があった。それはとても綺麗な紫に輝く川だ。うっとりとする。
「パティ、聞こえるかい?」
お父様の声がやっぱり遠くから聞こえる。陶酔しながら私はこくりと小さく頷いた。
「なら眼を開けて」
今度は少し近くから響いた。
眼を開けることにも恐怖はない。私は素直に瞼を上げた。
「なにか見えるか?」
強く瞑りすぎたらしい。視界がボヤける。
けれど徐々にクリアになっていき…………
え?
あれ、なに?
『あ、パティがやっと気付いたよ!』
『みんな、パティだよ!』
『わぁ、パトリシアの瞳、とっても綺麗ね!!』
私の目の前をたくさんの淡い光が飛んでいた。
そのどれもが薄い羽を羽ばたかせて、パタパタする度に金色の粉を撒き散らしている。
「パティ、なにが見えた?」
お父様の問い掛けにも私は応えられない。
だって眼にしているのもがなんなのか、私にもわからないのだから。
「あなたたちは、誰?寧ろなに?」
淡い光たちは暫し沈黙のあと、一斉にはしゃいだ声を上げた。
『パティがお話してくれたわよ!』
『パティ、可愛い!』
『はじめまして、パティ、わたしたちは妖精なの』
あれ、ゲームに妖精なんていたっけ?
疑問が脳内に浮いた刹那、私の意識が暗転した。