勇者が貰った褒美は魔王領でした
魔王軍との戦いは勇者と魔王の一騎打ちの末、勇者が勝利した。
戦いの最大の功績者勇者が受け取った褒美は、荒れ果てた魔王領だった……。
一体どうしてこうなった?
私は呆然と廃墟と化した魔王城を見上げた。
おそらく最初からこうなるように仕組まれていたのだろう。
なんか怪しかったもんなー。
「勇者さまぁん」
とかいいながら、王女、こそこそ剣士と夜中一緒に逢い引きしてたし。
あいつら、最初から出来てたんだろうな。
聖女、剣士、盗賊、そして勇者からなるパーティーは既に解体されている。
剣士は、どこぞの国の第3だから第4だかの王子らしい。
彼は知ってた。
「じゃあね、せいぜい頑張ってくれ」
と取り分の金銀財宝一式と王女片手に離脱していった。
最後までちゃんと戦ったんだから文句はないけど、この仕打ちはどうかと思うね。
盗賊も「面倒事になりそうだから」とさっさと逃げた。
こいつは本物の盗賊で魔王退治に協力するかわりに前科をチャラにする約束で勇者パーティーに加わった。
仕方ないが、「薄情者ー!」と思わなくもない。
ライが勇者になった時、諸外国の国王達と交わされた契約書では、報酬は魔王の財産の1/5というものだった。
「うおー、太っ腹」と思いきや、魔王の財産の1/5相当とは、この荒れ果てた魔王領のことらしい。
「くすん、王女様……」
ここに残されたのは、失恋した勇者と、
「ここでぼーっとしてても仕方ないよ、ローラ」
聖女のクリスティンがツンと私の袖を引っ張る。
私は声の主を見下ろす。
「そうだね、クリスティン、ご飯でも作ろうね」
勇者の主要メンバーのうち、残ったのはこのクリスティンだけだ。クリスティンは七歳の美幼女聖女だ。
「でもさ、クリスティンは家に帰らなくてもいいの?」
クリスティンはコクンと頷く。
「ほっとけないから」
「あー、そうだよね、ありがとう」
クリスティンは強力な癒やしの力を持つ聖女だけど力が強すぎるとかで、「悪魔の子」と怖れられていた。
そのせいか美幼女だけど、ほとんど表情が動かない。
あんまり国に帰りたくないみたいだ。
「ローラはわたしの側からあまり離れないで」
とクリスティンは私の服の裾を握っている。
「……?離れないけどどうして?」
「魔王領は魔素が濃すぎる。普通の人間だと死んでしまう。わたしの側に居れば空気を浄化出来るから」
そういえばそんな説明をされた。
魔王領で暮らせるのはモンスター達だけらしい。
「ライは大丈夫なの?」
「ライは勇者だから平気」
私は勇者ライの幼なじみで、彼と一緒に村を出た。
隣の家で仲良かったし、「一人じゃ寂しい」っていうから、付いていった。
何の優れた能力もない私はパーティーの主要メンバーではなく、同行するサポートメンバーの一人。
料理人だ。
サポートメンバー達は元は大勢いたんだけど、こんな状態だとお給料も望めないしと皆辞めてしまった。
まあ、それはそうだろうね。
「ローラはライを見捨てないの?」
「いや、この状態だとね、見捨てられないね」
ライは王女様が好きだった。
王女様は、特に戦闘に役に立っていた訳ではない。
なんでいたのか分からないが、皆を鼓舞していたの……かな?
「それよりご飯、作らないとだけど……どうしよう?」
退職金代わりに皆が牛や豚は持っていってしまった。
残ったのは雌鶏三羽と乳牛のメーちゃん一匹。
食材と言えば、雌鶏三羽が生んだ卵三つだけ。
「今日はオムレツかな?」
「わたしはローラのオムレツが好きだ」
「お、ありがとう」
料理人冥利に尽きるが、一人一個分のオムレツがディナーとは寂しいかぎりだ。
まあ文句を言っても始まらないし、私はオムレツを作ろうと卵を割り、割った卵は生ゴミにポイしようとして……。
「待って、ローラ」
とクリスティンが止めた。
「殻はわたしに頂戴」
「いいけど……?」
クリスティンに卵の殻を渡すと、クリスティンは、卵の殻を手のひらに載せ、「蘇生」と蘇生魔法を唱えた。
クリスティンの手のひらがまばゆく輝いた。
そこには、二つにパカッと割れていた卵の殻が、元通りの姿になって乗っている。
「ほえー」
ポカンと見ていると、
「ローラ、割ってみて」
「う、うん」
卵の中には黄身と白身が入っている。
「えっ、すごい」
「良かった、上手くいった」
「すごいんだね、クリスティンは」
「それほどでもない……」
褒めるとクリスティンは幼女ぽく頬を赤らめて照れた。
「上手く行くか分からなかったんだけど、良かった。これで卵はたくさん食べられる」
「うん、そうだね」
卵だけだと体に悪そうだけど、これで餓死しなくてもすみそうだ。
こうして一人二個の卵を使ったオムレツを作っていると、物陰からガサッと物音が。
やって来たのは、お腹を空かせた小鬼や老人達だ。
皆見るからにボロボロで体も弱っている。
「労働力になりそうな大人の鬼や巨人やキマイラ達は皆連れて行かれた」
と老人の一人は言った。
魔王領に残されたのは弱いモンスターだけだという。
残されたモンスターはおよそ百名。
完全に成り行きだけど、ライは魔王領の領主だ。領民は守らなくてはいけない。
「クリスティン、さっきの卵、また作れる?」
「うん、ここには魔力の原料になる魔素がたくさんあるから」
こうして私達は皆にオムレツを作りまくった。
雌鶏たちは毎日三個の卵を産み落としてくれる。
メーちゃんのお乳も空になるまで搾った後、「蘇生」してまた搾る。メーちゃんがストレスかからない程度に搾り尽くしてバターやチーズにしている。
オムレツはチーズオムレツにクラスチェンジした!
でも。
「あー、オムレツ以外食べたいな……おや?」
モンスターの中に雑魚モンスターの一匹、麦ボーイの姿が。
麦ボーイは頭が小麦の穂の植物系モンスター。
「クリスティン」
「うん」
以・心・伝・心。
麦ボーイの頭の毛を刈っては「蘇生」刈っては「蘇生」し、小麦をGETした。
やったね、パンが食べられるよ。
***
他にもトウモロコシマンや、ピーマンなど可食可能なモンスターがいた。食料問題は少しずつ改善している。
だが。
「あー、肉か魚が食べたい……」
「ローラ、地底湖でわたし達を呼んでいる者がいる」
急に聖女ぽいことを言い出すクリスティンと共に私は近所の地底湖に向かった。
そこにいたのは巨大なタコだった。
「呼び出したのは他でもない。領民達を助けてくれてありがとう」
タコは魔王領の長老らしい。
聞けば気の毒な話で魔王領は昔から貧しく搾取されまくっていた。魔素が多くて食物が育たない一方で魔力を蓄える魔石という石は取れる。
だが、その魔石もただ同然で買いたたかれていた。
魔王軍の戦いは侵略戦争というより、農民一揆に近い。
「そこを私達が魔王をやっつけちゃったんですね……」
「お前達は何も知らんかった。仕方ない」
寛大なタコだ。
「それより、これで皆で食べなさい」
とタコはスパーンとたこ足を一本くれた。
「タコさん……」
「また生えてくれるから大丈夫だ」
「蘇生」
とクリスティンが呪文を唱えると見る間に再生した。
「おお、便利じゃの。また来なさい」
週に一回はたこ焼きパーティーになったよ。
***
「ローラ、いいものやるから来いって」
とまたクリスティンが電波受信した。
「テメーが来いと伝えろ」
飯時の料理人は忙しいのだ。
こちとら百人からの飯作っとるんじゃー。
「『そうは言ってもわし、怠惰だから』って言っている」
「怠惰だと?」
怠惰といえば、強モンスターという噂だったが、怠惰だから遭遇しなかった。
「仕方ないなぁ」
怠惰は巨大牛のモンスターだった。
何食ってるのかデブだった。
「怠惰だけど、領民のことでは心を痛めていたのだ。怠惰だから何もしないけど」
「あー、それでご用件は?」
「怠惰のお肉をあげよう。痛くないように切ってね」
と怠惰はサシの入った贅肉を差し出してきた。
牛肉ゲットだぜ。
そんなある日のこと。
「ローラ」
「お前は裏切り者の盗賊」
盗賊はふーやれやれのポーズで言った。
「ご挨拶だな、せっかく連れて行かれた連中の居場所を探っていたのに」
「連れて行かれた領民モンスター達のこと?」
彼らは魔王領の『財産』として連れて行かれてしまったのだ。人間、ヒドくない?
「ああ、彼らは鉱山なんかで重労働をさせられている」
「……それで?助けてやりたいがお金がないの」
売り物になりそうなのは魔石だ。
勇者は失恋の痛手から立ち直り、一人で「うおー」と魔石掘りしてるが、魔石を売っても手に入るのは二束三文。
どうしたらいいんだ?
「あのう……」
声を掛けてきたのは、キラキラしたいずれも色気ムンムンの男女。その数なんと五十人程。
「あなた達は」
「色魔です」
「あーあの、人の精を吸うとかいうモンスター」
「先日まで老人でしたが、栄養も行き渡り、ようやく元の姿を取り戻しました」
取り戻しすぎだろう。
全員、キラッキラの美男美女ばかり。それも傾国の美女といった怪しい魅力に満ちている。
「私達、元気になりましたので、飲み屋や男接待屋敷で稼いできます」
「仲間の救出は任せて下さい」
「あー、それは儲かりそうです。よろしくお願いします」
こうして色魔達は出稼ぎに行った。
「さて後は私も外貨獲得のため勇者の魔石掘りの手伝いをしようかな」
「それはするな」
と盗賊は止めてきた。
「そうはいかないよ」
ライはあれで勇者だ。一人で百人分の掘り能力がある。ただの人である私はどうしたって一人前以上にはなれないが、少しでも役に立ちたい。
「魔石は本当ならもっと価値がある。今やらなければいけないのは魔石を売らないことだ」
「魔石を売らない?」
「そうだ。適正な価格に戻さないといけない。今安価にばらまかれた魔石を周辺諸国が消費し尽くすまで待つんだ」
盗賊の言う通りだった。
不当に魔石が安いから魔王領は貧しいままだ。
クリスティンのマジカル聖女パワーのおかげで皆が食べていくだけの食糧は確保出来ている。
売られていった皆が戻ってきた時に住むところがあるようにせっせと魔王城を再建した。
出稼ぎに行った色魔のお兄さんお姉さんも夜の街でせっせと働き、仲間達を買い戻してくれる。
そんなこんなで早一年。
魔石の流通を差し止めると周辺諸国は次第に焦ってきた。
魔石はエネルギーとして使用されている。ないと困るのだ。
周辺諸国は戦争をちらつかせてきたが、こっちには勇者ライも聖女クリスティンもいる。手も足も出ないまま、魔石は適正な価格に引き上げられた。
高値で売るつもりはない。
たが、貧しさのあまり戦争を起こすことはしたくない。
クリスティンが定住しているせいか、魔王城の周りだけは魔素が薄くなり、畑も作れるようになった。
今は野菜とか芋とか育てている。
あ、領主は聖幼女クリスティンになった。
勇者がまた騙されそうになったから、頭いいクリスティンが適任だって。
魔石が適正価格で売れるようになり、無事に領民モンスター達を全員買い戻した頃。
「ローラ」
「うおっ、誰?」
振り返るとそこには色魔のお兄さんもビックリな超美形男がいた。年齢は二十代半ばというところだろうか。
あ、ちな、私は十九歳な。
「クリスティンだよ」
と超美形男が言った。
「クリスティンは幼女だよ」
「うん、クリスティンは幼児だった。わたしは本当に『悪魔の子』だった。人間じゃないんだ。この魔王領以外では魔素が少なくてわたしは大人になれず、小さな子供のままだった。この辺りの魔素を吸収することでようやく大人になれた」
「へー、そうだったんだ。おめでとう?」
確かに仕草や言葉使いは見慣れたクリスティンのものだ。
クリスティンはクスリと笑う。
「ローラらしいね」
「そう?」
「あまり驚かないし」
いや、ビックリだよ。
幼女が超美形だなんて。
って。
「なんでクリスティンは女の子のフリしてたの?」
「わたしは女の子と名乗ったことはない。神殿では七つまで性別はないのだ」
「そんなに可愛くて『わたし』って言ってたら女の子だと思うよ。早く言ってよ、ゴメンね、女の子扱いしてて」
「……男の子でも女の子でもどちらでも意味はなかった。子供のままではわたしの願いは叶わなかったから」
クリスティンよ、何故手を握る。
「願い?」
「そう。大人になってローラと結婚したかった。どうかわたしの願いを叶えて欲しい」
その後、魔王領は新たな魔王が誕生する。
聖女と称えられながら、悪魔の子と蔑まれたクリスティンが魔王に即位し、勇者ライが騎士団長兼魔石掘り係に。盗賊が大臣兼出納係に。
そして私は魔王妃兼料理人となった。
こうしてモンスター達は幸せに暮らしました。