ポンニチ怪談 その24 白い家が消える日 知性の逆襲その2
ポンニチ国の事実上の宗主国とされるとある大国では大統領選が行われ、前大統領が敗北。しかし敗北を認めない前大統領とその支援者は、立てこもって徹底抗戦。しかし味方の劣勢に恐怖した前大統領は、ある人物に連絡をとる…
ダダダダッ
頭上のドローンから、地上の戦車からひっきりなしに撃ち込まれる銃弾。手持ちのピストルやライフルで立ち向かう男たちだったが、世界屈指の軍隊にはまるで歯が立たない。元軍人や警察官でさえ、最新兵器を使用した絶え間ない攻撃から逃れるのがやっとだ。
虚しい戦いとわかっているのかいないのか、声だけは勇ましく
「大統領万歳!グハッ」
叫びながら倒れる青年。スキンヘッドに入れ墨をいれた白い頭がザクロのように割れ、中身が周囲に飛び散る。
「ひいいい、ゲホゲホ」
隣で血や肉片を浴びて恐怖に怯えていた中年男性もすぐに息絶えた。外相だけでなくウイルスに感染したせいで元々弱っていたようだ。
かつて手入れされた美しい緑色の芝生は今や屍の山となり、そこに住む者たちの憩いの場どころか、血生臭い戦場と化していた。
「ジーザス!なんでこんなことになるんだ!」
大統領、いや選挙で敗れつつも大統領の座に居座ろうとしたD・Tは、窓の外の惨劇を見ながら叫んでいた。外には彼の信奉者ともいえる支持者たちが集まり、大統領の執務および居住地であるこの建物から、彼が追い出されるのを阻止しようと抵抗を続けている。しかし、すでに彼および抵抗を続ける彼の支持者たちは国家に対する反逆者とみなされ、新大統領の指揮下の元に組織された軍や警察から攻撃を受けている。しかも新型肺炎ウイルスに感染し、重症化して動けないものもいた。病魔と銃撃の二重苦に苦しみ、死んでいく者たち。
「む、無理だ、勝てるわけがない!あ、あいつらのせいだ、そもそもあいつらがあんなことを言い出すから悪いんだ!」
たいした考えもなく、新政権への移行を拒み、大統領の座に固執し、ここに籠城した自分の浅はかさを悔やむどころかD・Tは、かつて大統領への立候補をすすめたものたちに八つ当たりをし始めた。
「畜生、ホテル事業の失敗での破産や裏取引の訴追から免れるためには、これしかない!なんて言いやがって、あいつ等」
すでに固定回線は切断されていたが、自分のスマートフォンはまだ通じるようだ。何度もかけたせいか指が自然に動く。
トルゥルゥルゥ…
『やあ、D・Tまだ生きていたかね』
「き、貴様!どういうことだ!こうなることを知っていたのか!」
『いやあ、やっと気が付いたかね。もっと早く気が付いて、大人しく新大統領に恩赦でも請うかと思っていたが。君はやっぱり予想通り、いや予想以上のオマヌケだな。さすがにあのポンニチ・マイティフールの飼い主だけあって、飼い犬のアベノによく似ている』
「なんだと!あんな奴ペットですらない!マヌケとはなんだ!私は大統領で!」
『なれたのは、僕らのおぜん立てのおかげだろう。娘や娘婿も取り込み作戦を練ってあげたし、他にもいろいろアドバイスしてあげたじゃないか。対立候補やマスメディアにバレないよう上手くやってあげただろう?』
「そ、それはそうかもしれんが!私の人気と才能もある!だいたいなんで、そんなおぜん立てしてまで大統領の座にすえた俺を追い落とす、いや殺そうとするんだ!」
『殺すはいいすぎだろう?これは君の招いた結果だ。大人しくそこから出ていけばよかったんだ。君だってこうなることは薄々わかっていたはずだ。だいたい不正選挙の証拠もロクになく、ただ主張するだけでは裁判にすらもちこめない。引き延ばすだけ引き延ばして渋々政権移行して逮捕訴追をなんとか遅らせたかったんだろう?』
「いや、それは。その、息子たちや支持者が…抵抗を」
『そうだねえ、君の息子も支持者ももう後がない。君の見せてあげた“この国に生まれた白人男性というだけの特権の維持”とかの儚い夢にしがみつくしか未来はないからね、才能もスピリッツも肉体的強靭さも何もない彼らには。特に息子たちは君と一緒に裁判にかけられ、刑務所にいって悲惨なめにあうという将来しかないからねえ』
「あ、あの話はどうなった、R国への亡命は!」
『ああ、あれねえ。君がコソコソと自家用ジェットで家族だけで脱出ぐらいなら、なんとかなったかもしれないけどね。隠れようともせず、支持者の前で恰好つけて集会開いたり、ネットで支援を堂々と呼びかけたりするから、逃がしてあげるチャンスも無くなったよ。過激な支援者に連れられてここに籠城なんて最悪なことをしてくれたしね。もっとも、R国に行っても、すぐに引き渡されたかもしれないけど』
「そ、それじゃ、もうここで、ここで」
『君は徹底抗戦を望む息子たちや支持者と一緒に死ぬしかないんだよ。すべて君の選択だろう、分不相応な地位に固執し、同類の狂信者たちを煽った挙句、彼らの道連れになって死ぬとは愚かな道化にふさわしい死に方だね』
「ど、道化だと!どういう意味だ!」
『おやおや、この期に及んで、まだわからないのかい?君は利用されたんだよ、この国に巣食う、プライドだけはやたらに高いバカな奴等をあぶりだすためにね』
「ま、まさか、私を大統領にしたのは」
『この国の偉大さが失われたのはなぜだと思う?確かに新たな才能、金、人は入ってくるが、すでに足手まといがいるんだよ、そいつらのせいで優れた人物が上に上がれず、この国は停滞、いや衰退しつつある。移民がきたせいで自分たちの職や金が奪われたと君の支援者たちは思っているようだが、実は一番のお荷物は能もないのに、親からの富で威張りくさる君らのような奴等だということだよ。適切な教育を受けたのにも関わらず、ろくに才能を伸ばせない、そのくせ親から受け継いだ地位にしがみつきたるような、ね。親がただ真面目に働いていて、報われたから自分もそうなるべき、なんて幻想にすぎないんだよ。この国で生まれ育とうが、能力がなければ成功しない、本当はね。ましてや特定の人種、特定の性別だから上の地位につけて金持ちになれるなんていうのは、下らない思い込みだよ、国家を強くし栄えさせるためには老若男女、出生も問わず才能ある人間に活躍の場を与え、要職につかせなければならないんだよ。もっとも君はマトモな才能はなくても誤魔化しや不正すれすれを行う才能はあるみたいだが』
「な、なんだろうと、私はホテルやゴルフ場といった事業を」
『グレーゾーンいや、はっきりいえば脱税やらが上手いだけだろう?実際にはかなり経営に失敗してるしね、だからこんな怪しげな話に飛びついてしまったんだろう?』
「怪しげって大統領になることがか、偉大なる国家に再び返り咲こうとするのがか!」
『ウイルスを殺すのに消毒液を注射しろ、なんてことを言う君が大統領にふさわしいと本気で思うのかい?テレビショーの司会者ならジョークで済むが、大国のトップが言うことかね?そのウイルスのせいで何千何万の国民が苦しみ、死に瀕し、家族を失って嘆いているというのにね。君の支持者だって、君の開いた集会で感染して、バタバタ倒れているじゃないか。それでも君を支持するような阿保がいるからねえ。そういう奴はどういう奴か、さっきも言ったろう?この国の偉大さが失われたのはそういうアホが増えたからだよ、能無しのくせにプライドだけは一人前のね。だが、そういう奴をただ排除するわけにもいかないんだ、何人にも人権が保障される民主主義国家ではね』
「ま、まさか、俺に彼らを煽らせて、わざと暴力行為をやらせたのか!」
「ああ、ようやくわかったのかい。その通りだよ。君が彼らの抑えていた感情を爆発させて物騒な行動を起こさせたんだ。いわばあぶり出しだよ、危険人物のね。彼らがただ耐えてSNSで不平を言うぐらいなら取り締まりなんてできない、まして完全に排除するなんてことはね。だけど、君の発言で調子に乗った彼らは、実際に君に敵対する地方トップを拉致しようとしたり、対立候補の支持者を暴力で脅したり、殺害計画もたてたわけだ。君の支持者、特にコアな支持者はいわば狂信的テロ集団となったんだ、逮捕され拘束され投獄される理由は十分だ。まして証拠もロクにない不正選挙を言い立てて、政権移行もしない元大統領を担ぎ上げて首都を占拠しようとした反逆者たちとなったわけだ。これで陰謀論や君のような煽るだけのショーマンを信じ込む知能も精神力も低い奴等を絶滅できるわけだ。今の戦闘の様子じゃ、身体的能力や戦闘力も低いらしいね、ただ突っ込んで銃を撃ちまくるだけで戦略も何もあったもんじゃない。盾にも鉾にも、使い捨ての兵器にすらならない役立たずのようだねえ」
「なんてこった!お、俺は利用されてたのか!シット!」
『まず、その汚い言葉遣いから直せばよかったんだよ、最初に当選したときに。そうしたら、もう少しやりようがあったな、支持者と一緒に少しばかり賢くなれば別の道もあったんだ。偉大なる国家再興に役立つ能力を身に着けようとする向上心ある人間になるって道がね。それなのに、君は助言者をつぎつぎと遠ざけるは、忠告するものを馘にするは、支援者を扇動して対立する集団や人々をネット上でも物理的にも攻撃するわ、果ては若い活動家を揶揄するはと、世界の大国のリーダーとして恥ずべきことしかしなかった。これじゃどうしようもない。だいたい君の政策というのは、実は前政権の引継ぎと、僕らが陰で助言したものだけだろ、君が考えた国境の壁なんて、ジョークですらない。しかし、僕らにとっては、好都合といえるかな。怪しげな情報に飛びつく輩はいなくなるし、煽りにちょっと弱くて君を支持しただけの人たちはこれで自分の愚かさを反省して大人しくなるだろうし、知性と才能と進取の気性のある人間が台頭する世界になるだろうよ。君らが消えてくれて、ようやく再びこの国も名実ともに世界の大国の座を維持できるというものだ』
「ち、畜生!こ、こうなったら核攻撃か、貴様らと新大統領と奴に味方するものを皆殺しにしてやる!」
D・Tは、あるボタンを押そうとした、この国の最高司令官だけが扱える最終兵器の発射ボタンに手をかけて
バン!
拳をたたきつけるようにボタンを押したが
「ど、どうした、う、動かない」
『アハハ!まだ、そのボタンが使えると思っていたのかね、君らがここを占領する前にすべての回線は遮断したよ。世界一警備が厳しいはずのこの場所にいるのに、どうしてこんなに容易く攻撃されているのか、それもわからなかったのか。4年もここにいて、安全な場所もロクにわからないとは君は一体何をしていたのかねえ』
あざ笑うような電話の声に怒りにふるえるD・T。
『さて、君とのおしゃべりもここまでだ。君たちはよほど核兵器がお好きなようだね。よろしい、この伝統ある“白い家”を破壊するのは残念だが、開発したての超小型核爆弾の実験台になってもらうか。何、一瞬で終わるよ』
「お、おい!」
プツっと電話がきれた。
呆然とするD・Tの耳に
(おい、戦車が下がっていくぞ!)
(兵士も警官もいなくなった!)
(お、俺たちが勝ったんだ!新大統領を名乗るJ・Bの不正選挙が明らかになったんだ、
バンザイ!)
喜ぶ支援者たちの声が窓越しに聞こえてきた。
「ち、違うんだ!に、逃げろ!逃げないと!」
ドローンが何かを落とし、D・Tと支援者たちの声も何もかもをかき消した、白い家さえも
『ああ、もったいない。でも、“白い家”は新世界にはふさわしくないかもしれないな。それと尻尾をふって、金をだすだけの属国もふさわしくないな。アレが存在すると我が国の国民や政府関係者、はてはトップまで甘やかされたバカになりそうだ、やはりつぶすか。そうだ、新しい社会実験を試してみるか』
D・Tの電話の相手は地球儀の上の小さな国、ポンニチと揶揄されるニホンの領土を指でなぞりながらつぶやいた。
どこぞの国は不正選挙だ、裁判だ、内戦だと何やら物騒な話になってますが大丈夫なんですかね。騒げば騒ぐほど前大統領が不利になっているような気もします。支持者さんたちのやり方が”バカじゃないことを証明しようとしてかえって墓穴を掘る”ような感じで、どんどん追い詰められていきそうですね、彼らが国家道連れ自滅という、どこぞの極東帝国がかつてやった愚行をやらかさないことを祈ります。