婚約破棄をしたら、変なルートに入った件
――……広大なお城に、広大な庭園。
手持ち無沙汰のまま、特にすることも無く時間を潰していく。
「ひまぁ……」
そんな独り言が零れてくるのも、さすがに仕方が無いというものだ。
私の名前はヘルミーネ。
フルネームは長ったらしいから、ただのヘルミーネで問題ないわ。
実は私、3か月前にこの世界に転生してきたばかり。
前世の最期は記憶があやふやだけど、多分死んじゃったんじゃないかしら。
それで、どんな世界に転生してきたかと言えば――
……私が少し前まで遊んでいた、乙女ゲームそのままの世界。
具体的には、主人公のお姫様が色々な国の王子様を攻略していく感じのゲームね。
何人もの王子様の中から特定の一人を選んで、攻略ルートに入って、親密度を上げて……。
……でもね、しばらくしてから気付いたの。
私が転生してきたこの身体、この子って脇役なのよね。
しかも、主人公ちゃんに惚れる最初の王子さまの、婚約相手。
確か……開始5分くらいで、早々に婚約破棄をされちゃうの。
主人公ちゃんとしては、ちょっとした、些細なイベントにしか過ぎないんだけど……。
……でも実際、当事者からしてみれば冗談じゃ済まないレベルのことよ。
ストーリーが進んでも、その婚約破棄された子……ヘルミーネがどうなるかは触れられなかったの。
さすがに私本人のことだから、色々な人に、色々な可能性を聞いてみることにしたわ。
そうしたらね、大抵の人はこう言うのよ。
『適当な貴族と結婚されられるんじゃない?』 ……ってね。
まぁそれも人生か……って少し諦めていたの。
でも何となく、結婚する可能性のある殿方を全員調べてみたのよ。
……イモね。実に、イモ。
王子様はまだしも、他の殿方は勘弁して欲しいわ。
でも、その王子様は私に婚約破棄を突き付けてくるわけで……。
それって、プライドが許さないじゃない?
だから私、主人公ちゃんが現れる前に、せめて王子様にはこう言ってやることにしたの。
「――すいません、婚約は無かったことにしてください」
「えっ!?」
私の前にいる殿方――エリオット、なんちゃら王子。
この人もフルネームは長いから省略するわ。
『エリオット王子』。ほら、覚えやすいでしょう?
「エリオット王子は、私にはもったいないお方ですわ。
明日くらいにでも、多分運命の女性が現れると思いますので婚約破棄を!」
「ちょ、ちょっと待って!?
そんな理由で、婚約破棄に応じられるわけが無いだろう!?
もう、陛下にも許可を頂いているんだし!!」
「でも明日、運命の女性が現れますよ?」
「何を寝ぼけているんだい!?
運命の女性がいるとしたら、僕にとっては君しかいないだろう!!」
……その寝言も、今日までしか言えないんだけどね!
ゲームの中で、一瞬で主人公ちゃんになびいたのはどこのどいつなんだか。
でも、私からの言葉も間違えてしまったかもしれないわね。
『破棄してください』と言って、『うん、破棄するぅ♪』とはなかなかならないだろうし。
それならもう少し、キツイ言葉で当たってみるか。
明日になれば主人公ちゃんも来ることだし、今日のことは不問になっちゃうよね。
「――それでしたら言いますけど?
エリオット王子は、私には不釣り合いですわ。
勉強は中の中ですし、剣の腕も中の中ですし、お気遣いも中の中ですし。
何かしら? 前世はネズミだったのかしら?
そのくせ、プライドだけは人一倍ありますし!!」
「な……っ!?
ヘルミーネ、さすがにそれは言い過ぎじゃないのかい?」
「でしたら? 言い返す言葉があるのかしら?」
「く……っ!
き、君の方こそ何だっ!! そんな言葉遣い、レディのものとは思えないぞ!!」
「微妙な存在の殿方の前で、何故猫を被らなければいけないんですの?
私とあなたはもう無関係。明日の午後、我が家から正式に婚約破棄を通達いたしますわ!!」
「そ、そんな簡単に……!?
ヘルミーネの父上だって、許すはずが……っ!!」
……まぁ、あのお父様は絶対に許してはくれないんだけど。
でも明日の昼には主人公ちゃんが登場するし、きっとそこでうやむやになるはず。
どちらにしても、婚約は破棄。でも、婚約破棄を申し出たのは私……と言う事実は残るわけ。
これで、私の安っぽいプライドは守られるのよ。
「ふんっ! こちらの心配は結構ですわ!!
それではご機嫌よう♪」
「ちょ、ちょっと……!?
ヘルミーネ……!!」
私はそそくさと、エリオット王子の前から姿を消すことにしたわ。
今日はゆっくり眠って、さっさと明日の昼に備えましょう♪
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――翌日の昼食は、王族の子息令嬢が集まってのお食事会。
ここで隣国から、主人公ちゃん――……ユリアが来るはず。
実際、5分くらい遅刻して登場してきたわ。
主人公の『お約束』ってやつかしら。嫌になっちゃう。
「お、遅れて申し訳ございません……っ!」
私たちの前に現れたのは、あどけなさの残る可愛い少女。
素敵なドレスに身を包んで、なるほど、男性からも女性からも慕われそうな雰囲気をしているものね。
実際、私もゲームで動かしていたわけだけど――
……私も惚れこんじゃうくらい、良い子なのよね。
そんなユリアに、子息令嬢たちは仲睦まじく挨拶を交わしていったわ。
はぁ……。こう言う場所に特有の、嫌らしいモブキャラはいないのかしら。
――……って、それ、私だったわ。
確かここで悪態をついて、それが原因でエリオット王子から婚約破棄を言い渡されるのよね。
でももう、婚約破棄は私から伝えているから……。
それならここで、エリオット王子が婚約破棄を認める……って形になるのかしら?
……うん。
私のするべきことは、ここで悪態を付くことね!
「あーらっ!
ユリア様? みなさんはーぁ、時間通りでしたのに! どーぉしたのかしらっ!!?」
私の突然の煽り言葉に、その場の全員が固まった。
よし、ここでエリオット王子が私を止めに入るはず――
……と思ったのに、彼は微動だにしなかった。
むしろ何か、小さな声でぶつぶつと言っているようだ。
(ふふふ……。そうだよ、僕だけに悪態を付いたわけじゃないんだよ……。
これがヘルミーネの素顔なんだ……。うへへ……。裏表が無くて、可愛い子だなぁ……)
……ぞわっ。
何だか背中に、そんな悪寒が走った気がする……。
私がエリオット王子の異様な雰囲気に戸惑っている間に、ユリアは頑張って気持ちを落ち着けていた。
そしてそのまま、明るい表情で私を見つめてくる。
「は、はいっ。申し訳ございませんでしたっ!
あの、私はこういう場が不慣れなので……。
ヘルミーネ様……ですよね? もし宜しければ、ご指導のほどお願い出来ますでしょうか……っ!!」
「は、はぁ!?」
不意の言葉に、私もついつい慌ててしまう。
しかしユリアの礼儀正しい振る舞いに、周りの人はむしろ――
「さすがヘルミーネ様。言い難いことをズバリと言ってくださいました!」
「ユリア様のことを考えれば、今ここで、ちゃんとお伝えした方がよろしかったですものね……」
「言い方は厳しかったけど、優しいお言葉でしたっ!」
……なんて言われる始末!!
でもまぁ、今の悪態はエリオット王子に婚約破棄を認めさせたいだけの芝居だったわけで……。
エリオット王子以外からこういう評価になるのは、別に悪い気はしないかも……?
私が少し呆けていると、エリオット王子は身体を震わせながら口を開いてきた。
……よし、この流れは婚約破棄の同意かな?
そうそう、そのまま婚約破棄を認めなさい。
「ゆ、ユリアっ!!
僕のヘルミーネを取るんじゃないッ!!!!」
――パシンッ!!
「っ!?」
思いがけず、エリオット王子の取った行動は――
……ユリアへの平手打ちだった。
「ちょ……!? エリオット王子、何を……!?」
「お、王子様と言えど……! 他国の姫君に手を上げるなんて……!」
「ど、どうなさったのですか? エリオット王子らしくない……!!」
「う……うるさい!!
ヘルミーネは僕のものなんだ……!! 誰にも、誰にも渡すものかっ!!」
不気味な表情を浮かべるエリオット王子。
昨日伝えた婚約破棄で、何かの歯車が狂ってしまったようだ。
プライドだけは人一倍高い人だから、もしかしてそれが原因――
……って、あれ? それじゃ、これって私のせい……?
いや、だからと言って女の子に手を上げるのは許せない!
しかし私も非力な女の子である。
剣の腕が中の中とは言っても、エリオット王子に勝てるわけも無い。
「よーし! セシル様、出番ですよ!!」
「えっ!?」
私は子息令嬢のうちの一人、セシル様に突然の命令を出した。
セシル様も本来であれば、ゲームの攻略キャラの一人なのだ。
「セシル様! 今こそ、蒼月の誓いを果たすときです!!」
「ヘルミーネ様!? な、何で貴女がそれを――ッ!!?」
……『蒼月の誓い』とは、セシル様が彼の父を交わした誓いである。
セシル様のルートの終盤で明かされるストーリーではあるのだが、この名前を出せば、彼は容易に動く。
「今はいいから!
早く、エリオット王子を止めてくださいっ!!」
「わ、分かりました!
エリオット王子、覚悟ーっ!!」
「うわぁあああっ!!?」
――バカアァンッ!!!!
椅子を持ち上げ、セシル様はあっさりとエリオット王子を倒した。
セシル様……凄腕の剣士設定なのに、まさか椅子で倒すとは。
「はぁ……。はぁ……。
ヘルミーネ様、これで良かったのですか……!?」
セシル様が息を切らせながら聞いてくる。
「はい、ありがとうございます!」
「で、でも……?
エリオット王子は、ヘルミーネ様の婚約者……なのですよね……?
本当に、大丈夫なのですか……?」
ユリアは心配そうに聞いてくる。
しかしここまで来れば、念願の婚約破棄は間違い無い。
本来は婚約破棄をされるはずだったが、婚約破棄をする未来に変えられた。
これで他のイモと結婚することになろうとも、私の安っぽいプライドは守ることが出来たのだ。
……それに何より、こんな可愛い子を守れて私は満足だ。
「私は大丈夫ですよ!
ユリア様は怪我、ありませんよね? それなら私のことは、何も心配しないで良いですから――」
「うぅ……。お、お姉様ーっ!!」
そう言いながら、ユリアは勢い良く私の胸に飛び込んできた。
何とか身体を引き剥がしたときには、子息令嬢たちが拍手をしてくれている。
「ヘルミーネ様……。自身のことよりも、ユリア様のことを優先して……」
「私、感動しました! ここで起きたことは、必ず陛下にお伝えいたします!」
「そうだそうだ! エリオット王子は、どうかしていたぞ!!」
「もしかして、悪魔でも憑いていたのでは……!?」
どう考えても、私が有利、エリオット王子が不利。
でも何だか、最初に考えていた流れとはずいぶん違っちゃったなぁ……。
「……あの、お姉様……?
それで本当に……、エリオット王子のことは大丈夫なのでしょうか……」
「私のことは心配しないで大丈夫ですから。
でも、そんなに心配してくれるなら、ユリア様のところで世話になっちゃおっかな――……なんて」
「ほ、本当ですか!?
是非とも! 歓迎いたしますっ!!」
「……あれっ?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――1年後。とある教会で。
「ユリアよ。あなたはヘルミーネを、健やかなるときも病めるときも。
富めるときも貧しいときも。愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」
「はいっ、誓いますっ!!」
「ヘルミーネよ。あなたはユリアを、健やかなるときも病めるときも。
富めるときも貧しいときも。愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」
「……あれっ?」
――婚約破棄をしたら、変なルートに入った件。