プロローグ
プロローグ
物語は終末を迎えていた。
勇者アランは1000年この世界を支配していた魔王を追い詰めていた。かつて挑んだ勇者56人をいともたやすく葬ってきた魔王は見るも無残な姿となっていた。鎧は砕け、手足は原型をとどめておらず、体内の魔分も通常の魔人と同等近くまで弱まっていた。
「まさか小僧に後れをとるとは。」
魔王の捨て台詞に耳もくれずにアランは止めを刺す。通常なら1時間程の詠唱を要する最上級魔法である完全消失を無詠唱で使用する。
思えば長いようで短いような旅路であった。
アランは魔王城から最も離れた村の出身であり、誕生したときから1000年に1人の逸材であり、常人では決して持ち得ない量の「才」の持ち主であった。「才」とはその人の器であり成長限界である。アランは自身の「才」を修練によりほぼすべて魔法、呪術、その他戦闘技術に費やした。そして、旅路でであった仲間と出会い、別れを繰り返し、世界に散らばる魔王城のカギ7つを集め、魔王城を襲撃した。その期間1年足らずであった。
魔王討伐後アランは3代まで遊んで暮らせる富を得て、仲間と祝杯を挙げた。
この世界の物語は終わった。
ー
1か月後、元勇者アランは虚無に満ちていた。
出身の村に凱旋して、もてはやされたのもほんの数日、アランには途方もない退屈が待っていた。
魔王討伐後、この世界に生存していた魔人、魔物の類は姿を消しており彼の能力のほとんどは無用の長物と化してしまった。そして、戦果により得た富に群がる有象無象の相手に疲れ、山奥の別荘を買い、そこで廃人と化していた。
1日一回狩りを行う以外ただぼうっと別荘の小さな窓から外の景色を眺めていた。
ともに戦った仲間はその「才」を多少なりとも戦闘以外の習得に充てていたのでそれぞれ故郷で充実した生活を送っているようだったが、彼は違う。この平和な世界で彼は生きがいを探すことすらできなかった。
今日もいつもどおり窓から外の景色を眺めていると、小さな人影を発見した。ただその人影は瞬きする間もなく大きなものとなり窓のを挟んで顔形が見えるまでとなっていた。もっとも黒い布のようなもので顔のほとんどは隠れているのだが。
「あーけーろー。」
小さい体から可愛らしい声が発せられた。彼は無意識に別荘の扉を開けにいった。
「まおーたいじごくろー。」
「し、師匠。」
彼は1か月ぶりに声を絞り出した。
彼女?の名はイミュ。見た目は黒ずくめで露出はほとんどないので本当の性別は確認できない。小柄で身軽そうではある。衣服の繊維はUVカットという肌を傷つける光線を防ぐこの世界にない加工を施しているそうだ。そして、女児のような雰囲気をしているがただその無駄に有り余る「才」を老化防止、異世界間移動という能力に費やしている変人である。また、指導期間3時間であるが彼の魔法の師匠である。
アランは気づいたらイミュを招き入れて談笑していた。特に客人をもてなすためものは別荘に備え付けていなかったが椅子と机ぐらいはあった。
ふとイミュは突然本題を切り出した。
「あらんにいせかいをすくってほしいんだー。」
アランはびっくりしたふりをした。
この世界にはほとんどの人が習得できる能力に無知の知がある。
この能力は万物を知りうるものであるが、ほとんどの人間はそれをほとんど使いこなすことはできずせいぜい当てにならない直感のようなものである。彼でも知られたくない情報以外を引き出す程度のことしか使えていない。
そして、話を聞き流しつつ、説明下手なイミュの代わりに要件の整理をした。
「この世界と異なる世界、現実がある。」
「現実にはイミュの友達がいる。」
「現実が危機を迎えている。」
とのことであった。そして、現実の情報を可能な限り引き出した。
現実はこの世界と対となるもので魔法の根源たる魔分がほとんどないらしい。これは魔人と違い、体内に魔分をわずかしか蓄えられず大気などに含まれる魔分を利用する人間にとって致命的である。つまり、初級魔法の類しか使用できないとのことだ。そして、魔法の代わりに文明が進んだ世界であるとのことだ。そのおかげでこの世界よりはるかに豊かな暮らしを営んでいるらしい。
「いまからてんいまほーえいしょーするー。」
「まだ返事をしてないんですが。」
「でし、ししょーのいうこときく。」
どうやら選択権はないらしい。
そうして、イミュは転移魔法の詠唱を始めた。イミュの異世界間移動は異世界への転移魔法を可能とする能力だ。この世界では過去の歴史をたどっても3人程度しか習得してないといわれる。イミュの魔法技術をもってしても詠唱が省略できないが流暢に話せないせいか詠唱の簡略化はしているようだ。
アランは空間の割れ目に吸い込まれた。
ー
気づけばアランは一人で道に突っ立っていた。こっちの世界の地面は固く違和感があった。周りには人がおらずただまっすぐな道、人の住処のような建物が並んでいた。
我に返った彼は目的地を目指し歩き始めた。こっちの世界の空気は息苦しく、慣れるのに時間がかかりそうだと感じた。
3分ほど歩いた先に目的地のアパートがあった、築30年の外観であるが実際は新築2階建てである。このアパートの101号室のインターホンのボタンを押した。
「こんにちは。どなたでしょうか。」
元気の良い声が聞こえた。
「荒木です。」
こっちの世界の名前を名乗った。
「いのりちゃんが言ってた子か。今開けるね。」
イミュのこっちの世界での呼び名である。
ドアが開き同い年か少し年上ぐらいの少女が現れた。
彼女は中肉中背、顔つきは整っており髪は黒髪でセミロングであった。服装はパーカーにスウェットのようなものと楽そうな格好をしていた。
「はじめまして。あたし浦川七海。よろしくね。」
「こちらこそ」
「本当はこっちに来たばっかでいろいろもてなしたいところなんだけどこれに着替えて早速お願い。」
服と通信端末が渡された。
「雑!」
と突っ込んでは見たがとりあえず情報を引き出す。
浦川七海はイミュの唯一の友人である。そしてこの国有数の財閥の一人娘であり、天才である。いまは、訳あって不動産運営をしている。要するに大家さんである。イミュとはひょんなことで知り合い意気投合したそうだ。また、現実の危機に気付いた数少ない人間の一人である。
近年、現実に突如亜人が出現した。亜人はこちらの世界でいう魔人に近い存在だ。体内に魔分を宿し、自在に操れる。亜人は人間の悪意を好みそれを育み、回収する。人間でいうところの宝石に近い嗜好品である。悪意の抜き取られた人間は抜け殻となり、この現実で役割を全うするだけの存在となる。なので、表面上にはでていないが既に1割の人間が抜け殻となっている。
「あと、102号室は使っていいから。着替えたらこのアプリを起動して。」
彼女は通信端末を指さした。
「わかりました。」
内心おかしいと思いながら浦川七海と別れ、102号室に入る。このアパートには鍵がなく、どうやっているかわからないが本人を認証して勝手にドアが開き、閉まるようになっていた。
これを労働に例えるなら相当ブラックである。いきなり研修もなく新人を実践投入しようとしているようなものだ。
そんなことを思いながら、部屋を見まわした。四畳一間のこっちの世界では一般的なアバートの部屋であった。家具などは備え付けていなさそうだ。
荒木はとりあえず身に着けていたローブを脱ぎ捨て、支給されたTシャツ、チノパンに着替えた。そして、携帯端末のアプリに触れた。
「零海起動します。」
先ほどの浦川七海と同じ声がした。ただ、こちらの声の方が若干透き通って聞こえる。
「はじめまして。あたしナビゲーターの零海。よろしくね。」
「早速目的地に案内するよ。」
目的地の案内図が表示される。ここから5㎞程先の人気のなさそうな路地である。荒木は早速ナビにしたがい目的地に向かう。
「3分で着いて。」
どうやらこのアプリは歩かせる気はないらしい。荒木はため息をついたあと子気味よいステップをふみ加速した。現実の空気はもといた世界よりも薄く高所トレーニングをしているようだった。あと、空気が若干汚染されていたので念のために初級浄化魔法を使った。
3分後、目的地に到着した。ビルとビルの間で幅1.5m程の道であった。
「予定通り。やるね。」
このアプリは調子の良さそうな声を出した。荒木は若干不快感を覚えながらあたりを見渡した。
この道には3人の男が横たわっている。意識はなさそうだ。その奥にはコートを羽織った中年の男が黒く光る結晶を抱えていた。黒い結晶をとなりにあったケースにしまい込むとこちらの方に目を向けた。
「あれが今回の敵。情報を表示するね。」
携帯端末に情報が表示される。
絵籐 高見42歳。亜人。普段はベンチャー企業勤めのごく普通の会社員である。
亜人は普段は人間と区別がつかず、人間に擬態し生活を送っている。しかし、悪意のを持った人間に出会うと魔分を開放し、悪意を回収する。
「そこにいるのは誰だ。ただの人間じゃねえみてえだが。」
亜人はドスの効いた声を発する。
「私は荒木。別世界で勇者をやっていた者だ。」
律儀に返答してしまった。まあ通じるかは定かではないが。
「勇者?ただの頭の狂ったガキか?どちらにせよ見たからには生かしておけねえ。」
亜人はどす黒い魔分を発した。
「強そうね。」
アプリの声は若干震えていた。無駄に感情豊かである。
亜人はこちらに突進し、そのどす黒い魔分を込めた拳で殴り掛かった。
「どうだ。」
亜人は高らかに声を上げる。通常なら頭が吹き飛ぶ一撃だ、しかし、荒木は微動だにしなかった。
通常なら両者の魔分差は歴然であるが相性の良い防御魔法と能力物理無効をタイミングよく使用することでダメージは0となった。
荒木はノーダメージにこだわりがあり魔分差に影響されないように防御魔法を2000保有しており、適切な防御魔法を使用することができる。過去にダメージを受けたのはかつての仲間1人からだけであった。
「この野郎。この野郎。」
亜人は必死に殴り続ける。その動きには焦りと疲れが見え始めてきた。
ただ荒木の魔分量も少なくなってきたので反撃することとした。
「どうするの?」
アプリは荒木に尋ねる。
荒木はそれを無視し、初級魔法武器精製を使用し、小刀を手に持った。そして、独自能力弱点可視を発動した。
荒木が亜人の左肩を小刀で突くや否や亜人は悲鳴を上げる。
亜人の魔分は完全に断たれ、その場に倒れこんだ。
「こいつ、どうするんだ?」
荒木は一応アプリに尋ねる。
「警察呼んだから大丈夫。」
荒木はケースの方を見る。ケースからはどす黒い輝きが漏れ出していた。恐らく相当の悪意なのであろう。
「あの結晶を戻すことはできるのか?」
荒木は一応アプリに尋ねる。
「無理よ。あの3人は起はするけどあとはぬけがらのように生きるだけよ。」
「これって、もしかして亜人側の方が善悪でいう善とかになるのか?」
荒木はアプリに尋ねる。
「さあ、元々善とか悪とかは存在しないと思うけど。」
それが浦川七海が出した答えなのだろう。同意はしかねるが。
「帰るか。」
荒木は久方ぶりに充実感を覚え、その場を後にした。
こうして物語は再び幕を開けた。