文化祭 2
◆◇◆
「お前ってさあ、たまーにちょいちょい後先考えずに行動するよな。」
教師陣が到着後、騒ぎの元凶である男子大学生グループは速やかに連行されていった。
というのも、逃げ足の早かった大学生達を愁と黒羽があの手この手で取り押さえていたからだ。あの手この手といっても、完全な実力行使である。一瞬、どっちが被害者で加害者なのか分からない状況になったのは言うまでもない。しかし、その後は実際にからまれたクラスメイトの弁護と他の客の目撃証言もあって大学生達はきっちり警察に引き渡されて、いなり達は少しのお小言を受けただけで済んだのだった。
「ご心配をおかけしてすみません。」
たんたんとした口調で謝罪をしているように聞こえるかもしれないが、それでもいなり的には実は結構自省の念に駆られていた。一時の感情に任せて後先顧みない行動をするのは、いなりの悪い癖だ。騒ぎの後で、やってしまった感を感じたのは否定できない。
「まあまあいいじゃんー。結果的には何も問題はなかったんだしさー。というか僕もあの集団にはムカついたからグッジョブ。」
「それは分かる。」
(前言撤回。これは私がやっていて良かったのかもしれない。)
もしもいなりが大学生グループを片付けていなければ、愁と黒羽が彼等をのしていただろう。愁は手加減をしないだろうし、黒羽は暴力こそふるわなそうだが、もっとえげつなくやりかねない。そう考えると、いなりが一番穏便に済ませたのではないだろうか。
ふとそんなことを考えていると、黒羽が「あ」とこぼす。
「そういえば、確かもうすぐ体育館でミスコン始まるっしょー?」
「そうだ、北斗が出るんだっけか。」
「しかも、中夜祭では八重のバンドが出てくるはずです。」
「どうするー?今なら見に行けるよー。」
いなりは緊急で入らされたヘルプであるため、正規のメンバーよりも休憩時間を長くもらっている。また、宣伝係である黒羽と愁は看板を持って適当に校舎内を巡ればいいので、時間に融通はきく。
体育館に移動するならば今がちょうどいい。
「じゃあ行くしかねえな。」
「では、少し待っていて下さい。着替えてきます。」
「ちょっと待った。」
がしかし、更衣室に行こうとするいなりを誰かの手が引き止めた。
何かデジャブを感じざるをえない。
「吉祥寺さん、他行くならその恰好のままで頼むよ。」
「え。」
「宣伝になるから。」
案の定、背後には眼鏡委員長が逆光を浴びて立っていた。
◆◇◆
三人が到着した時に、体育館は既にかなりの人でいっぱいだった。
が、さすが八重というべきか。スマホで連絡を取るよりも早く向こうが見つけてくれた。
「いなり~!なんやそれ可愛すぎるんやけど!写真とろうや!」
「うわっぷ。」
前から思いっきり八重に飛びつかれ、後ろによろける。
「ここにいても大丈夫なんですか?」
「出番までまだ時間あるさかい、好きに動いとって平気や。」
そういって、八重は親指を突き出す。
今の彼女は黄緑にショッキングピンクの音符のイラストが描かれた軽音楽部の部活Tシャツを着ている。頬にはバンドメンバーでお揃いなのだというフェイスシールを付けていた。
後はステージに上がるだけ。まさに準備万端で待機中なのだという。
「北斗がミスコンに出るらしいからね。雄姿を拝んでおかな。」
あくまでそれが本音らしい。ニヤニヤと人の悪そうな笑みを浮かべている。
「ちなみにこれがプログラムや。先にもろうといた。」
「はああ、こりゃまた随分力入れてんな―。」
八重から受取ったプログラムによると、ミスコンの順位は基本的に学校のホームページに作られた木犀祭用の特設ページのインターネット投票で決まるそうだ。しかし、総合評価として生徒会長、文化祭実行委員長、学校長の三名からなる審査員陣による加算点も加えられるので、逆転も考えられるという、ただの人気があるだけでは勝てない仕組みになっている。
「あ、始まるっぽい。」
体育館のステージには赤いじゅうたんがしかれ、その上を女装した男子生徒がスポットライトを浴びながら次々とやってきた。順番は一学年からで、順番はくじでランダムになっている。いなり達のクラス、四組の代表は二番目、北斗はラストだ。
まず最初に登場したのは、王道のプリンセスシリーズ・白雪姫。しかし、その中身は厳つい柔道部員という、なかなかシュールな絵面になっている。アピールタイムでは『毒林檎なんかでは死なないタフが持ち味だ!』と、拳を突き出してその腕っぷしを披露。
続いては、我らが四組。メイド喫茶が出し物というのもあって、無論メイドの格好である。
「つうか、あれ委員長じゃね?」
なんと、四組の代表はあの眼鏡委員長だった。いなりが着ているものとは少しデザインが違うが、紛れもないメイドの衣装をまとって『なんなりとお申し付け下さい!』と叫んでいる。そして、地味に反響を受けている。
「もしかしてメイド喫茶の発案て委員長だったりするのー?」
「無きにしも非ずですね・・・。」
艶やかな男子生徒達によるショーはまだまだ続く。
豪華なウエディングドレスを翻す野球部のピッチャーがブーケを会場に向かって放り投げ、メイクが濃すぎてもはやおかまに見えるゴスロリまで。
女装の質というよりも、恥をかなぐり捨てて全力で受けを狙っているように思える。会場内はあちこちで爆笑の嵐だ。
「きゃあああああああ!!」
そんな時、会場内で黄色い歓声があがった。
歓声を浴びて手を振りながら悠々と登場したのは、ブレザー姿の五組の代表だ。今までの迫力のある仮装とは反対にシンプルなものではあるが、やけに女子からの受けがいい。
「誰だあれ。めっちゃ人気じゃねーか。」
「あれ、愁知らないのー?九条グループ本家本流の御曹司、九条潤司だよ。」
総資産270兆。特に金融業面で圧倒的な力を持つ日本三大財閥に数えられる『九条グループ』。
日本に住んでいるならば知らないものはいない富豪名家の一つである。
「そういやそんな名前の奴がサッカー部の期待の新人って聞いたことがあるな。」
「血筋まで受け継いでいるわけですか。」
「しかもイケメンときた、そりゃあモテるわけだー。」
九条潤司はキラキラとしたアイドルスマイルをふりまきながら退場していった。
これはなかなか手ごわい相手だと思っているたものの、二組の番が回ってきた途端、その空気が一変した。会場内は静まり帰り、観客の視線はステージを歩く者の姿にくぎ付けとなっている。
ステージ上を音もなく歩いているのは、一人の巫女。一枝の桜の花を手にし、優雅にじゅうたんの上を歩いていく。
『あー・・・・・どうも、二組の室咲です。投票よろしくお願いします。』
会場内の静寂を突き破ったのは、アピールタイムでマイクを渡された巫女の居心地の悪そうな低い声だった。
「ぶっふぉお!マジで!?あれマジで北斗か!!?」
「こりゃまたべっぴんさんに化けたもんやなあ。」
いなりですら、声を聞くまで一瞬北斗だと分からなかった。
静かで上品な所作はまさに淑女そのもの。本当によく見なければよもや男だとはわかるまい。
「あれ完全に捨て身だよねー。なんか北斗の目がいってるよ。逝っちゃってるよ。」
とか言いながら、黒羽はすかさずスマホのカメラを起動させていた。
しかし、本人の意思に反して観客からの声援は先ほど登場した五組の九条よりも大きく、しかも男性陣からの受けがいい。遠目から見ていても、審査員陣の反応も悪くないように思える。これは冗談抜きに北斗が優勝を狙っていけるのではないだろうか。
「とりあえず、私達も北斗に投票しておきますか。」
「せやな。」
北斗のアピールタイムが終わり、一学年の出場者は全て出そろった。
いなり達は投票するためにそれぞれスマホを取り出して学校のホームページへと移動する。これで後は投票ボタンを押して完了だ。
「これ押すだけでいいんだよな?」
「そうですね。」
「すごいよねー。紙投票じゃなくてネット投票って。時代を感じるや。」
「ほんま。ボタンでサクサクっとできるっちゅうんやさかい、便利なもんやわ。」
(ボタンを押すだけで・・・こっくりさんのアプリと似ているな。)
ふと、いなりスマホをタップしようとする指を宙で止めた。
「ん?どうしたんだ?」
「別に、なんでもありません。」
(いや、ただの気のせいだろう。)
いなりは首を振り、画面を押した。すると、画面は投票完了のものへと変わり、現在集計中という表示になる。
やはり、考え過ぎだったようだ。
いなりはほっと、首をすくめる。
しかし、それも束の間。
ぞわりと、悪寒がいなりの背中を走った。
(まさか・・・・・!)
「きゃああああああ!!助けてぇ!!」
「うわああ!噛みついてきやがった!なんなんだ一体!?」
歓声なんかではない。
悲鳴。
怒号。
そして、人が発生したとは思えぬ唸り声が、会場内に響き渡る。
「おい!急にどうしたんだよ!?」
突如暴徒となって他の観客たちに襲い掛かる数名の生徒達。中には教師の姿もある。
獣のように人に襲い掛かる姿はまるで、何かに取り憑かれたよう。
体育館内は、パニックに陥った。




