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花粉症と鎌鼬 (後編)

 翌日。

 初回から早くも三時間の授業が終わる。

 入学してからたったの二日で始まる本格的な授業と新生活によって、いなりは昨日のことなどすっかり忘れていた。

 運動神経が良い者は頭の神経の伝達速度も速い、のいい例だ。ここの学校はそれなりの偏差値があった。


「だりー・・・。初日から英・数・国と来るとは思わなかった・・・。しかも宿題付き・・・。」

「このくらいでわめかないでください。」


 がターンと音を立てて突っ伏す愁にいなりはため息をつく。

どうやら愁はとことん勉強というものが苦手らしい。後ろから見ていたが、一時間目のはじめあたりからすでに頭が傾いていた。

 見た目からして明らかにスポーツ少年だが、中身もそうなのかもしれない。

 ちなみに、黒羽は最初から最後まで教科書の影に隠れて寝ていた。  


「うるせえ!!真面目ちゃんには馬鹿の気持ちは分かんねーだろうが!」

「そうでもないですよ。先ほどの数学の授業、内容さっぱりです。」

「いやそんなちゃんとしたレスポンス求めてねーから・・・。」


 そんな他愛もない話をしていると、予鈴が鳴った。中学の時とほぼ変わらない、機械的な鈴の音だ。

  「もう時間かー。次何だっけー?」と、予鈴を目覚ましに起きた黒羽が問うてくる。腹時計はしっかりしているらしい。


「世界史です。」

「ありゃ、ロッカーだー。取ってこないと」


 黒羽が教科書を取りに席を立とうとした、その時。



『はっくしょん!』



 カーテンが大きく揺れる。そして、風が窓から割り込むように吹き抜け、黒羽が何かを咄嗟(とっさ)によけるように首を曲げた。

 そのすぐあと。教室後方でガシャンというガラスの割れる音がした。 


「きゃあ!?」

「うわっ!なんだ!?急に水槽が割れやがった!」


 ロッカーに置かれているメダカの水槽が割れたようだ。ガラスの破片が飛び散っている。だが、損壊したのは水槽だけでない。

 生徒の大半は大惨事になっている水槽の方に気を取られているが、いなりはその隣の、ぱっくりとえぐれた金属製のロッカーに目が釘付けになっていた。


「うわーお。二人は今の見えたー?」 

「あー・・・早すぎて全然。」

「私ははっきり見ましたよ。」


 一般生徒から見たらあれはただの何の変哲もない強い風だ。たまたま偶然吹いたものだと思うだろう。

 だが、人間とは違った目を持つ者たちには違うものが映る。


「刃物でしたね。よけて正解です。」

「やっぱりー?」

 

 数センチしか開いていない窓から入ってきたのは、鎌の形状に収束した風。真空刃、ともいうべきものだった。

 もしも黒羽がよけるのが少しでも遅れていた場合、首が水槽と同じことになっていただろう。

 

「ってことはありゃ妖術か?」

「っぽいねー。見た感じ風系統かなー。」


 妖怪の中には、妖術と呼ばれる異能の術を使うものがいる。

 妖術とは妖力、つまり妖怪の体力を消費して自然の事象を書き換える(わざ)のことだ。種族によって使える妖術の系統は異なり、炎を操る者もいれば、水を生み出す妖怪もいる。

 そして、これらが残滓(ざんし)となって人の目に見えるようになると、学校の七不思議等の怪談で語られる、いわば怪奇現象となるのだ。


「なんかこの学校来た時から色々いるなーとは思ってたけど、結構大物もいるみたいなんだよねー。」


 妖怪は人に紛れて生活する反面、古い場所を好む傾向にある。これは、寿命という縛りが人間に比べて長いため、目まぐるしく移り変わる社会変化に合わせられないモノが多いからだ。

 古いものは淘汰され、新しいものに成り代わる社会の中で、学校は数少ない古い建物。妖怪にとっては優良物件なのだ。

 だが、大事なのはそこではない。


「でも、学校妖怪が進んで攻撃仕掛けてくるなんて滅多にないだろ。」


(その通りだ。)


 一口に妖怪とはいっても、全部が全部御伽噺(おとぎばなし)に出てくるような(アンチ)人間ではない。人間との共存が求められる今のご時世で、そんな妖怪の方が逆に少ないくらいだ。

 学校妖怪、つまり学校に居ついた妖怪はそのいい例だ。普段は人の目から隠れて暮らし、時々妖怪らしく妖術で驚かす程度。うまく人間と付き合っているわけである。

 しかし、今のは明らかに度が過ぎている。人間を驚かすどころか、下手したら殺してた。

 もし仮に黒羽を妖怪だと認識していたとしても、何もしていない相手を一方的に攻撃するなんてことはしない。人を巻き込んだ怪事件を起こせば、陰陽師の目につきかねないからだ。

 何か事情でもあるのだろうか。  


(変なことに巻き込まれないといいが・・・。)

 

 しかし、いなりのささやかな願いは見事に裏切られることになる。




◇◆◇




 その後。水槽の後始末等で少しバタバタしたものの、四時間目は普通に授業が行われた。

 三人は昨日と同じように昼食をとるため、教室から屋上へと場所を移す。

 ()()()()の会話をするときは、なるべく人気のないところに行きたかった。


「今日もでかいですねえ。」

「ほんとそれー。」


 愁は、今日も今日とてでかい三段重だった。廊下で通り過ぎた生徒全員が二度見してたのは言うまでもない。

 一方で、黒羽は昨日とは違うパンだったが、やはり甘ったるそうなものをもさもさと食べている。

 

 この二人と食事をしていると、昼食とは何か考えざる負えない。

 いなりは、自分の至って常識的な大きさの弁当箱を開けた。


「そういえば今日の三時間目の昼休みだけどー・・・」

 

 パンを片手に、おもむろに黒羽が切り出した。細められていた瞳が、うっすらと開く。


「もしかしたら」『は、は・・・はっくしょん!』

「へ?はんはひっは?」

「違います!よけてください愁!!」


 しかし、風の刃は愁が反応するよりもはやく、愁の喉をめがけて飛んでいった。

 

「「愁!!」」


 澄んだ音が響き、愁が後方に倒れる。


「やばいよー。今首当たったよ。死んだ?」


 黒羽は倒れた愁に駆け寄った。

 が、


 「勝手に殺すな!!」


 吹っ飛んだと思われていた愁の顔が勢いよく上がった。


「あ、生きてたー。」

「咄嗟に妖力で皮膚を硬化したからな。あっぶねー。」

 

 妖力は妖術として使うほかに、身体能力を強化することができる。体の一部を硬化したり、筋力を補強したりなど。

 だが、だからといって妖怪ならば誰でも超人的な身体能力を持っているわけではない。

 


(流石に親しくしてもらっている者の生首は見たくない。)

 

 愁の反射神経に脱帽した。


「無事で何よりです。」

「とか言ってるわりにはお前、涼しい顔してんなー。」

「これでも焦っているんですよ。」

「どこがだ。眉毛すら動いてねーぞ。」

「見た目の問題ですか。」

「そんなことより見てよあれー。」


 三人の目の前で、突如つむじ風が巻き上がる。自然発生でないことは見て明らかだ。

 風はしばらくその場で渦を巻く。いなりは思わず弁当を砂埃から保護した。

 

『申し訳ありません・・・。』


 風が止んだ時。

 そこにはイタチのような生き物がいた。




◇◆◇




「何、こいつ・・・・。」


 愁は(いぶか)し気にその喋るイタチを見る。

 一見、潤んだつぶらな瞳とモフモフとした毛並がとても可愛らしい。だが、イタチの前足にはぷにぷにとした肉球ではなく、草刈り鎌のような鋭い刃がついていた。


『小生、鎌鼬の小太刀(こだち)と申します。』


 イタチこと小太刀は三人に向かってぺこりと頭を下げる。

 三人は

 

「えーっと・・・状況説明、してもらってもいいかなー?」

『はい。小生、昔からひどい花粉症なのであります。この時期になるとくしゃみが止まらなくて止まらなくて。いつもならティッシュペーパーの大量消費で終わるのです。ですが・・・ここ最近。花粉症が悪化したのか、くしゃみをするたび勝手に術が発動してしまうのであります。』


 小太刀は申し訳なさそうに上目遣いでこちらを見上げる。


『今日もたまたま、教室前を通りがかったところ、ちょうど鼻が・・・。・・・あとはご存知の通りです。』


 目を伏せ、鼻をぐすぐすとすする小太刀。


『それで、謝りに行こうと思いまして御三方の妖力を追いかけてこちらに参ったのです。そこでまた・・・・。』

「鼻がつまった、とー。」

「つまり俺らはくしゃみで死にかけたのか・・・。」


 くしゃみで殺されかけたという事実に、愁は呆ける。

 気持ちはわからなくもない。


『大変申し訳ございません・・・。小生、何でもいたします。どうか、何かお詫びをさせてください!!』


 小さな頭を必死にこすりつける小太刀。しかし、手足が短いせいで地べたに広がっているようにしか見えない。土下座のつもりなのだろうか。


「小太刀さん、地面に這いつくばるのはやめてください。あなたはわざとやったわけではないのでしょう。不可抗力です。」


 いなりは小太刀の頭をポンポンと叩きながらひょいっと持ち上げる。柔らかな毛並みが気持ちいい。


「ですが・・・」

「別に死傷沙汰になったわけじゃないしな。」


 愁は小太刀の顔を覗き込む。

 首を飛ばしかけてしまった相手に小太刀は一瞬ひっ、と喉を鳴らしたが、何もされないとわかって頭を預けている。


「でも、だからと言って学校に放置というのもねー。」


 今回は偶然いなり達だったからよかった。もしもこれが他の人間の生徒だった場合、もっと事は複雑になっていただろう。

 黒羽が唸るのは、そういう理由からだった。


「あ、そうだー。ガスマスクでもつけたらー?」

「ガスマスク!?」


 ポンッと拳と手のひらを合わせる黒羽。

 いい事思いついたー、というような表情であるが、全然思いついていない。


『がすますく?とはどういった物でしょうか?』

「これこれ、これをつけてみてー。」


 黒羽はどこからとなくガスマスクを取り出し、小太刀の顔に取り付けようとする。

 小太刀はというと、いきなりガスマスクを顔に近づけられ驚き、いなりの手から抜け出し愁の頭の上に駆け上って威嚇する。

 じりじりと小太刀を追い詰める黒羽と逃げ惑う小太刀。

 そしてその戦場となる愁の頭。元々少し癖のある髪だったが、小太刀と黒羽の攻防戦によって台風一過のような状態だ。


「えいやー!」


 ついに小太刀を追い詰めガスマスクを装着させた。


『ふごぅふぉおう!?あ、なんですかこれ!?すさまじく呼吸がしやすくなりました!ありがとうございます!これでもう安心です!!』


 初めこそは違和感からなのかじたばたと暴れていたが、楽に呼吸ができることに気づいたらしい。嬉しそうに走りまわっていた。

 が、ガスマスク姿である。

 ただでさえ両手が刃物なのに、ごついマスクが追加されたせいで不審者にしか見えない。


「・・・なんでガスマスク持ってきてんの?」

「校内に毒ガスがまかれたときのための用心にー。ほら、備えあれば憂いなしって言うっしょー?」


 言わねえだろと、二人で真顔で返したのは言うまでもない。




◇◆◇




それから数日。ガスマスクを装着してから小太刀は花粉症に悩まされることがなくなったらしい。

 たまに休み時間中に、窓の外からこっそりと手を振ってくれる。

 八坂高校で、ガスマスクをつけた鼬が出る噂がしばらく広まったのはまた別のお話だ。 






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