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裏八坂祭 1

 太鼓と笛の音が鳴り響き、提灯の明かりが夜の商店街を怪しく照らしだす。幻想的な風景の中に紛れる人ならざる者たちの姿。

 今宵は人ならざる者達の集う、一年に一度の大宴会。


 いなりと八重が向かうのは八坂祭りで盛り上がる商店街・・・・・ではなく、その脇にそれた小道だ。薄暗くなった道を進んでいくと、山の麓に朱が少し剥げた鳥居が見えてくる。

 八坂神社とは別の、丸山神社という神社の入り口だ。裏八坂は毎年ここで行われる。

 坂道の下で、いなりと八重は残り男子三人と待ち合わせをしていた。ちなみに、八重といなりは来る途中でたまたまばったり出会ったのである。

 待ち合わせ時間は七時。二人は時間きっかりに着いたので、三人は少し遅れているらしい。


「全く、レディを待たせるとはいい度胸やないか。」


 八重は巾着袋を振り回しながら退屈そうに鳥居に寄り掛かっている。いなりは苦笑して時計と小道の先を交互に見る。

 すると、小さな人影が近づいてくるのが見えてきた。


「あ、来ましたよ。」


 視線の先には、手をぶんぶんと振り回す愁と、その隣を歩く黒羽がいた。


「よーっす!」

「ごめんごめん。ちょっと遅れちゃったかなー?」

 

 愁は藍色に縦縞の入った甚兵衛を着ており、首にはあの御守りを下げている。愁らしい涼し気で粋な着こなしである。その横の黒羽は黒一色の浴衣。色合いは地味だが、持ち前のミステリアスな風貌がそれを昇華させていた。むしろ色気的なものが増しているともとれる。

 そして、黒羽の隣にはもう一人。灰色に蜻蛉の柄の入った浴衣を着た般若がいた。

 

「悪い、待たせた。」

 

 北斗である。勉強会の時に愁を驚かした、いつぞやの面をつけてきたようだ。

 超イケメンの範疇に入る愁や黒羽がいるとぱっとしないが、北斗も十分に顔立ちが整っている。口の裂けた恐ろし気な般若の下に、穏やかな北斗の顔が隠れていると思うと少しおかしい。


「それにしても、二人ともよく似合ってるねー。」

「せやろ?」


 さすが黒羽というべきか、きちんと女性陣の感想を忘れない。

 八重は薄い黄色に朝顔が咲いたものを着ている。普段はシンプルに高く一本にまとめられている髪も、丁寧にお団子に結い上げられていた。自前らしい大輪の牡丹の簪がよく似合っている。

 たいして、いなりは紺に赤い椿の散る浴衣である。季節外れであるけれど、店のお客さん方から一番似合うと言われたお気に入りのものである。お団子に結うには少し短い髪は緩く編み込まれ、揃いの椿の簪で止められていた。


「馬子にも衣裳ってやつだな。」


 だが、黒羽の紳士な発言は愁によってぶち壊された。


「絶対それ違う意味で使ってるだろ。」

「え、服よく似合ってるね!って意味じゃねーの?」

「よーしこの馬鹿置いてさっさと行くで。」

 



◇◆◇




 丸山神社はその名の通り、丸山という小高い丘の上にある。八坂神社と違って立派な拝殿はなく、小さな社がポツンと広場にあるだけの小さな神社だ。

 普段は人気がなく、自殺スポットなんて言わている場所。そんなところに妖怪なんて集ったらどんな不気味な光景となるのだろうと、北斗は心中で挑むような面持ちだった。

 だが、その心地は二個目の鳥居をくぐった瞬間に霧散した。


「・・・・・・すごいな。」

 

 広場の中央には矢倉が組まれ、そこを中心に鬼火(おにび)を光源とする鬼火提灯が広場を明るく照らす。矢倉の上では腕が四本もある大鬼が大太鼓を乱れ撃ち、猫又が三味線をかき鳴らす。その他にも楽器の付喪神たちが自信の音を合わせ、壮大な祭囃子を披露していた。

 矢倉の周囲には長椅子や敷物がたくさんおかれていて、異形達が各々好きな場所で酒を飲み交わしていた。

 四人からしたら見慣れた光景だったが、北斗にはかなり圧巻のものであった。


「こんなにたくさんの妖怪は初めて見たぞ。」

「そりゃあねー、東中の妖怪がそろい踏みだ。百鬼どころか千はいるかもねー。」


 呆然と立ち尽くす北斗と陽光、影月の背中を黒羽がポンと押す。

 

「ほらほら!祭りは始まったばかりだよー。早速屋台から回って行こうじゃないかー。」

「屋台?」

「飲食の持ち込みは自由かつ、出店もあるんですよ。」


 巨大な矢倉に目が行きがちだが、ぐるりと見回してみると屋台もかなりの数が出ている。定番のかき氷やたこ焼き、焼きそばから、変わり種まで。

 中でも目に付くのが・・・・・


「やたらと酒が多いな。」

「妖怪の祭だからねー。まあ心配はしなくていいよー、ジュースとお茶も勿論あるからさー。」


 人間のお酒と違い、妖怪の飲むお酒は度数がかなりある。昔話、伝承、紙芝居、etc・・・・。日本には古くから妖怪はお酒好きとされているが全く持ってその通り。ビールは水だ!酒じゃねえ!というのが一般常識である。

 さらに脱線すると、妖怪にも未成年というものは実在する。おおよそ五十年が妖怪でいう未成年の期間である。が、それはあくまで推定期間であり、種族によって成長はまちまちだ。見た目は子供でも中身は数百年生きた大妖怪であったりするし、見た目は年寄りでもまだ三十年しか生きていない若い妖怪であったりとかは普通にある。

 なので、自己責任というのが妖怪の間での暗黙の了解である。

 ちなみに、いなりや愁のような半妖怪は人間の血が混ざっているので寿命は妖怪ほど長くはない。そのため、そこだけは人間の法律に従って二十歳から飲める。


「お、肉焼いてんな。あそこ行ってもいいか?」

「いいんじゃないー?」


 愁の指さす先にあるのは、ステーキ串の屋台。店主の親父は頭に手拭いを巻いた一つ目の男である。じゅうじゅうと鉄板で焼いていた。

 肉の魔力に吸い寄せられるように愁が小走りで向かっていった。後に続くよう、残る四人が並んで店に向かう。


「親父!ステーキ串六本!」

「あいよ!一本二百円な!」


 鉄板にあったステーキ串を手早くひっくり返し、タレを刷毛で塗る。香ばしい匂いが漂い、お腹にダイレクトに刺激してきた。愁に至っては涎が滝となってあふれている。

 お金と引き換えに、他の皆は一本ずつだが、愁は両手に一本ずつ受け取った。渡されたステーキ串は串の部分を持っていてもほんのり暖かく、まさに焼きたて。少しずつ冷ましながら肉にかじりついた。


「んー!うまい!!」


 ほろりと肉がほどけ、程よい塩味が広がる。レストランで食べるようなステーキとは違い、一口サイズに切られているので食べやすい。が、それに負けないくらいの肉汁が溢れてくる。

 一言で表すと、美味しい。


「久々に食べたけどやっぱり美味しいねー。」

「ほな、次はどこ行こか。」


 ぺろりと指先をなめながら、八重が隣の店に目をつける。


「食べ終わるの早いな。」


 陽光と影月にも与えながらも、まだ半分までしか食べていない自分の串とすでにすっからかんになった八重の串を見て、北斗が呟く。

 

「んなもん食べた入らんわ!焼きそば行くで!」

「おう!」

 

 案の定両手の肉を既にかたづけた愁も加わり、二人は片っ端から屋台を巡っていく。

 対し、平均的な胃袋の三人はその後ろからじっくりと屋台飯を味わっていくことにした。




◇◆◇




「だー!ちっくしょー、また負けた!!」

「はい缶ジュース一本追加~。」

 

 頭を抱えて悔しがる愁。そして、楽し気に目を細める黒羽。

 二人の手には猟銃・・・・・を模した射的用のモデルガンが握られている。その前には愁が劣勢の得点表示された電子版があった。


 射的と言えば対象物の目標に対し投射物を当てて景品をゲットする縁日の一種。しかし、これは妖怪の中で射的は一味違い、一対一の対戦形式をとる。

 また、距離も十メートル近く離れており、当てるのは景品ではなく店主の妖力によって動き回るクレー。これを特殊加工を施されたモデルガンに妖力を込めて弾丸とし、クレーめがけて当て、撃ちぬいた総数を競うのである。

 

 ちなみに、先程から黒羽が全勝。愁は計五本の缶ジュースをおごらせることになっている。


「よっしゃ、もう一本勝負!」

「いいのー?また僕が勝っても文句言わないでよー?」

「望むところだ!!」

 

 こんな調子で、先ほどから延々と男たちの繰り広げる熱苦しいバトルを見させられていた。いなりとは林檎飴を片手に、冷めた目でそれを見つめる。


「よう飽きんといてできるなあ。」


 その隣で、はあーっと呆れたようにため息をつく八重。以外なことに、八重は射的にあまり乗り気でなかった。

 なんでも、彼女の妖力は指向性をつけるのが非常に難しいらしい。座標を設定し、何もない空間を分割する術の作用域は平面。防御の盾を作ったり、物体を両断するにはうってつけのものだが、クレーのようにピンポイントで射抜くのは向かない。

 そんなわけで、今回は彼女も観戦に回っていた。

 だが、流石にもうそろそろ飽きてきたようだ。それを感じ取ったのか、同じく観戦していた北斗が声をかける。


「ここは俺が見てるから、いなりと八重は他を回ってもらっていいぞ?」

「いいんですか?」

「ああ。暫くここに居そうだしな。」


 顎でしゃくられた方には、「うおおおおお!」と雄たけびをあげながらクレーを電撃で粉砕する愁と的確に風弾で射抜く黒羽の姿。

 確かにまだ彼らが射的から離れる気配がない。


「そりゃおおきに。適当にその辺回ってくるわ。」

「すみません。どこかで埋め合わせをします。」

「別にかまわない。」


 そんなこんなで、いなりと八重は仲良く二人で屋台巡りを再開した。

 とはいっても、二人とも小腹は既に満ちているので特に食べようとも思わない。他愛のない会話をしながら、ぶらぶらと歩き回っていた。

 そんな時である。


「ねえ、二人とも暇?」

「ちょっと俺らと一緒に回らない?」


 カラフルな頭をした四人組の男が二人を囲うように近づいてきた。大学生くらいの見た目をしているが、無論妖怪であろう。蜘蛛の入れ墨をそれぞれ顔に入れており、チャラそうなイメージを受ける。


(ナンパか・・・・・。)

 

 恐らく八重狙いだろう。

 火傷してもいいから触れたくなるようなタイプの美女である八重は、高校でも絶大な人気を誇っている。こういう連中が寄ってくるのも無理はない。

 だが、当の本人は「ああん?やんのかコラ。」と言いたげな顔をしており、えらく不機嫌だ。獰猛な肉食獣を思わせる眼差しでナンパ男達を睨みつけている。

 このままでは喧嘩沙汰に発展してしまう。八重の堪忍袋の緒が切れる前に、いなりはそっと八重の浴衣の裾を引く。


「すみません。連れと来ているので。」

 

 大衆の目がある手前、面倒ごとにはしたくない。

 淡々と述べ、すぐに立ち去ろうとしたが、

 

「えー、そんなこと言わないでさ~いいじゃんいいじゃん。」


 がしりと手首を取られてしまった。思ったよりも強く掴まれているようで、振りほどくことができない。そして、痛い。

 いっそ焼いてしまおうか。いや、それではさらに周りの注目を集めてしまう。いなりが悶々と考えていた時。


「ぐはっ!?」

「兄貴!?」


 いなりの腕をつかんでいたはずの男が急に呻き、手を放す。何事かと思って見ると、ナンパ男の鳩尾に拳が入っていた。


「おーっと、(わり)いな。つい手が滑っちまった。」


 はっとして目をあげれば、そこには 肩に瓢箪(ひょうたん)をひっさげ、腰に刀を差した男がいた。ザンバラ切りの黒髪と、深い緋色の瞳。

 屈強な体に大きく刻まれた刀傷が、その男の威厳を際立たせる。


「お前、何しやがる!」

「おうおう、(あん)ちゃん。嫌がる子を無理やり引き止めるのはいけねえなあ。」


 男はいなりと八重といなりの前に立つ。

 威風堂々とした立ち姿。だが、人懐っこそうな笑い方に、どことなくいなりは既視感を覚えた。


「おい、お前俺らが誰か知って邪魔してんのかあ?」

「俺らはなあ、あの八菊組組員なんだぞ?」

「殺されてえのかああん?」


 ニヤニヤとした気持ちの悪い笑みを浮かべていた表情とは一変。ナンパ男たちの標的がその男へと移つった。四人で囲うようにして男を囲い、ねめつけている。

 だが、男は毛ほども気にしていない様子。ぐるりと見回す目は楽しそうに笑っている。


(わし)()りあおってんなら容赦はしねーぞ?」


 羽織がなびき、背面の文字がいなりの目に飛び込んでくる。

 背負うのは、殴り書きされたような赤い丸大。


「んだとコルラァ!」

「やっちまえ!!」


 小物感を丸出しでいっせいに殴りかかるナンパ男二人。だが、その拳は当たることなく宙を舞う。

 殴り掛かってきた二人をあっさり交わし、男はナンパ男二人の顔面を掴み、地に叩きつけた。


「大江山の酒呑童子様に歯向かおうたぁ、なかなか意気がいいじゃあねーか。」


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