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横濱事変 7

 がしゃあんという派手な音を立てて、天井が崩れる。

 愁の術の発動を合図に、いなり達は一斉に船に乗り込んだ。妖力で強化した体ならば、船着場からそれほど離れていない客船までひとっとびで行ける。愁だけはそのまま重力に従っていたが。

 崩れ落ち、元は天井であった瓦礫の中から、いなりはゆらりと立ち上がった。

 いなりが降り立ったのは、船内に設けられたパーティー会場のど真ん中だった。

 八重と愁は別の場所から入ったらしく、近くに姿が見えない。一緒でなかったとしても、二人のことである。心配する必要は皆無であろう。

 かわりに、周囲には、口元の開いた羊の頭骨の仮面をかぶった集団がいた。見るからに豪華な衣装に身を包んでいることから、おそらく競売(オークション)参加者だ。

 顔ばれを防ぐための仮面によって表情は読み取れないが、口々何かを叫んでいる。それは、怒声であったり、悲鳴であったりと実に様々。

  いなりは会場内に設けられたステージの方を見る。

 そこには、檻が複数、商品を陳列するかのように並べられていた。中には捕らえられた妖怪達が入れられている。獣型の妖怪は暴れられないよう、楔を体に打ち込まれ、赤黒い血が溢れていた。

 

 それを見た時。ざわりと胸の奥で何かが渦巻いた。

 

 非道、下劣、極悪・・・・・

 眼前に立つ有象無象らの所業を、自分の知っている言葉を総動員しても言い表せない。

 

 いなりは、心の底でほっと安堵した。

 ここに、八重や愁、黒羽がいないことに。彼らを巻き込んでしまう心配がないことに。


 抑えきれずにあふれ出した妖力が銀髪をなぜる。

 色素欠乏症と偽られている瞳が本来の色を取り戻し、紅々と輝きだした。


「死んで(あがな)え。」


 会場内に舞う、白い花吹雪。それはさながら、星空の下にひっそりと散る、宵桜(よいざくら)のごとく、淡く、儚く、美しい。

 しかし、その花弁に触れれば最後。触れた者を一瞬で骨をも残さず焼き尽くす超高温の灼熱の業火となる。


 広範囲炎術(こうはんいえんじゅつ)―――妖炎乱舞(ようえんらんぷ)夜桜(よざくら)の舞


 死の吹雪の中央で、いなりは二尾の人狐(じんこ)となって駆ける。

 天窓から差し込む月明りが、化粧となって彼女の美貌をより際立たせる。

 



 とある人は、思い出した。

 かつて、寝物語で聞かされた一人の女の話を。

 遠い昔、一国を滅ぼした傾国の美女。

 銀河のごとく流れる美しい銀髪と、全てを飲み込む幻惑的な金銀妖瞳(オッドアイ)

 大陸を炎の海へと変えた、その女の正体は―――


「じ・・・白面金毛九尾狐(ジオウェイフウ)・・・・・!」


 炎の渦に飲まれる中、誰かがそう叫んだ。

 ただの参加者かもしれないし、主催者側の人間なのかもしれない。

 だが、そんなことはどうでもよい。

 文字に起こすことのできない音の羅列だったが、いなりは何をこの人間が言いたいのか、正確に理解した。  


「惜しいですね。ですが、知る必要はありません。」


 謳うように囁き、いなりは左手を振る。すると、散っていた花弁が集まり、一輪の花となってその手中に現れた。 

 その薄紅色の花に、いなりはそっと息を吹きかける。花はほどけるように炎へと変わり、運悪く残ってしまった仮面の者達を包み込む。


 炎術―――燐火(りんか)手向草(たむけばな)


 花弁の熱を収束した花は、灰すら残すことなく命を燃やし尽くした。


「妖怪は反逆主義。やられた分は徹底的に返すのが、私たちの礼儀です。」


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