横濱事変 4
(銃撃戦は想定していなかったな・・・・・。)
赤壁の方から降り削ぐ弾丸の雨を見ながら、いなりは冷静というよりも、もはや呑気に考えた。
前回帰宅途中に襲われたとき、確か拳銃あたりを持っていたと記憶している。そして、数もトントンだった。
しかし、今回はざっと見る限り二十人。しかもその全員がなんかしらの銃火器を所持しており、現に蜂の巣にされかけている。うむ、逃れようがない。
致命傷は避けるにしてもいくつかは確実に当たってしまう。
そんな事を考えているうちに、もう銃弾は目の前まで迫ってきていた。
(いっそ、最大火力で玉ごと溶かしてしまおうか。)
だが、その考えは無駄に終わった。いや、必要なくなったのだ。
迫りきていた銃弾だったが、いなり達に風穴を開けることなく、とある地点で一斉に重力従って地面に落ちだした。
まるで、そこに壁が存在しているように。
「へ?」
愁の間抜けな声に、いなりははっと我に返る。
銃弾は見えない壁に阻まれているのではない。
それ以上進むことができないのだ。
「安心しいや。飛び道具はうちにきかへんで。」
そう言って、不敵に八重が笑った。
神楽狸とは、狸囃子という独特な楽を奏でる妖怪。
本所七不思議、と有名どころを出せばわかりやすいだろう。
山の中で突然楽の調べが聞えてきたり、突然聞こえてきた音を追いかけているうちにいつの間にか知らない場所にきていたりするのは、彼らの仕業である。
狸、と聞いて弱そうなイメージを持つ人間は多い。しかし、狸の妖は妖狐と並ぶほどの実力を持つ。神楽狸は狸系の妖の中でも特に妖力が強い種族だ。
彼らの奏でる狸囃子、本所七不思議でいう馬鹿囃子だが、これは音を追っているうちに知らない場所へとたどり着いていたという話である。
これは、神楽狸達特有の妖術、空間転移によるもの。神隠しの一種であり、特定の物や人を別空間へと移動させることができる。空間把握能力が秀でたものならば、その空間同士を入れ替えることまで可能だという。
そんな神楽狸である八重の持つ妖力の系統は、『空間』。
しかし、八重の妖力は一般的な神楽狸のソレとは少し異なっている。
次元干渉術―――空間断絶
空間そのものを分割し、空間と空間の間に歪を生みだすことを可能にする超希少な妖力。
遮断された空間からの攻撃は、歪の向こうの空間に届かない。
要するに、何が言いたいのかと言えば・・・・・
「チート過ぎだろお前の系統!!」
ということである。
「だけどおかげで暴れやすくなったぁ!!」
「ならちっとはうちのことを敬えや!!」
「そりゃ御免だ!!」
カンッと、鉄パイプをコンクリートに高らかに八重が打ち付ける。
切り離されていた空間がまた繋がり、同タイミングで愁が飛びだした。物陰から銃火器を抱えて出てきたスーツの集団に飛び込み、蹴っては殴って蹴っては殴って、片っ端からのしていく。
四大妖怪である八重と素手で喧嘩している時点で思っていたことだが、やはり愁も強い。というか、頑丈だ。
「おいこの鉛玉どうにかなんねえのか?ちまちま飛んできてうぜえんだけど。」
応戦するように一斉照射された銃弾の幕を素手で掴み取っている愁。鉄すらも切り裂く鎌鼬の風を受けても無傷だったが、銃弾程度へのかっぱということか。
「自分でなんとかしいや。うちの妖力じゃ細かい操作はきかん。」
愁に並ぶようにして八重も鉄パイプを振り回す。
八重が相手の武器を打ち払い、愁が気絶させる、と言った具合の見事なコンビネーションだ。さすがは肉体労働専門組である。
しかし、それでも多勢に無勢なのは変わりない。
倒しても倒しても湧いて出てくる敵を前に、二人の視界は縮まっていた。
だから、気付かなかった。
二人の体から首へ、顔から額へ。ゆっくりと的を定める赤いレーザーに。
「おっとー?」
突風が、倉庫を撫でるように駆け上がった。
風術―――飛燕
首切刀のような風が凪ぎ、屋上の陰から覗く銃筒を切り裂く。
屋上にいた狙撃手は、標的を仕留めることなくその腕を持っていかれた。
「危ない危ない。愁ならともかく今のは八重だったよー?」
飛んでくる銃弾をテニスボールのようにひょいひょいとよける黒羽。
「そらどーも。」
「おい、俺はいいのかっ。」
八重は黒羽に当たらず自分の方へと飛んできた銃弾を空間断絶で防ぎ、反対方向から殴り掛かってきた相手を吹っ飛ばす。
「これで最後か?」
「いや、それにしてはちょっと数が少な」
黒羽の言葉を遮るようにして、後方で男のうめき声が上がる。
新手かと三人が反射的に構えた。
緊張感で、空気が引き締まる。
倉庫の裏からふらりと現れたのは、大男だった。
東南アジア系の顔立ちで、刺青を禿頭に入れている。筋骨隆々としており、明らかに強者だ。
しかし、その屈強な大男の様子はどこかおかしい。何かから逃げるように飛びだしてきたようだ。顔にはおびえの色が浮かんでいる。
三人に目もくれず、逃げる大男の背後から、さらにもう一人物陰から飛び出した。
それは、大男よりも二回り三回り小さく、華奢だった。
美人のことはよく、花にたとえられる。
牡丹、芍薬、百合、そのまま名前に組み込まれた月下美人など。はたまた、彼岸の地に咲く花―――曼殊沙華。
それ―――彼女は、かの花を思わせる、浮世離れした美しい顔立ちの少女だった。表情は浮かんでいないが、それゆえに精巧な人形のよう。銀糸のような髪が、さらにそれを際立たせている。
「・・・・・」
大男を追いかけ、いなりは倉庫の陰から飛び出した。そして、たたっと軽やかに飛び上がり、半回転の回し蹴りを大男の側頭部におみまいする。妖力で教化した脚力は、いなりの細い足から放たれたとは思えないほど重い。
大男は「かはっ」と声にならなかった空気を肺から吐き出し、どさりと倒れた。
いなりはその横に着地し、ふうと息をつく。そして、ようやく三人がこちらを見ていることに気づいた。
あちらは既に片付けたようで、あちこちに人が倒れている。
いなりは少しだけ首を傾げ、何か考えるそぶりを見せた。そして、やっぱり無表情のまま、
「お疲れ様です。」
と一言。
何とも場違いな言葉をかけられた三人は、ただ絶句するしかできなかった。




