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横濱事変 3

 

 潮風に乗って、どこかでウミネコが鳴く声が聞えた。

 いなりはその声を聞きながら、いつか見た強面の鳥を思いだす。港町ではお馴染みのその鳥は、この街にもやっぱりいるようだ。 

 蒼穹(そうきゅう)の空を仰いでから、いなりは燕脂(えんじ)色をしたレトロな煉瓦造りの建物を見据えた。


―――赤レンガ倉庫

 明治末期から大正初期に国の模範倉庫として建設された保税倉庫であり、建設当時の正式名称は横浜税関新港埠頭倉庫。激動の20世紀を潜り抜け、当時の面影を残したまま文化・商業施設として今でもみなとみらいの有名観光地として今もなおその姿を保ち続けている。

 だが、勿論それだけがこの倉庫の()の役割ではない。


「やっぱし()()といったらここでしょうー。」


 そう言った黒羽の言葉を、いなりは正しく漢字変換して捉えた。

 夜の街、横濱において、港湾の傍にあるこの倉庫は取引の場として妖怪界では有名である。そのため、表の妖怪は滅多にここに近づかない。

 もしも妖怪がいたとするならば、つまりそういう事である。あえてここを計画に組み込んだのは、その競売組織の尾をとっ捕まえるためだ。

 何もいなり達は楽しむためだけに校外学習へ訪れたわけではないのだ。


「すんげえ!!見ろよ!でけえし広い!おい、あっち海見える!海!」


 ・・・・・ただ一人を除いて。

 雄たけびを上げて倉庫へと走っていく愁に遠い目を向けつつ、いなり達は挑むような足取りで向かった。




◆◇◆



 

 倉庫と今でも呼ばれてはいるが、実際中はミュージアムのような作りになっている赤レンガ倉庫。

 今回いなりらが入館したのは様々な店舗の入っている二号館の方だ。

 一階フロアは飲食店が占めており、二階は土産屋やその他雑貨屋でにぎわっている。食べ歩きで昼食を済ませてしまったいなり達は一階でお世話にならなかったが、二階は見ごたえがいがあった。

 レトロな内装の中にある海外由来の雑貨や日本雑貨が入り混じり、見ているだけで楽しい。特に、土産屋には赤レンガ倉庫ならではの商品が陳列し、中華街とはまた違った土産を購入することができる。


「意外と面白かったな。」

「そうだねー。中華街に比べてちょっと賑やかさが足りないけど。」


 観光客として倉庫の中を一通り見学し終えたいなり達は、感想もそこそこに倉庫の付近をぶらついていた。白昼なのに、びっくりするほど人気のない倉庫沿いの広場はとても見通しがよい。

 外の潮風を気持ちよさそうに浴びながら、八重はうーんと伸びをする。そして、別に運動わけでないのに上半身のストレッチを始める。


「店員が他所他所しかったのもいただけへんけどなぁ。」

「随分じろじろと見られましたしね。」


 黒羽に続いて堂々と文句を目の前でたれる八重といなり。はたから聞いていればただの迷惑なクレーマーだ。

 だがしかし、四人の中で誰もそれをとがめる者はいない。それどころか、朗らかに笑いあっている。

 なんともいえない空気感をしばしば漂わせた後、愁が痺れを切らしたように声をあげた。 


「ええい、まどろっこしいわ!挑発するったってこんな陰湿にしなくていいだろうが!!」

「同感です。」

「ならなんでやった!?」

「え、面白そうだったからだけどー?」

「大した理由ねーじゃねえか!!」


 無表情のままうなづくいなりに、悪びれなく答える黒羽。相変わらず暖簾に腕押しのような反応を返す二人に愁は律儀に毎度突っ込んでくれる。

 そのやり取りが面白おかしいのか、八重はけたけたと笑っていた。


「とにかく、や。」


 ひとしきり笑い終えた八重は、くるりと後ろを振り返る。その手にはいつの間にか鉄パイプが握られていた。

 それを合図に、三人の顔色も真面目なものへと変わる。


 四人は最初から気づいていた。探るような視線に、人が見えないはずなのに感じるたくさんの気配。

 うまく隠していたつもりだろうが、欺けるのは人間までだ。


「いい加減ちゃっちゃと出てきな!」


 返答のかわりに返ってきたのは、いっそ清々しいまでに殺気にあふれた銃弾の雨だった。


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