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7話



 宿に入るとすぐ目の前に受付カウンターがあり、そこに十代半ばくらいの少女がいた。

 茶色い髪に緑の瞳をした美人というよりも愛嬌がある顔をしており、とても可愛らしい。

 女性としては均整が取れた身体付きで、特に胸部はとても十代とは思えないほどの大きさだ。



「いっらしゃいませー、宿泊でしょうか? それとも食事でしょうか?」



 そう言いながらペコリとお辞儀をすると、些か発育が良すぎる胸がぽよんと揺れる。

 それを何とか意識外に逸らしながら用件を伝えた。



「一人部屋をお願いしたいんですけど、空いてますか?」


「はい、一人部屋ですね。一泊銅貨三枚になります。食事付きでしたら銅貨四枚になりますがどうしますか?」


「では食事付きで、とりあえず十日ほどお願いできますか?」


「畏まりましたー、では大銅貨四枚になります」



 彼女の言葉に硬貨の入った革袋から大銅貨を四枚取り出し、彼女に手渡す。

 渡すとき僕の手と彼女の手が僅かに触れ、少しドキリとした。



「それではこちらが、部屋の鍵となります。部屋番号は202号室ですのでお間違えのないようお願いします」


「ありがとうございました。これからよろしくお願いします」


「こちらこそ、ところでお客さん? よくこの場所がわかりましたね」


「ええ、見つかりにくいところにあるなとは思ったんですけど、偶然見つかってよかったです」


「そうなんですよねー、元々もっと立地のいい場所に建てる予定だったんですけど、先に先約があったみたいで結局ここしか開いてなかったんですよー。残念ですっ」



 彼女が悔しそうな表情を浮かべる、その表情から本当に悔しいのだろうなという事がよく伝わってきた。



「あ、名乗るのが遅れましたけど、わたしはこの宿を経営している両親の娘でペロットって言います。お客さんの名前、教えてください」


「僕はルークって言うんだ。こう見えても一応冒険者なんだ。まあ……主な活動内容は荷物持ちだったけど」


「あははは、荷物持ちって雑用じゃないんですかー? でも“荷物持ちだった”ってことは今は違うんですよね?」


「まあね。最近所属してたパーティーを追い出されちゃってね、今はソロでの活動を始めたばかりだよ」


「追い出された理由を聞いても?」


「荷物持ちだったから、かな」



 彼女も僕の雰囲気を察してそれ以上は追及してくることはなかった。

 その後食事の時間や身体を拭くためのお湯などの簡単なサービスや食事の時間を教えてもらい、とりあえず荷物を部屋に置くことにした。



 ペロットから貰った鍵で202号室のドアを開けると当面の拠点となる部屋に入る。

 そこには簡易的なベッドに丸テーブルと二脚の椅子、その他にちょっとした小物や衣類を仕舞っておけるタンスとクローゼットといった、銅貨三枚にしてはなかなか充実した設備が整っていた。



 また新築という事もあり、新しい木の香りが仄かに香って清々しい気分にさせてくれる。

 一先ず荷物を解き、衣類や小物などをタンスやクローゼットに入れると、締め切っていた部屋の窓を開ける。



 木製の観音開きの窓を開けると、その先には人が行き交う光景が目に入ってきた。

 冒険者風の男女混合の一団や三角頭巾を付けた町娘風の女の子が籠を持ちながら買い物に出かける姿が目に入り、とても活気に溢れている。



 行商人が商いをするために馬車を操っている姿もあって、それを見ているだけでも楽しい気分になれた。

 一通り外の光景を楽しんだ僕は、ベッドの端に腰を下ろし「ふぅ」と一息吐き出す。



「なんとか宿も取れたけど、これからどうしようかな……」



 ギルドの指名クエストの査定結果はSランクに残存ということになったが、今一つ腑に落ちてはいなかった。

 いくら元Sランクパーティーの荷物持ちとは言え、そのままソロのSランク冒険者として活動するには今の自分には荷が重いと感じたからだ。



 外の喧騒を聞きながら、これからの活動方針を考えているとあっという間に時間が過ぎていき、気付けば夕焼け空が見え始めていた。

 時間的には夕食の時間帯になっていたので、食事を取るために一階の食堂に向かうことにした。



 階下に降りると受付を横切って食堂へと向かう。

 食堂は宿の入り口の左手に併設されており、食事処というよりも酒場というイメージの方が強い場所だ。



 立地の関係上、用意されているテーブルに座っている客はちらほらとしかいなかったため、遅ればせながらも席を取ることはできた。

 席に着くとすぐにペロットが僕のところにとことことやってくる。



「ルークさん、今日の夕食は何にしますか?」


「そうだね、ペロットちゃんに任せるよ」


「わかりましたー、少々お待ちくださいね」



 そう言いながら厨房に注文を伝えに行くペロットの後ろ姿を見送ると、食堂を見渡す。

 四角いテーブルと数脚の椅子がセットになったものが十数組置かれており、そのうち数組ほどが客で埋まっていた。



 客層は二十代から三十代といった世代で格好は皮の鎧や軽鎧に身を包んだ者がほとんどだ。

 僕と同じ冒険者なのだろう、向こうも僕の視線に気づき目を合わせてきたが、興が削がれたようで一緒にいる仲間と酒の入った木製のジョッキをぶつけて乾杯の音頭を取っていた。



 十分ほどして、ペロットが料理を運んできた。

 出された料理は一般的によく食される野菜がたっぷり入ったスープにレッサーウルフともファングとも呼ばれる狼の姿をした魔物の肉のステーキと黒パンという少し歯ごたえがある固めのパンだ。



「飲み物はエールでよかったですよね?」


「ええ、大丈夫ですよ。……美味しそうだ、いただきます」


「どうぞ、召し上がれ」



 ペロットが離れるのを見送ったあと、さっそくいただくことにする。

 まずは野菜スープを一口飲んでみた。

 少し薄味たが、あっさりとしたしつこくない味で食べていて飽きる事がなくちょうどいい。

 野菜本来の甘みも感じ、なんといっても体の芯から温まるそれは心が落ち着く。



 次にファングのステーキを一切れ口に運ぶ。

 先ほどのスープとは対照的に濃い目の味付けだったが、黒パンと一緒に食べることで味の濃さが緩和されちょうどいい濃さになる。

 肉とパンを同時に食べることで、食べ応えも良く腹が満たされる感覚があってとても美味しい。



 口に含んだステーキとパンをエールで流し込むと、先ほどの感覚にさらにエールののど越しが追加され、すっきりとした気分が伝わってくる。

 その後も食事を楽しみ、食べ終わる頃にペロットにお代わりをどうするか聞かれたが、腹八分目という言葉に従い遠慮することにした。



 食べ終わった後、ペロットにお礼を言って部屋に戻った。

 しばらくその場に留まり三十分ほど休憩したのち、体を拭くためのお湯を取りに再び階下へと降りる。



 この世界において一般的に風呂というものは普及しておらず、一部の豪商や貴族、王族といった富裕層のみにある習慣として認知されている。

 しかもその貴族や王族ですら三日から五日に一回という頻度でしか風呂に入ることはなく、毎日入るというのはよほどの綺麗好きか風呂に入ることを趣味としている物好きだけである。



 僕がペロットに湯の準備をしてくれないかと頼みに行こうとしたところ、なにやら食堂の方が騒がしかった。

 行ってみるとそこには、冒険者風の男二人が何やら口論している最中で今にも殴り合いに発展しそうな雰囲気だ。



「てめぇ、もう一度言ってみやがれ!!」


「おう、何度でも言ってやるよ。てめぇじゃあのクエストは荷が重ぇんだ。諦めて俺に任せろっつってんだ!」


「なめてんじゃねえぞ、この海坊主が! ちょっとまぐれでBランククエストを攻略できたからって調子に乗りやがって!!」


「んだとてめぇ、やんのかゴルァ!!」


「上等だやってやんよ!!」


「お、お客さん、喧嘩はやめてくださいっ!」



 茶髪の男とその男が野次ったように頭髪が一切ないハge……コホン、海坊主が互いの胸倉を掴み一触即発の様相を呈す。

 二人とも日頃の冒険者稼業で鍛え上げたであろう見事なまでの筋骨隆々な肉体をうねらせながら互いに睨み合う。



 今にも喧嘩が起きそうな二人をなんとか止めようと、涙目になりながらもペロットが二人の間を取り持とうと必死になっているのを視界の端に捕らえた。

 僕は彼女に用事があったため、この騒ぎの当事者である二人の間に入り、二人の喧嘩を止めに入る。



「まあ、まあ二人とも喧嘩は他の人の迷惑になりますし、やるなら外でやったらどうですか?」


「あん、なんだてめえ文句あんのか!?」


「俺らの喧嘩に部外者が顔突っ込んでんじゃねえぞ!!」


「はあ、仕方ないですね。ほい」



 心底ウンザリという表情を作りながら僕は二人の首根っこを掴んでそのまま引きずるように宿の入り口へと連れて行く。

 引きずっている間も「離しやがれ」だの「てめぇふざけんな」などという罵詈雑言が聞こえるが、全て黙殺しそのまま宿の入り口から二人を投げ飛ばした。



 おあつらえ向きというかなんというか、ちょうど投げた先に空箱があり二人はあえなくそこに突っ込んでしまう。

 “ドンガラガッシャン”という大きな音を立てると同時に二人の野太い悲鳴が聞こえたが、僕は気にせずペロットの元へと舞い戻る。



 その光景をまるで信じられないという表情で見ていた彼女だったが、僕が戻ってきたことで平静を取り戻した。

 彼女に「体を拭きたいので、お湯を貰えませんか?」と尋ねると少しぎこちないながらも「はい」と答えたあとおずおずと聞いてきた。



「あのー、ルークさんって荷物持ちじゃなかったんですか?」


「うん? 荷物持ちだよ。まあ荷物持ちでも冒険者だからね、こういう荒事には多少慣れてるってだけさ」


「そ、そうですか……と、とにかくありがとうございましたっ、あのまま喧嘩になっていたらお店のテーブルとか壊されて大変だったと思うので」


「気にしなくてもいいよ。さっきも言ったけど、慣れてるから」



 ルークのこの「慣れている」という言葉は本物だった。

 かつて所属していたパーティーの仲間に喧嘩っ早い者がいたため、こういった荒事にはかなりの頻度で巻き込まれていた。

 その度に他の仲間から「なんとかしてくれ」という縋る視線を向けられることが多く、先ほどの方法でその場を収めていたのだ。



 だが彼は知らなかった。

 その力技という方法がどれだけ難しいかということを。

 相手はまがいなりにも、戦いに秀でた冒険者を生業とする者たちだ。



 その鍛えられた肉体は高い身体能力を持ち、魔物を打倒できるほどの実力を持っている。

 そんな人間をその細身の体で引きずり回し、あまつさえ投げ飛ばすという行為がどれだけ常軌を逸したものなのか、彼はそれに気づいていない。



 それが証拠に、先ほど投げ飛ばされた二人は彼の異常さに気付き、二度とその宿に近づくことはなかった。



「ぽー」


「む、ペロットちゃん? どうかしました?」


「ほぇ、はっ、いっいえなんでもない、ないですよ。ははっ、あはははは……」


「そうですか……じゃあ手が空いたらお湯の準備お願いしますね?」


「は、はい。了解しましたー!」



 そう言って部屋に戻っていくルークの背中をペロットは惚けながら見送るしかなかった。

 先ほどの彼女の態度はなんだったのかという彼の問いに正直に答えるわけにはいかなかったからだ。

 “あなたの姿に見惚れていた”などという恥ずかしい答えなど、言えるわけがない。



 頬を赤く染めながら、高鳴る鼓動を抑えるため「ふう」と一息つくと、彼の要望であるお湯を準備するためペロットは動き出した。



 その後、彼女からお湯の入ったたらいを受け取った僕は、適度に体を拭き汚れを落とすと、たらいを返却した。

 たらいを返却しに行ったときに、ペロットがまたぼーっとした態度を取っていたが、仕事で疲れているのだろうと判断しそのまま「おやすみ」とだけ挨拶すると邪魔にならないようその場を後にした。



 部屋に戻った僕は装備を外し、寝る準備を済ませるとそのままベッドに体を預け眠りについた。

 なんとか宿を見つける事が出来てよかったが、今後の活動方針がまだ決まっていない。

 それをどうするべきかと目を閉じながら考えているうち、気付けば僕の意識は眠りへと誘われていったのだった。

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