6話
クリストファーさんの尋問に近い問いかけに若干引きながらも僕は簡潔に説明した。
あれは今から半年前くらいの出来事で、とあるモンスターを討伐するクエストを受けていた時の事だった。
目的地に向かっている途中で日が傾き始めたため、安全な場所で野営することにしたのだ。
いつものように火を起こすための薪を拾っていた時にそいつは現れた。
「うん? ……赤いスライム?」
茂みの奥でカサコソと音がしたため、ゆっくりと音の正体を確かめるため覗き込むと、そこには二メートルくらいの赤い色のスライムがいた。
こちらには気付いていないようで、何かその場で踊っているかのような一定の動きをしながらその場に佇んでいた。
「……邪魔だね」
早く薪を拾っていきたかった僕は、奇襲をする形でスライムに接近しそのまま思い切り蹴りをお見舞いする。
すると赤いゲル状の体が弾け飛び、残ったのは直径三センチくらいの丸い石だけだった。
「で、その石があまりに綺麗だったので、持ち帰って首飾りにしちゃいました」
「「……」」
僕が一通り経緯を説明したのだが、カリファーさんもクリストファーさんも固まって呆然とこちらを見つめるだけだった。
何か変な事でも言ったのだろうかと僕が考えていると、クリストファーさんが確認するかのようにカリファーさんに尋ねる。
「マーブルスライムで間違いないようじゃな?」
「はい、間違いありませんね……」
「マ、マーブルスライム?」
二人の言っているモンスターの名前が分からず困惑していると、クリストファーさんがため息交じりに説明してくれた。
「よいか、マーブルスライムというのはその名の通りスライム種に属するモンスターなのじゃが、通常のスライムとは違い希少で滅多にお目に掛かれん。しかも好戦的でモンスターとしての強さも凶悪の一言に尽きるのじゃ。諸々の事情からランクとしてはSランクに該当する超希少モンスターなんじゃ!」
「は、はあ」
まくし立てるように早口で説明されたためか、それとも彼の言っている内容が理解できなかったのか、この際どちらでも構わないが、とにかく物凄いスライムということは伝わってきた。
「そのマーブルスライムから入手できる【マーブルスライムの核】は長年に渡って国の研究機関が喉から手が出るほど欲している素材なんじゃが、モンスター自体の強さと出会える確率が極端に低いとされていることから、もはや伝説級のアイテムと言われているほどじゃ。わしも数百年と生きてきたが、実物を見るのはこれが初めてじゃわい!!」
そう言いながら目をキラキラさせて僕の首飾りを舐めるように観察している。
放っておいたら頬ずりまでしそうだったので、僕はクリストファーさんから首飾りを取り返すと、再び首に付け直した。
「はっ、な、なにをするんじゃ!?」
「もういいじゃないですか。十分楽しんだでしょ」
「そうはいかん、先ほどの説明でそれがどれだけ貴重なものか分かったじゃろ? そういう訳じゃからそのアイテムはギルドが買い取らせてもらう」
「嫌ですよ。それだけ貴重ならもう手に入らないかもしれないじゃないですか!?」
「口答えは許さん! 何もタダで寄こせとは言うておらんのじゃ、白金貨十枚でどうじゃ?」
「ぶふっー」
彼の提示した買い取り金額に思わず吹き出してしまった。
それもそのはず、この世界の貨幣価値で言えば平民が一月生活していくのに必要な金額は銀貨十枚から二十枚と言われている。
白金貨十枚とは銀貨で換算すると十万枚相当になる。一月の生活費を銀貨十枚として計算すると、平民の生活費約二十七年分になるのだ。
「なななんですか、そのとんでもない金額は!?」
「ルーク君の持つマーブルスライムの核にそれだけの価値があるという事じゃ、白金貨十枚が不足なら二十枚でも構わんぞ?」
「二倍になったよ!?」
……白金貨二十枚って、平民の生活費約五十四年分じゃないか!?
この世界の寿命はかなり低く、長い人でも七十年生きられればいい方と言われている。
しかもその七十年生きられる人間のほとんどは、生活に不自由していない貴族や王族だ。
平民だと生きられる年数が落ち、五十年に届くかどうかといった所だ。
つまり、クリストファーさんが提示した金額は平民が生活してく中で必要な一生分の生活費に相当していた。
「うむ、二倍が不満という事か? なら三倍の三十――むぐっ」
「もももういいです! 二十枚で結構ですから!!」
三十枚と言いかけた口を寸でのところで抑え込み、何とか買い取り金額を白金貨二十枚ということで決着した。
さすがにそれだけの大金を用意するのには時間がかかるらしくお金の受け渡しは後日という事になった。
本当なら売りたくはないのだが、自分が趣味で持っているよりも役に立つ場所で使えばその方がこの石も本望だろうと考えたからだ。
だがそれとは別に、この石がそれだけの価値があるなら、持っているのが逆に怖くなってしまう。
「あの、お金は後で結構ですので、これ預かっててもらえませんか? 流石に持ってるのが怖くなりましたよ」
「うむ、そうじゃな、その方が安全で良いかもしれんな。ではその石は、ギルドが責任を持って預かろう」
クリストファーさんが自信ありげに胸を張って答えたのを見届けた後、彼に付け直した首飾りを再び外し渡した。
これで首飾りに関しては決着がついたので、先ほどの話に話題を戻すことにした。
「首飾りの件で話が逸れましたが、僕は今後もSランク冒険者として活動するということでいいんでしょうか?」
「ああ構わんよ。首飾りの件が無かったとしても、それだけの基準は満たしているとわしは判断する」
「あ、ありがとうございます」
「いやいや、むしろ礼を言うのはこちらじゃよ。これだけのアイテムを手に入れてくれたのじゃからな、これで国の研究は大きく動くじゃろう」
こうしてパーティーを追い出された後で、初めて挑戦したクエストを成功させそのままSランク冒険者として残ることになった僕だけど。
果たしてこれからうまくやっていけるんだろうか?
余談だが、ギルドが僕から買い取ったマーブルスライムの核は国の研究機関に送られ、それをもとに新たな機構が誕生することになるのだが、今のルークにそれを知る術はないし、それはまた別の話なので割愛させてもらう。
クリストファーとカリファーに挨拶をした後、ルークはギルドを後にした。
なんだか目まぐるしい内容の濃い日々だったが、これでひと段落したのでゆっくり過ごしたいと考えた彼だったが、肝心なことを失念していることに気付く。
「あっ、そう言えばプリマベスタで拠点にする宿屋まだ決めてなかったっけ?」
かつて所属していたパーティーが宿泊する宿はSランク冒険者パーティーとあってかなり宿賃が高額なものだ。
まあかつてと言ってもついこの間の事なのだが、細かいことはこの際どうでもいいだろう。
ギルドマスターであるクリストファーさんの判断で、Sランク冒険者として残留することにはなったものの、同じ宿に泊まるのはさすがに遠慮したい。
顔を合わせるのは気まずいし、お互いもう別の道を進むと決めたんだ、これ以上の接触は無意味なものだろう。
「よし、そうと決まれば宿探しだ」
このプリマベスタという都市には都市というだけあって数多くの宿が建ち並んでいる。
ちなみに説明するとこのプリマベスタという都市は主に5つの区画に整理されており、各区画には主要となる施設が立ち並んでいる。
名称は商業区、娯楽区、公共施設区、富裕区、貧困区、この5つだ。
今回の目当ての宿があるのはプリマベスタを上空から見て西側にある区画である商業区だ。
この西側というのは当然だが、この都市の入り口を南側とした場合のものだと追記しておく。
石畳で敷き詰められた舗装された大通りをゆっくりと歩いていく。
大通りの道幅は馬車二台が余裕ですれ違えるほどの幅があり、大通りという名が相応しいほどに幅が広い。
今も二台の馬車がすれ違って行ったが、ぶつかることはなかった。
しばらく歩いていくと、商業区に到着し、店先に看板を出している建物が見えてくる。
大概が剣だったり盾だったり、回復薬である小瓶などなど、主に取り扱っている商品が描かれている。
僕はその中でベッドの絵が描かれた看板を出している店に入っていった。
「こんにちわー、一人部屋なんですけど空いてますか?」
入ってすぐにある受付には妙齢の女性が椅子に座っており、僕の姿を見るなり困り顔で答えた。
「いらっしゃいませー。お客様、大変申し訳ございませんが、一人部屋は満室でございまして……」
「ああ、そうですか、わかりました」
僕は彼女にお礼を言うとそのまますぐに宿を後にした。
まあ、宿屋なんていくらでもあるんだ、しらみ潰しにしていけばいつか見つかるさ。
「……」
……と思っていた時期が僕にもありました。
あれからベッドの看板を掲げた店に入ること二十九軒、未だに泊まる宿屋が見つかっていない。
大概が満室なのだが、ここはやめた方がいいのではというようないわく付きの雰囲気を持った宿もあり、なかなかこれという宿がなかったのだ。
何を贅沢な事を言っているんだ、宿なんて泊まれればそれでいいじゃないかと思うだろうが、そうもいかないのだ。
汗水たらして働き疲れて帰ってきた身体を癒す場所は、僕にとって何よりも重要な場所なのだ。
「こればっかりは、譲れないのだよ」
誰に話しかけるわけでもなく、そう独り言ちると次なる宿を目指して歩き始めた。
その後も宿を探し続けるものの、目ぼしい宿はなくとうとう商業区の端の端まで来てしまった。
「ここまでくると流石に宿はないかな……おや?」
区画の端までやってきたためもうこの先に宿はないと思い踵を返そうとしたところ、とある一軒の建物を見つけた。
そこはどうやら新築の宿のようで、大通りから少し外れているため立地が悪く、客の目に付きにくい場所に建てられていた。
「……ダメもとで行ってみるか」
たまたま見つけることができたのも何かの縁と思い、僕はその宿屋に向かって歩き始めた。