5話
レイブンフォールの街からプリマベスタへ戻ったのは荷物の受け渡しが完了してから四日後のことだった。
荷物を運んでいる時よりも運んでいない時の方に時間が掛かっているのは、急ぎの仕事もなくマイペースに帰ってきたからだ。
それでも徒歩で四日というのは異常な早さではあったが、そんな細かいことを気にするほど僕は繊細ではなかった。
プリマベスタに戻ってくる道すがらも、行きと同じように変な出来事が色々と起こったが、気にせずにそのまま歩を進めて行った。
そして、街に帰還した僕はその足でカリファーさんにクエスト完了の旨を伝えるため冒険者ギルドへと向かった。
すぐさま受付をしていた彼女を見つけるとクエストが完了したことを告げる。
「えっ、もう終わったんですか? まだ七日しか経ってませんよ。通常なら十日は掛かると思っていたのですが……」
「本当ですよ、何なら確認してみてください。はい、ギルドカード」
怪訝な視線を向けてくるカリファーさんに対し、僕は自身のギルドカードを提示する。
ギルドカードは冒険者の身分を保証する役割の他に、現在受注しているクエストとそのクエスト受注中に達成した功績などが事細かに記載される。
この内容は魔術により記載されるため、個人情報と同じく改竄などの不正行為ができない。
だからこそ僕がきっちりクエストをこなしてきた動かぬ証拠となるのだ。
ちなみに功績の例としては、特定のモンスターを討伐したり、盗賊などを撃退したり、困っている人を助けたりなどその内容も多種多様である。
もちろんその逆の内容で、犯罪を犯したり、人に迷惑を掛けたりすればクエストの達成度にも大きく影響する。
特に今回受けたクエストは、僕の個人ランクを査定するための試験みたいな役割も持っているため、殊更クエストの達成度が重要となってくる。
僕からギルドカードを受け取ったカリファーさんはクエストの詳細が記載されている部分に目を通していく。
伏し目がちの彼女の顔は少女としての幼さも残しつつ、大人の女性としての魅力もあり、とても魅力的だ。
彼女に悟られないよう僕が見惚れていると、驚愕を含んだ信じられないといった声を上げる。
「確かに荷物の受け渡しが四日前に完了していますね……信じられませんがギルドカードの内容は誰も弄れませんからね。ですが本当に信じられない。僅か七日でここプリマベスタとレイブンフォールを徒歩で往復するなんて……」
「できるだけ急いでくれって言われましたので」
「それはそうですが、ここまで早く終わらせる……なん、て……」
「……? カリファーさん、どうしました?」
ギルドカードに目を落としながら僕と会話していた彼女の言葉が、途切れ途切れになるのを不審に思ったため問いかけると、ギルドカードを握っていた彼女の手に力が籠っていくのが見て取れた。
それに伴い彼女の持つギルドカードがカタカタという効果音が出そうなくらい震えている。
まあ実際震えているのは彼女の手だったりするんだけど……。
そう思っていると、彼女がギルドカードに視線を釘付けにした状態で恐る恐る僕に問いかけてくる。
「ルークさん? ちなみにですが、クエスト中に何か功績は達成されましたか?」
「いえ、荷物を運ぶ事しかやっていないはずですが?」
「ではこれは一体なんなんですかっ!?」
彼女には珍しく取り乱した様子で、ギルドカードをこちらに突きつけて見せてくる。
そう言えば、ギルドカードのクエスト情報が書かれた内容を見ていなかったと思い至った僕は、そこで初めて今回のクエスト情報が記載されているギルドカードを見た。
名前:ルーク
年齢:19
ギルドカード発行都市:プリマベスタ
現在のランク:S
最高到達ランク:S
現在受注のクエスト:ギルドの荷物運搬クエスト
功績:モンスター討伐数:50匹、盗賊撃退数:5人
モンスター討伐の内訳:スライム26匹、ゴブリン13匹、レッサーウルフ11匹
撃退した盗賊の強さの内訳:Cランク4人、Bランク1人
クエスト達成率:Sランク
推定評価ランク:Sランク
「ふぇっ、な、なんですかこれ?」
「それはこちらが聞きたいですよっ! 一体どんな手品を使ったんですか!?」
……いや、手品と言われてもただ荷物を運んで戻ってきただけなんだけどな。
ああ、そう言えば行きと帰りでなんか変なものを踏みつけたり、迫ってきた影があったから手で追い払った記憶があるな。
今思えば、誰かに声を掛けられた記憶もあるようなないような……。
僕はカリファーさんにクエストで起きた出来事を事細かに説明した。
だた、自分でも記憶があいまいな部分もあったため、具体的な説明ができなかったのだが、それでもなんとなく僕がクエスト中に起きた出来事は理解できたみたいだ。
「恐らくですが、その踏みつけたという変なものがスライムで、迫ってきた影がゴブリンとレッサーウルフだったのでしょう。誰かに声を掛けられたということですので、予想するにそれが盗賊だったのでは?」
「あまり覚えていませんので何とも言えませんが、ギルドカードの内容が正しいのであるなら、僕としてもそうなのかなとしか言えませんね……」
何か一つの事に集中すると、周りが見えなくなってしまうというのは子どもの頃からの僕の悪い癖だ。
よく田舎で畑仕事や重い農具や荷物を運んでいる時は意識を集中してしまって、家族に呼びかけられた時には日が暮れていたなんてことがよくあった。
ご飯を食べるのも忘れて作業していたため、よく夕方のご飯が美味しいと感じてしまうことが度々あり、家族に心配されたっけ。
今回の一件もそれが原因で起こったのではいかと僕は結論付けた。
だが家族に心配されるのとは別の問題が出てくるわけで……。
「あの、カリファーさん? 僕の評価はどうなるのでしょうか?」
先ほども説明した通り、今回のクエストはパーティーから脱退した僕の今後のランクを査定するためのクエストだった。
そして、今回のクエストの結果によって今後の僕の冒険者としての個人ランクが決定する。
「そうですねぇ……」
カリファーさんもそれが分かっているため、今回のクエストの結果を見てもどうすればよいのか決めあぐねていた。
だからこそ彼女が取る行動はギルド職員としては至極真っ当なものだった。
「こういうケースは稀ですので、一職員である私の一存で決定するには些か事が大きすぎます。ですのでルークさん、大変申し訳ないのですが、今からギルドマスターにお会いしていただいて事情を説明し、今回の結果を踏まえてギルドマスターの判断を仰ぎたいのですが、よろしいでしょうか?」
これはギルドに務める職員の対応としてはこれ以上ないほどに適切なものだ。
僕が持っているギルド職員としての彼女の評価は優秀と言って差し支えないほどのものだ。
だからと言って、全てのギルドの業務における決定権が彼女にあるかと言われれば、その答えは否だ。
だからこそ、このギルドの全権を持つ立場にあるギルドマスターに今回の事案を決めてもらおうということなのだろう。
こちらとしても、彼女の判断は正しいと理解しているので、僕は彼女の提案に同意した。
彼女に連れて来られた場所はギルドマスターが日々の実務をこなす場所である部屋だった。
部屋の入り口から見た左右の壁にはガラス張りの棚や、小難しいことが見て取れる本がぎっちりと詰め込まれた本棚が設置されている。
向かって正面には、木製の古びたワークデスクがどっしりと居を構え、見るだけでうんざりするほどの山積みにされた羊皮紙や書類が机上を占拠していた。
「ほっほ、カリファーくん、一体どうしたのかね? 君がここに来るのは珍しいのぅ」
「ギルドマスター、実はこちらにいるルークさんのことなのですが……」
彼女がギルドマスターと呼んだ人物は好々爺然とした老齢の男性だった。
魔法使いが被りそうなつばのないとんがり帽子を被り、服装自体も薄青色のローブを身に纏っている。
白髪の髭を口元に蓄えてはいるものの、背丈が1メートルあるかないかという小さいものであるため、どことなく子供っぽいという印象を受けてしまう。
それも納得のいくことだと僕は思った。
なぜなら彼の種族はレプラコーンと呼ばれる小人族だったからだ。
レプラコーンは同じ小人族に分類されるドワーフとは異なり、主に魔法に秀でた種族であるため、彼が魔法使いの恰好をしてるのはなにもおかしなことではなかったのだ。
今回彼女がこの部屋を訪れた用向きを一通り説明し、僕のギルドカードに記載された内容も見せた上で事のあらましを彼に伝える。
ギルドマスターである彼も最初は彼女の話を聞いているうちは半信半疑といった様子だったが、ギルドカードの内容を把握すると彼女の言葉が正しい事を理解した。
「それでわしの判断を仰ぎに来たという訳じゃな」
「はい、それでギルドマスター、今回の件、いかがいたしましょうか?」
「ふむ、その前に彼に自己紹介せねばなるまいな……ルーク君、初めまして、わしはこのギルドでギルドマスターをやっとるクリストファーじゃ、よろしくのぅ」
そう言うと、僕の足元までやってきた彼が子供ほどの小さな手を差し出してきて握手を求めてきた。
それに答える形で彼の手を握り、握手を交わしながらこちらも自己紹介する。
「は、初めまして、冒険者をやってます。ルークと申します、こちらこそよろしくお願いします」
「ほっほ、そう緊張せでも大丈夫じゃよ、ギルドマスターといってもこういうイレギュラーが起きた時の対応係みたいなもんじゃからのぅ」
「は、はぁ……」
そう曖昧な返事をした僕の言葉を愛くるしいという言葉が似合う微笑みを浮かべ、蓄えた髭を撫でながら今回の一件について語り始めた。
「さてさて、今回のルーク君のクエストの結果じゃが、このままSランクに籍を置いてもらうことで問題ない」
「いいんですか、僕なんてただの荷物持ちですよ?」
「ほっほ、カリファーからも聞かされたと思うが、ギルドカードに書かれておる内容は誰も偽ることはできん。つまりこのカードに書かれている内容が紛れもない事実だということじゃ。その結果を見ればルーク君がSランクに籍を置くことに問題はない、それはギルドマスターであるわしが保証しよう」
ギルドマスターである彼の承認を得たことで、自分がSランク冒険者として続けられるのはいいのだが、それはそれで別の問題がまた出てきてしまう。
「あの、僕は元々荷物持ちしかやってきていないので、いきなりモンスター討伐とかはできないんですけど、大丈夫なのでしょうか?」
「問題ないよ、Sランクと言っても様々なタイプの冒険者がおるでな、気にせずともよい……むっ、ところでお主その首から下げている首飾りはなんじゃ?」
途中で気付いたのだろうか、クリストファーさんが僕の首元に下げられていた装飾品の首飾りに興味をもったらしい。
僕はそれを首から外し、彼に手渡した。
「綺麗な石でしょ? いつだったか、仲間と一緒に遠征に行ったときに出てきた赤いスライムを倒したら出てきたんです」
「なにぃぃぃい、赤いスライムじゃと!!?」
僕の言葉を聞いた途端に急に態度を変えるクリストファーさん、僕の腰に両手で掴みかかると、前後に揺らしながら詰め寄ってきた。
「それは何時の事じゃ!? どこで出会ったのじゃ!? 早く話さんか!!」
僕は何か嫌な予感を感じながらも彼の剣幕に押されるように首飾りを手に入れたいきさつを話し始めた。