4話
プリマベスタの街から出発して三日目の昼頃に今回の目的地であるレイブンフォールに到着する。
街の入り口に立つ門番に身分証明であるギルドカードを提示し、何事もなく街に入った。
街並みはプリマベスタと何ら変わりがない様相だが、川沿いの都市とあってか噴水が多く設置されているのが目につく。
行き交う人の往来の規模も同様で本当にここがプリマベスタとは別の街なのだろうかという疑問すら浮かぶ。
「とりあえず、まずはギルドに向かわないとな」
そう独り言ちると僕は今回のクエストを遂行すべく、足早にレイブンフォールの冒険者ギルドへと向かった。
観音開きのスイングドアを抜けた先には、いつもの光景が広がっている。
冒険者たちがクエストボードとにらめっこをしながら「ウンウン」と呻っていたり、丸テーブルと椅子が設置された場所では冒険者たちが受注したクエストを攻略する作戦会議を開いたりしている様子が目に飛び込んでくる。
そんな光景を横目にしながら受付カウンターに向かっていると、突然声を掛けられた。
「こりゃあ、珍しい奴が来たもんだ。アンタ最近Sランクに上がった冒険者パーティーの荷物持ち様じゃねえか。他のメンバーはどうしたんだ? 役に立たなくて見捨てられちまったか、あぁ?」
声を掛けてきたのは見るからにガラの悪い四人組で、よく弱い立場の人間である冒険者になりたての駆け出しや、自分たちよりランクの低い冒険者にちょっかいを出している連中だった。
その見た目もガラが悪いと一目でわかる目つきをしており、冒険者というより盗賊と言われた方がまだ納得できるほどだ。
聞いた話ではどうやら元々盗賊を生業としていたが、どこぞの冒険者に一網打尽にされ捕まり、犯罪奴隷として奴隷になるか多額の罰金を支払うかの二択を迫られ、仕方なく冒険者として生活しているらしい。
装備している武器や防具もよく盗賊が好んで装備しそうなものばかりだ。
かく言う今話しかけてきた男も、ズボンの上によくわからない魔物の毛皮を腰に巻き、同じ魔物の毛で作られたであろうベストのような上着を裸の上半身に着こんでいる。
「まぁそんなところです。ですからこうして僕一人でも受けられるクエストを受けてここに来た訳です」
「ははっ、おい聞いたか? こいつとうとう自分のパーティーを追い出されちまったってよっ! こりゃあいい傑作だっ」
煽ってくる冒険者に呼応するかのように仲間の冒険者も嘲笑を含んだ下卑た笑い声を上げる。
こんな奴らにこれ以上付き合っている暇はないためそのままギルドの受付カウンターに行こうとするが。
「待ちな、前々からおめぇの事は気に食わなかったんだ。ただの荷物持ちの分際でデカい顔しやがって、今までの溜まった鬱憤ここで晴らさせてもらうぜ」
そう宣言した男は僕の胸倉を掴むと、僕の顔目掛け拳を振るった。
倒れこそしなかったが、少なからず顔に衝撃と痛みが走る。
当たり所が少々悪かったのか、唇を切ってしまいその傷から血が滴り落ちる。
「…………」
「てめぇ、なんだその顔は!」
僕が無言で彼を睨みつけると、その顔がお気に召さなかったようで、唾を飛ばしながら怒鳴り散らす。
さらに腹にもう一発拳を受け、膝が揺れ倒れそうになるがなんとかそれを押し止める。
今の僕はギルドの荷物を背負っている形になるので倒れるわけにはいかない。
苦痛に顔を歪めると、今度はお気に召したようで声を上げて嘲り笑う。
「はははは、どうしたどうした。別に反撃してきてもいいだぜ?」
「くっ……」
反撃したいのはこちらとしてもやまやまだが、彼は僕がそれをできないことを知っている。
幾ら元高ランク冒険者パーティーに所属していたとて、荷物持ちは所詮荷物持ちだ。
魔物との戦いに慣れている彼ら純粋な冒険者と違い戦闘能力はほぼ皆無と言っていい。
そんな人間が戦う術を持たないことは想像に難くなく、だからこそ相手は反撃して来いと煽っているのだ。
こちらが反撃できないのをいいことにさらにもう一発蹴りを脇腹に入れてくる。
拳とは比べ物にならないほどの衝撃が身体に響き渡り、さすがに立っていられず、両膝と両手を付いて荷物を庇う。
男がさらに僕の髪を掴もうと、手を伸ばしてきた時、その手を掴み上げる何者かかが現れた。
「それぐらいにしてもらおうか」
「ぐっ、だ、誰だ!?」
男が誰何の声を上げ、視線を向けるとそこにいたのは一人の女性冒険者の姿だった。
彼女の名はナディア、赤い短く切り揃えられた短髪という表現が適当なショートカットに緑がかった綺麗な瞳を持つ女性だ。
年の頃は二十代前半で、動きやすさを重視した革製の軽鎧は所々鉄のプレートで補強されているものの、女として自己を主張する二つの双丘とくびれた腰、さらには安産型のふっくらとした臀部は彼女の女性としての魅力を十二分に放っていた。
「それ以上彼に手を出すなら、このわたしが相手になるが、どうする?」
「て、てめぇは!?」
「…………」
男が声を張り上げるも、言葉を発することなく彼女は目を細めることで相手を威圧する。
そして、男から手を離し腰を落とすと自分の得物である剣の柄を握り、先ほどの比ではないほどの威圧を込めて警告する。
「どうやら、まだ反省の色が足りないようだな。せっかく冒険者として生きるチャンスを与えられたというのに。これ以上ここで狼藉を働くというなら、いっその事……全員死んどくか?」
「ひっ……」
その殺気とも言うべき威圧は、今まで強気でいた彼らを圧倒するには十分すぎるものであり、中には股間を湿らせている者がいるほどだ。
「じょっ冗談じゃねえ、まだ死にたかねえよ。お、おいてめぇら、い、行くぞ!!」
分が悪いと感じた男はそそくさと逃げるようにその場を後にした。
少し離れたところで男は舌打ちをしたが、それが僕と彼女の耳に届くことはなかったのだった。
「だ、大丈夫かっ、ル、ルーク君!? 大変だ血が出てるじゃないかっ! これで手当てをっ」
そう言いながら革の鎧の下に着こんでいたシャツの袖をビリっと千切りその切れ端を渡してきた。
貴族のようにハンカチという小奇麗な布を持たない冒険者にとって、自分が着ている服は時にハンカチ代わりにすることがある。
だがそれは飽くまでも長い間着古してもう着ることができなくなった服か、突発的な事故に巻き込まれ怪我をしたときの応急処置として使用する場合などだ。
「あっありがとうございます、ナディアさん。ですけどその服まだ着られたんじゃ?」
「わたしの服などどうでもいいっ、君が怪我をしていることがわたしにとっては耐えがたいのだっ!」
「そ、そうですか……じゃあ有難く使わせていただきます……」
せっかく彼女がまだ着られた服を潰してまで渡してきたんだ、ここで断ったら流石に失礼になる。
彼女の厚意を素直に受け、僕は切れ端を受け取ると口から垂れた血を拭った。
渡された服の切れ端は、洗濯している時に何か香りを付けるようなものを使用ているのか、それともナディアさんの体臭がそうなのかは窺い知れないが、香しいいい匂いだった。
垂れた血を拭うと、使用した切れ端を有無を言わさずナディアさんは奪い取り、腰に下げていたポーチへとしまい込んだ。
ハンカチ代わりとはいえ、やはり自分が着ていたものを渡すのは抵抗があったのかもしれない。
そう思い、僕はフォローの意味も込めてナディアさんに言い放った。
「その服いい匂いがしますね、ナディアさんのその匂い、僕は好きですよ」
「っ!? は、はぅー!」
「えっ? ナ、ナディアさん、どうかしました?」
「……い、今のはいい破壊力だった。なかなかやるじゃないか、流石はルーク君だ」
「は、はぁ……」
どうやらフォローの意味を込めた言葉は間違いではなかったらしい、喜んでもらえて何よりだが、なぜかナディアさんの息が荒く顔が赤くなっているのが気になった。
「こ、こほん、と、ところで、ル、ルーク君? きょ、今日は一人だが他のメンバーは?」
「あぁ……その、実は……」
僕はここに一人でいる経緯を話した。
最初は普通に聞いていたナディアさんだったが後半になるにつれその顔が憤怒の顔に変わっていくのがわかった。
「というわけで、僕はパーティーを追い出されちゃいました」
「な、なんだそれは!? いくらSランクになったからって、そんなのあんまりにも酷すぎるっ! それじゃあルーク君が物みたいじゃないか!!」
「でも仕方ないですよ。僕は荷物持ち以外何も取り柄がないですから……」
そう言って僕は苦笑いを浮かべる。
おっと、ナディアさんと話すのはいいけど、早くクエストを終わらせなくっちゃいけないな。
「な、ならっ、わた、わたしのパーティーで荷物持ちをやらな――」
「すみませんナディアさん、クエストを終わらせなければならないので、これで失礼します。今回は助けていただいてありがとうございました、ではまた」
「うぇっ!? あ、ちょ、ちょっと、ル、ルーク君?」
ナディアさんが何か言いたげな声を上げていたが、今は優先すべきクエストがあるので今度会った時でも話を聞くことにしよう。
そう思い僕は受付カウンターへと足を向けた。
受付カウンターに到着した僕は背中に背負った大きめのリュックサックをカウンターに置いて用件を伝える。
「プリマベスタの冒険者ギルドからお届け物です。こちらギルドからこちらのギルドへの書簡です」
「いらっしゃいませ、確認いたしますので少々お待ちください」
十代中頃と思しき少女が僕から受け取った書簡を確認し、一つ頷く。
「確認いたしました。これであなたの受注したクエストは完了となります。あとはこちらの書類をプリマベスタの冒険者ギルドに持ってゆけば、報酬金が支払われますのでよろしくお願いします」
「わかりました。ありがとうございます」
事務的な言葉を交わした僕は彼女から書類を受け取るとそのまま冒険者ギルドをあとにする。
そのまま街の露店や市場でプリマベスタに戻るための物資を調達すると、その日のうちにプリマベスタに向け出発した。