3話
冒険者ギルドを後にした僕は現在メインとなる大通りを避け、裏路地を小走りに駆ける。
なぜ大通りを通らないのか、それにはちゃんとした訳があった。
一つはこの裏路地から昨晩泊まった宿屋へまでは、大通りを抜けるよりも近道だという事。そして、もう一つが今朝追い出されたパーティー……元パーティーメンバーと鉢合わせしないようにとの考えからだ。
大通りと比べて、馬車一台が辛うじて通れるほどの狭めの道幅をした裏路地を走っていたのだが、こういう時に限って会いたくない人間と出会ってしまうものなのだと改めて思わされた。
「ル、ルーク……」
「……」
僕の姿を見咎めたかつての仲間の一人、リーダー格の男性剣士が僕の名を呼んだ。
だが、一度追い出されてしまった僕がどういう顔をして彼らと向き合えばいいのか、その方法が思いつかなかったため、そのまま彼らに目もくれずかつての仲間の横を走り抜ける。
すれ違う時、女性神官が僕に声を掛けようとしたが、女性魔法使いがそれを止める声が耳に届く。
「下手な同情はアイツのためにならないわ、行きましょ」
「でも……」
「それに、何か荷物を運んでいる様だったし、アイツはアイツで新しい仕事を始めてるようだから大丈夫だと思うわよ」
彼女の言い分は最もな話だし、理解もできる。だからこそ僕は彼らに一瞥もくれず走り去ったのだ。
後半部分の女性魔法使いの言葉は僕には聞こえなかったが、今は新しい仕事を優先するため、少し駆け足で宿屋へと向かった。
今朝自分の足で出て行った宿に再び戻った僕は受付の女性に説明し、預かってくれていた自分の荷物を受け取る。
荷物と言ってもくたびれた少し小さめのリュックサックの中に、着替えが数着と保存食が少々といった程度のものだ。
基本的に僕が運んでいた荷物の大半は仲間のもので、案外自分の所持品は少なかったりする。
荷物の受け取りが済むと、女性にお礼を言って宿を出ていく。
そのまま大通りに向かい、町の外に出るため都市の出入り口である大門へと足を進める。
その道すがら露店や店を回り、不足している旅の物資を補充しながら門へとたどり着く。
プリマベスタ唯一の出入り口である大門は、高さ4メートルほどの大きな門構えをした頑丈な木を組み上げて作らており、ちょっとやそっとの攻撃ではビクともしない造りをしている。
かつて都市周辺の魔物が異常発生した時、その魔物の一部が都市へと侵攻してきたが、この大門があったお陰で魔物が街へ侵入するという最悪の事態は免れたと聞いている。
門の両脇には衛兵が二人並んでおり、街の入出に際しちょっとした質疑応答のようなものがある。
門の前にはそこそこの人数が並んでおり、他の街に向け出発する馬車に乗った行商人や、クエストに出かける冒険者など様々な業種の人間が並んでいる。
例に漏れず僕も都市を出ていく人たちの列に並んで順番が来るのを待つ。
二十分ほど経った頃にようやく自分の番が回ってきた。
衛兵は使い古しているのが見て取れる年季が入った革の鎧に、これまた骨董品と言われても信じてしまいそうな剣を腰に下げており、衛兵として必要最低限の装備をしていることが窺えた。
「次はお前だ。身分証を提示しろ」
「これでいいですか?」
そう言うと僕はギルドカードを提示する。
衛兵はそれを受け取ると、記載された情報を確認しいくつかの質問をしてきた。
「街を出る用向きは何だ?」
「ギルドの依頼で、ここから南東にある都市、レイブンフォールのギルドに荷物を届けるクエストを遂行するためです」
「ほう、それはご苦労な事だ。……うむ、了解した、通っていいぞ」
「ありがとうございます」
どうやら何事もなく通してくれるようでほっと胸を撫でおろす。
門の脇に設けられた、大門と同じ木材で作られた人一人が通れる扉が開く。
衛兵が「あそこから通ってくれ」と親指で指し示したので、そこに向かって歩き出した時。
「おい、待て」
一瞬何か不手際があったのだろうかと、肩がビクッとなり肩越しに振り返る。
腰に手を当てながら、片目を瞑って衛兵が話し出した。
「レイブンフォールの街道はあまり巡回が進んでいなくてな、もしかしたら魔物や盗賊が出るかもしれん。そうなったときはクエストよりも自分の命を優先するんだぞ? 命あっての物種って言うしな」
「は、はいっ、ありがとうございます!」
どうやら僕の担当してくれた衛兵は世話焼きのようでそんなことを言ってくれた。
自分の身を心配してくれた事に嬉しさが込み上げてくる。
僕は衛兵に頭を下げてお礼を言うと、大門を潜り都市の外へと出た。
都市の外に出ると、しばらく真っ直ぐな道が続いているだけなので、そのまま軽く走りながら進む。
カリファーさんからは「できるだけ急いでください」と言われているので、時間を省けるところは少しでも省いておきたい。
ちなみに今回のクエストは、パーティーを抜けた僕個人のランクを査定する試験のような役割も持っているので、クエスト報酬は銀貨六枚とCランククエストにしては少し報酬額が少ない。
この世界の通貨は下から銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨、白金貨の七種類あり、銅貨十枚で大銅貨一枚、大銅貨十枚で銀貨一枚という具合に十枚ごとに貨幣の価値が上がっていくシステムとなっている。
一般的な平民が一月暮らしていくのに必要なお金は、銀貨十枚から二十枚の間となっており、それを加味すると今回のクエストの報酬金である銀貨六枚は、かなりの金額と言えなくもないが、同じCランクの討伐系のクエストは最低でも銀貨十五枚ほどになっている。
そのことから、今回のクエスト報酬が少ないという事が窺えるが、命の危険がある討伐系のクエストと、今回の荷物を届けるだけの運搬系のクエストを同じ金額にするというのもいかがなものかということも理解できるため、報酬金の額に関しては否やはない。
今回の目的地にレイブンフォールについてだが、ここから南東に馬車で四日から五日ほどの距離にある都市で、今回出発する都市プリマベスタとそれほど変わらない。
強いて言えば、都市の側を流れる河川の影響もあり、毎年雨期になると河川の氾濫が起こり水害に悩まされているといったくらいだ。
そういう意味では、プリマベスタの方が幾分住みやすいと言えなくもないのかな……。
しばらく体に負担が掛からない程度に走り続け、その道中で行商人の馬車を二、三台ほど抜いていった。
カリファーさんの言った通り、行商人の馬車は走行速度が遅いようで、小走りの僕でも追い抜いてしまうようだ。
その後、三方向に道が分かれている十字路のような地点にやってきたので一度足を止める。
設置されている看板にはそれぞれ行き着く都市の名が掛かれており、目的地であるレイブンフォールは真っ直ぐ進めばいいようだ。
何度か看板を確かめ、間違いがないことを確認すると、僕はレイブンフォールに続く道へと足を向けた。
ここからはほとんど一本道のようなものなので街道に従って進んで行けば迷う事はない。
「よし、ちょっと本気で走るか」
そう呟くと、僕は足に力を込め力強く地面を蹴って、走るスピードを上げた。
――ぷにゅっ。
そのまま走ることに集中し続けていると、何か柔らかいものを踏みつけた。
だが少しでも早く都市にたどり着くため、気にせず走り続ける。
――ギィィィィ……ギャハッ!
速度を落とすことなく走り続けていると、手に何か違和感のような感触が残っていることに気付く。
どうやら何かが僕の目の前に迫ってきたが、邪魔だったので手で追い払った時にその何かに手がぶつかった時の感触だった。
「うん? ……まぁ、いっか」
少し嫌な感触だったが、痛みも怪我をした様子もなかったのでさらに走り続けた。
これって、一体なんだろうか?
――ワオォォォン、……キャイン!!
さらにさらにひた走り続けると、今度は足元に何かがいたので、その何かを蹴り飛ばしてしまったようだ。
もっとも、それに気づいた時にはすでにかなりの距離を走っていたので、それが何かは確認できなかった。
一体全体、何が起こっているのやら……。
その後もただただ走り続けたが、妙な出来事が何度もあった。
休憩と昼食を兼ねた休息を取り、それ以外は無理のない程度に走り続けていたが、日が傾きかけて来ていたため、今日は大事を取って野営をする事にした。
ギルドで販売されている魔物除けの石を四メートル四方の正方形を形作るように角にに置く。
そうしておけば、よほどの魔物でない限りはその中に入ってくることはまずない。
都市を出発する前に、買い揃えておいた保存食を胃袋に押し込むと、そのまま寝る準備をする。
夜は冷えるため、たき火を燃やし続けておきたいところだが、夜に活発化する魔物の注意を引かないようにするため火を消し、寝袋に潜り込むとそのまま意識を手放す。
翌日、朝食を済ませ、野営した場所を片付け、再びレイブンフォールに向け、地面を蹴って走る。
道中行商人の馬車を何台か抜き去り、そのまま足を止めずに走り続けた。
――ようよう、兄ちゃん。命が欲しかったら、金目のもん置いていきやが――ずべらっ!
――あ、あにきぃ!? てんめぇ、あにきをよくもやってくれ――ちゃべらばっ!
相変わらず足を止めずに走っていると、誰かが声を掛けてきたような気がしたので、走りながら肩越しに振り返ってみたが誰もいなかった。
あの声の正体は一体何だったのだろう?
その後そこを通りかかった行商人の馬車が、草むらで大怪我をした二人組の盗賊を見かけたらしいのだが、何が原因でこうなったかまでは分からずじまいだった。
行商人が街の衛兵に連絡し盗賊は捕らえられたが、捕まった盗賊の口から呪文のように「兄ちゃん怖い、兄ちゃん怖い……」と呟いていたそうだ。
今日も同じように走ることだけに意識を集中していたが、昨日同様に何度か妙な事が起こった。
だが、今はクエストを遂行することが何よりも優先のため足を止めずに走る。
ただ走り、体を休めるという単純作業をひたすら続け、その甲斐もあって、行商人が馬車で四日から五日かかると言われた距離を三日で走破した。
それがどれだけ異常な早さだったのか、僕は後になって知ることとなる。