1話
「出ていけ、もうお前はこのパーティーに必要ない」
「え、そっそんな……」
宿屋の酒場で次の仕事の打ち合わせをしていた時、突如として言い渡された戦力外通告に戸惑いを隠せなかった。
僕の名前はルーク、今年で十九歳になるどこにでもいる男だ。
今どういう状況なのかと一言で説明するなら「四年もの間一緒に頑張ってきたパーティーを追い出されそうになっている」だ。
始まりは僕が十五歳の時にまで遡るが、田舎の村から出てきた僕は冒険者になるべく、冒険者ギルドに加入し同じ新人同士でパーティーを組んだ。
数多くのクエストをこなしあれよあれよという間にランクが上がり、気が付けば高ランク冒険者のパーティーとして周知されるようになっていた。
その頃からだろうか、パーティーメンバーから疎まれるようになったのは……。
というのも僕の主な役割は戦闘でもなければ仲間を治療する回復役でもなくただの荷物持ちだ。
元々僕は戦闘経験もなく温厚な性格だという事も相まって戦闘で何の役にも立たなかった。
田舎暮らしでよく重い物を運ぶ機会が多かったため力仕事には自信があり、自ら荷物持ちを買って出ていた。
最初の頃は「危険な旅で荷物を持ってくれる人間がいて助かる」と言ってくれていたが、パーティーのランクが上がっていくにつれ、襲ってくるモンスターも凶悪になりどうしても戦力が足りなくなってくる。
そうなってくるとただの荷物持ちをパーティーメンバーとして仲間にしておくわけにもいかず、「お前も戦ってくれ」と言われたが、大して役に立たなかった。
それでも何とか他のメンバーが奮闘し、最近になってようやくSランク冒険者パーティーに昇格できたのだ。
これからSランク冒険者として更なる高難度クエストに挑戦しようと思った矢先の戦力外通告であった。
「今までみんなで一緒に頑張ってきたじゃないか、Sランクになってこれからって時にどうしてっ!?」
「……」
掛ける言葉を選んでいるのか、顔を顰めながら黙り込んでいるリーダー格の男性剣士を見かねて魔法使いの女性と斧使いの男性がきっぱりと僕に言い放った。
「Sランクに上がったからこそただの荷物持ちだけじゃダメなの。荷物持ちがお荷物になったってわけよ」
「俺たちのようにとはいかないまでも、戦えるメンバーの方がいざという時にフォローに回らなくて済む。お前とは長い間やってきたが、ここから先は荷物持ちだけでは付いてこれないぞ」
「くっ……」
そして、最後のトドメとばかりに回復役を務める女性神官と索敵役の男性盗賊も同じく……。
「私や彼のように戦闘能力が低くてもサポート要員としての能力があればまだなんとかなったでしょうが、荷物持ちのあなたではこの先の戦いは生き残れないと思います」
「そうだぜ、別に俺らはお前のことが嫌いになったわけじゃないんだ。寧ろ長年やってきたからこそお前のために言ってるんだ」
“こんな僕でも役に立てることがある”最初はそう思って荷物持ちとして今まで頑張ってきた。
だがこれからは本当に危険な仕事をこなしていく事が分かっているからこそ彼らは真剣に言ってくれているのだろう。
(そっか……しょうがないよね……)
僕は肩の力を抜き嘆息すると、精一杯彼らにニコリと笑いかけながら今まで一緒にやってきてくれたことに感謝の言葉を述べる。
「わかった、今まで僕なんかと一緒にやってきてくれて本当にありがとう。それじゃ、さよなら……」
僕はそう言うとゆっくりとした足並みで宿屋を後にした。
ここから少し、この世界について話そうと思う。
世界には東西南北にそれぞれ存在する広大な大陸があって、それぞれ代表する種族が住んでいる。
東には身体能力に優れている獣人族が、西には大自然と共に生きるエルフ族が、北には活火山があり鍛冶や建築を得意とするドワーフ族が、そして残った南には我々人間族が住んでいた。
それぞれの種族は特に仲が悪いというわけではないが、必要最低限の交易が行われているだけで基本的にはお互いに不干渉を貫いている。
南の大陸東部に位置するここラトリア王国はここ数百年他国との戦争もなく、平穏な日々を送っていた。
そのラトリア王国南西部にある小さな都市【プリマベスタ】に僕はいた。
この都市はラトリア王国でも歴史深い都市で王国内で一番最初に冒険者ギルドが設立された都市として名が知られている。
宿から出てきた僕はあてもなくただ歩いていた。
気分は最悪と言っても過言ではない。今まで共に頑張ってきたパーティーを追い出されたのだ、何も感じないわけがない。
「はぁー、これからどうしようかな……」
力なくただトボトボと歩いていると、今までの習慣なのだろう無意識に足がギルドへと向かっていたようだ。
このまま何も考えずにいても仕方ないので、とりあえずはギルドの職員に相談してみようと思いギルドに入っていく。
まだ朝ということもあり、ギルドが発行しているクエストと呼ばれる依頼書が張られたクエストボードには、多くの冒険者が我先にとたむろしていた。
広々とした木造のギルドは二階建てで、一階に受付と冒険に必要なちょっとした雑貨が販売されている露店のようなスペースが設けられている。
二階は丸いテーブルと数脚の椅子がセットになった家具が十数組置かれている待合室のような場所となっており、同じパーティーメンバー同士が仕事の話をしたり、他のパーティーと合同でクエストを攻略する際の作戦会議を開く場に使われたりする。
二階には特に用はないのでそのまま一階の受付カウンターへと向かう。
カウンターには冒険者に仕事を斡旋するギルド職員と呼ばれるギルドに務める人間がおり、今後の方針やモンスターの弱点など冒険者として活動していく上で必要な情報などを提供してくれる。
「いらっしゃいませ、ようこそ冒険者ギルドへ……ってルークさんじゃないですか」
「あ、ああ、おはようございます。カリファーさん」
そう言って僕は目の前にいる女性ギルド職員に挨拶をする。
彼女の名前はカリファー、僕らのパーティーを担当してくれていたギルド職員で、僕たちが新人冒険者だった時に同じく新人職員だった人だ。
艶のある長い茶髪にルビーのような赤い瞳が特徴の落ち着いた雰囲気のある女性だ。
年の頃は僕と同じ十九歳だけど、その話をするとなぜか怒るんだよな……。
「お一人だけなんて珍しいですね、何かありましたか?」
「実は……」
僕は先ほどパーティーを追い出されてしまったことと、これからの身の振り方を相談するためにやってきたことを包み隠さず彼女に告げた。
彼女は黙ってそれを聞き届けると、短く息を吐き困った表情を顔に張り付けると。
「だからあれほど口を酸っぱくして言ってたじゃないですか、ただの荷物持ちだけだとそのうちパーティーから追い出されますよーって」
「うぅ……」
返す言葉がないとはまさにこのことだった。
彼女が僕たちのパーティーを担当し始めて二年が経過した時から僕に対して「荷物持ち以外の役割を持つべきです」と再三に渡って言い続けていたのだ。
だがそう簡単に今までやってきたスタイルを変えることなどできるはずもなく、今日に至るという訳だ。
「はぁー、追い出されてしまったことは残念ですが、現実として受け止めるべきです。それで、このあとルークさんはどうするのですか? あなたの実力ではBランクのクエストすら受けられないと思いますが……」
「どこか他のパーティーに入れてもらって、荷物持ちを――」
「それじゃあまた同じことの繰り返しになると思いますよ? パーティーのランクが上がって戦力外通告を受けるだけです。ルークさんに紹介できるのは精々が薬草採集などの新人が受けるようなクエストしかないと考えております。」
「……」
そして、カリファーさんは畳み掛けるように僕に言い放った。
「私としても本意ではありませんし、本当に残念でなりませんが引退して故郷の村に戻った方がいいと思います。下手に身の丈に合わないクエストを受けて帰らぬ人になっては本末転倒ですし、ランクの低いクエストでは正直生活するために必要なお金を稼ぐのも大変ですよ?」
彼女の言っていることは正論だ。
荷物持ちしかできない僕がいきなりモンスター討伐なんてできるはずもないし、一歩間違えればいとも簡単に殺されてしまうだろう。
薬草採取などの低ランクのクエストで食い繋いでいくにしたって、相当量の数をこなさなければ生活していくのに必要な金を稼ぐのは難しい。
でも、それでも僕は冒険者を辞めたくはなかった。
理由はいくつかあるけど、やっぱり一番の理由は冒険者ほど刺激的な仕事はないからだ。
村に戻ったらおそらくひたすら畑を耕し続けるという何の面白みもない生活が待っているだけだ。
それに、村を出るときに家族に啖呵を切ってしまったのだ。
“一流の冒険者になって、この村に戻ってくる”と……。
当時は両親に大反対されてしまい、半ば勘当同然でこの都市へとやってきた。
そんな僕がどの面下げて村に戻るというのだろうか。
「カリファーさんの言っていることは正しいです。今の僕では最弱モンスターのコブリンですら脅威に感じるでしょう。それでも僕は冒険者を続けたいんです! 例えこの先死ぬことになったとしても、薬草採集しかできなくて苦しい生活を強いられたとしても、それでも僕は冒険者でいたい。僕にとって冒険者は……なにものにも代えがたい物を与えてくれるから」
いつになく真剣な眼差しを向けるルークに、カリファーは戸惑いを隠せないと同時に彼に見惚れていた。
彼女としても彼とお別れをするのは個人的には寂しかったからだ。
彼が本当は心の奥底に熱いものを持っていると気付いていたし、その真っ直ぐな心根はとても誠実なものだった。
(この人は本当に何も変わっていない。最初に出会った頃のままですね……)
彼の固い意志を受け取ったカリファーはある提案を持ちかけることにした。
その提案によりルークの運命は大きく変わっていくことになるのだが、その事を知る者は誰もいなかったのであった。