江戸 2
西郷吉之助は島津斉彬に言われ、藤田東湖宅を訪れていた。
次の日吉之助は藤田東湖宅を訪ねた。
「お尋ねいたしもす。」
そう言って藤田東湖宅の前で言う。
すぐに下男が出てきた。
「どちら様でしょう。」
「西郷吉之助と申しもす、藤田東湖先生に会いに来もした。」
下男はジロジロと吉之助を見た。高名な藤田東湖に一目会ってお話を伺いたいと会いに来るものは多い。
「恐れ入りますがどなた様かのご紹介などございますでしょうか。」
「ここに。」
吉之助はそう言って斉彬から持たされた紹介状を渡す。
「薩摩様の。」
下男はそう言って驚きすぐ藤田東湖に会える運びとなった。
藤田東湖は6畳間に座っていた。 顔は縦長に長く眼光鋭く吉之助は部屋に入った瞬間その人物の鋭利さに圧倒される。
「そなたが西郷か。」
藤田東湖が言う。
「あい。」
吉之助は迫力に呑まれやっとの思いで返事する。
「なるほどなあ。」
そう言って藤田東湖は少し笑った。そして
「そちはでかいな。」
そう言った。
西郷が畏まっていると
「そこまで畏まらずともよい。」
そう言い煙管を吹かせる。
「そちは今の日本の状況をどこまで知っている。」
「日本の状況でごわすか。」
吉之助は質問の意図がよく分からない。
「なんだ、何も知らんのか。」
藤田東湖はそう言い煙管を吹かせると言った。
「日本はな、このままでは滅びる。」
「日本が滅びる。」
「ああ、そうだ。」
吉之助は話が大きすぎて付いていけない。
「このままでは日本は異国に飲み込まれるのだ、そなたは去年の黒船が浦賀にやってきた事件を知っているか。」
「あい、知っておりもす。」
去年、浦賀に黒船が来航した。目的は日本の開国だった。
「その時の幕府の狼狽の仕方といったらなかった、このままでは日本は異国に取り込まれるだろう。」
「実際清国は英国に植民地にされた、次はこの日の本が狙われる。」
「清国が負けたのでごわすか。」
さすがに吉之助は驚いた。清国と言えば古くは隋の時代から交流がある。
その清が負けるなど考えられなかった。
吉之助は異国がすぐそこまで来ていることを感じた。
「それでいかがすればよいと先生は考えているのでごわすか。」
藤田東湖は答える。
「まず公武合体をなさねばならない。」
「公武合体でごわすか。」
吉之助は問い返す。
「うむ、朝廷と幕府が一体となることこそこの大事を乗り切ることに必要だ。」
「朝廷と幕府が一体になる。」
まるで夢物語のようだと吉之助は思った。
本当にそのようなことが可能なのだろうか。
「そのようなこと真に出来るのでございもそうか。」
「出来る、いやなさねばならん。」
吉之助にはどうも実感がわかない。
「それには次の公方様に一橋慶喜公になってもらわねばならぬ。」
「一橋慶喜公でごわすか。」
一橋慶喜はこの時代、この人が将軍になれば日の本は救われると志士の間で言われていたほど英明で知られていた。水戸藩現藩主徳川斉昭の子である。
ちなみに藤田東湖はその徳川斉昭の右腕であった。 徳川斉昭は世に賢侯として知られていたが藤田東湖が徳川斉昭を支えていたからであった。
ちなみに水戸藩から将軍が出たことはない。
「公方様はお体が弱い。もしかしたらに我々は備えておる、というのは建前で。」
そこで藤田東湖は笑った、しかしすぐ引き締まった顔になった。
「何としても一橋慶喜公に次の将軍になっていかなければ日の本は異国の手に渡るだろう。」
そう断言した。
一橋慶喜、未だ聞いたことしかない名を吉之助は思った。
西郷と一橋慶喜後の徳川慶喜、西郷吉之助最大の敵として後に西郷の前に立ちふさがる事になる。
「さて、今日はここまでだ。」
そう言って藤田東湖は立ち上がり外を見ると日が暮れていた。
「また来なさい。」
「ありがとさげもした。」
吉之助は藤田東湖の後ろ姿に何か大きなものを感じた。
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