第47章 ビルからの脱出
チューコが俺のそばに来て、首をギュッと抱きしめる。
「やったー。兄様が勝ちましたよ。やったーやったー」
「バカ、首を絞めるな……。ゴホッ、ゴホッ……」
俺は首を絞められて、一瞬意識が飛びそうになる。
すると、チューコが頭を下げる。
「あうー、ごめんなさい」
「いや、チューコのおかげで勝ったから許そう。今回はな……」
モモ姉も刺された左腕を抑えて、ゆっくりと近づいてくる。
「モンゴ、いつの間にこんな技を……。ふっ、強くなったな」
俺も足を引きずりながら、モモ姉に近づいて行く。
「すまんな、モモ姉を超えちゃったな」
「むっ、調子に乗るなよ。まったく、まだまだ修行をさせないとな」
こんな時くらいは褒めてくれてもいいだろうよ。
なので、俺はムッとして、ニヤニヤしながら悪態をつく。
「でもさぁ、モモ姉がナガトに必死な顔で、大切な家族とか叫んでいて受けたよ。まるで、昭和のドラマみたいだったよ。ねえ、あんな事を言って恥ずかしくないの? ねえねえ、どうなの?」
すると、モモ姉は無表情で、俺の怪我している左足を蹴った。脳みそにスタンガンを喰らったような刺激を受けた。
俺は痛さのあまりに絶叫する。
「あがっああー。あひがぁー」
顔から油汗が止まらず、足は焼けつくような痛みが支配していた。
すると、モモ姉は無表情のジト目で謝る。
「あーごめんな。蚊が止まっていたからさ。めんご、めんご」
「まだ、春だろうがぁー。このブスがよぉー」
俺は痛さのあまりで、足をバタバタさせて涙を流した。
そこに、チューコが来て、モモ姉の左腕を包帯でグルグルと巻きはじめた。
「とりあえず、止血しますね。モモ姉さん」
「チューコ、ありがとうな」
チューコが治療すると、モモ姉の左腕から出血が止まる。
すると、モモ姉は少し元気そうになった。そして、俺の悪口を言い始めた。
「しかし、モンゴはムカつくな。なあ、ビルから落としていいかな?」
「もう、ダメですよ。兄様はデリカシーがないから、落とされても仕方ないですけど……」
俺は冗談じゃないとばかりに声をあらげる。
「だからって、怪我人を蹴るなよ。俺は重病人だぞ。いや、マジで。それにナガトを倒した英雄なんだぞ……」
そう言った瞬間、下の階で大きな爆発があった。
爆発音と共に、10Fの床が揺れてヒビが入る。ふと後ろを見ると、ナガトのいた場所は床が崩れてしまう。そして、そのまま暗闇の穴の中に、ナガトは落下していった。
チューコが助けようとするが、モモ姉が腕をつかんで首を振る。
「チューコ、もう間に合わないよ。あいつは人殺しで、こういう覚悟は出来ていたはずだ。だから、諦めろ。ナガトは未来の私なのかもな……」
「モモ姉さん……」
チューコは悲しそうな顔をしていた。俺はモモ姉を慰める。
「おいおい、何を自分に酔っているんだよ? まったく、モモ姉らしくもないぜ。過去はどうあれ、何があっても家族だろ?」
「モンゴ……」
「それに暗殺してきたのは悪党だろ? でも、それで助かった人間も沢山いるだろ。それに、簡単に死ぬなんて言うなよ」
モモ姉の目には涙らしきモノが見えた気がした。
それから珍しく、ちゃんと御礼を言った。
「モンゴ、ありがとうな。今回の事件で居酒屋ブラックは潰れるだろう。この居酒屋で過労死は二度と出ないよ、そういう意味では英雄かもな……」
まあ、素直に褒められると、それはそれで恥ずかしいな。これはこれで辛いもんがあるぜ。
そこにチューコが割って入ってくる。
「ちょっと、感動シーン中に失礼しますよ。モモ姉さん、大変ですよ。下の階まで火が回っていますよ。早く脱出しないと、私達は豚の丸焼きですよ。ぶーぶー」
チューコの言う通り、階段の部分を見ると、下から黒い煙がモクモクと登っていたのである。
ああ、早くしないと煙にまかれて、一酸化中毒でオタブツだな。すると、モモ姉は資材の所に歩き出して、何か探しているようだった。しばらくして、緩衝材とロープを持ってきたのである。
それをチューコに渡して伝える。
「いいか、チューコ1回しか言わないから、ちゃんと覚えてくれよ」
「はい、モモ姉さん」
「いいか、海が見える側の足場は、3Fまでしか燃えていない。つまり、チューコは足場を使って、4Fまで降りてくれ。それからは、緩衝材をロープで体に巻き付けて、4Fから飛び降るんだ」
「なるほど、それで助かりますかね?」
モモ姉はニヤリと笑う。
「ああ、廃車の乗用車が下にあるんだ。それを目がけて、飛び降りればクッションになって、大丈夫なはずだ」
「なるへそー」
「それに、チューコは体重も軽いし、大丈夫だろ。さあ、迷っている時間はない。すぐに行くんだよ」
確かに、怪我もしてないチューコなら可能だな。
すると、チューコは首を傾げる。
「モモ姉さんと兄様はどうするのですか?」
「私達は怪我をしているから、チューコと同じ脱出方法は無理だよ。あれを使うつもりだぜ」
モモ姉が指を指すと、その先には倒れたバイクがあった。愛車のニンジャだ。
そして、モモ姉は説明を続ける。
「ああ、バイクに乗って、海まで飛んで脱出をするつもりだ。モンゴが前に乗って、ハンドル操作をしてもらうつもりだ。そして、私は後ろに乗って、左足でギアチャンジをするよ」
なるほど、海をクッション替わりにして助かるつもりなのだろう。
確かに、俺は左足を負傷で、ギアの操作は出来ず、モモ姉は左腕を負傷で、クラッチの操作が出来ない状態だ。うん、2人なら操作できるな。いや、待て、待て……。そんなサーカスみたいな芸当が可能なのか?
しかし、チューコは頷く。
「なるへそー」
「これなら、負傷していても、私とモンゴの2人なら運転できるぜ」
しかし、俺は大型バイクの運転経験はない。せいぜい、原チャリの運転位だ。正直、不安で胸が一杯だ。
俺はモモ姉に聞く。
「モモ姉、そんなのうまくいくのかよ?」
「ふっ、やんなかったら、確実に死ぬだけだ。まあ、やるだけやってみようぜ」
確かに、何もしなかったら焼死するだけだ。なら、やるしかないって事だ。
俺はこのギャンブルに命をかけた。




