第43章 モンゴ VS ナガト
ナガトは刀袋から日本刀を取り出す。そして、膝を浅く落として抜刀の構えをする。ん? これはモモ姉の抜刀術と同じ構えだ。おお、なんか強そうに見えて来たぞ。
そんな事を考えていたら、幅の狭い鉄骨の上なのに、ナガトは一瞬で間合いを詰めてきた。
俺は思わず声が出る。
「はやっ……」
ナガトは日本刀を素早く抜いた。すると、右から鋭い斬撃が飛んできた。
まるで光のような速さに感じられた。やべえぞ、俺死んだ?だが、俺は反射的に派遣玉で受け止めた。すると、鉄の衝撃音が耳に響いた。
ナガトは声を笑った。
「おっ、驚きでやんす。わっちの抜刀を受け止めるとは……」
「ハッハハハ、余裕で見えたぜ。っていうか、スピードが遅すぎるぜ」
もちろん、嘘である。モモ姉と同じ動きだったので、直感に任せて、派遣玉でガードしただけである。実は速すぎて、ほとんど見えなかったのである。この足場の悪さで、このスピードはタダ者ではないぜ。シツケの言う通り、カロウシの3本の指に入るのはマジっぽいな。コイツは、ガチで強い奴だわ
。俺はチューコに命令をする。
「チューコ、英戸リアンの救出を頼む。俺がコイツを引き付けるからよ」
「はい、分かりましたよ。でも、兄様も死なないでくださいよ」
「バカ、当たり前だろ。でも、あんまり持たないぜ。いや、マジで」
「兄様、頑張りましょう。ふんふん」
そして、俺はバク宙をして、ナガトとの距離を取ったのである。おそらく、ナガトはモモ姉と同じレベルの使い手であろう。こっちも、殺す気でいかないと倒せない相手だ。だから、俺は派遣玉のグリップを捻った。
すると、中皿から仕込みナイフが飛び出し、逆手でナイフを構えるような形になった。これで、武器は互角って所かな?
いや、互角どころか普通に戦ったら、俺はもう死んでいるだろう。だけど、勝機はゼロではない。勝機はモモ姉と剣術が似ている事だ。もしかしたら、師匠が同じなのかもしれない。俺は厳しい修行のおかげで、ナガトの剣術の動きが、なんとなく分かるのである。今はモモ姉に感謝しているぜ。
とにかく勝つためには、時間稼ぎをしなければならない。まずは、チューコが英戸リアンを救出して、次にモモ姉がココに来るのを待つ。そして、3人でナガトをぶっ飛ばすのがベストだ。
俺はナガトが興味ありそうな事を言った。
「俺は丹波モモチの弟子だ」
「弟子? モモチは生きているんでありんすか?」
やっぱり、モモ姉と知り合いだったか……。よし、話に食いついて来やがった。ここからは時間稼ぎ作戦だ。
俺は会話を続ける。
「ああ、元気いっぱいに生きているぜ。本当にウザイくらいに……」
「少年、何処にいるんでありんすか? わっちに教えてくんなせ」
「さあ、自分で探せばいいんじゃね?」
俺は隣の鉄骨にジャンプして飛び移ると、ナガトもその後を追ってきた。その間にチューコが、英戸リアンに近づいて縄を解きが始めた。よし、チューコの方は大丈夫だそうだな。
俺はピョンピョンとジャンプして、ナガトと鉄骨2本分の差をつけた。足場が悪いので、そう簡単には追い付かれないだろう。しかし、ナガトは大ジャンプをして、鉄骨を2本分超えきやがったのである。
そして、俺の乗っている鉄骨に着地した。
つまり、あっけなく追い付かれたのだ。おいおい嘘だろ、人間離れしたジャンプ力だ。もう、逃げるのは無理そうだな。だって、ナガトは俺に向けて、全力で走って来ているのだ。鉄骨を走る音がカンカンと聞こえる。そして、俺に向かって、日本刀を斜めから振り下ろして来た。
俺は派遣玉のナイフ部分で受け止める。そして、お互いの刃がぶつかり押し合う。
「くっ、このクソチビ……」
「クソチビ? わっちはナガトでありんす」
しかし、お互いが両手で、刀を押し合って分かった事がある。ナガトはモモ姉より、スピードが速いが剣の重みはない。見た目通りに腕力はないのであろう。近くで見るとやっぱり、肌が異常に白く、華奢な少女って印象しかない。
だから、俺は力技でナガトの剣を跳ね返す。すると、ナガトが一瞬だが怯んだように見えた。ほれ見ろ、腕力では断然、俺の方が上だという事は間違いない。今度はこっちから行くぜ。そして、俺はナガトに、派遣玉のナイフ部分で切り付ける。
だが、ナガトは足場が悪いのに、素早いステップで後ろに避けやがる。まるで、サーカスの綱渡りみたいに、そのバランスを崩す事はない。だが、俺は負けずに、何度も切り付ける攻撃をした。それは、上から下へ、右から左へと様々な攻撃だ。
しかし、紙一重で避けてかすりもしない。ふざけんな、こいつはチートキャラだろ? こんなのどうやって倒せばいいんだよ。
俺は思わず息が切れる。
「ハアハア、強すぎだろ。テメー、バケモノかよ?」
「いや、少年は弱くないでありんす。わっちが強すぎるだけやんす」
「うるせーよ。少年じゃねーよ」
「それより、モモチの場所を教えてくれでありんす。早く早く……」
コイツ、モモ姉に執着してやがるな……。過去に何か因縁があるのかもしれない。そして、今度はナガトの攻撃が始まったのである。ナガトは素早く間合いを詰めて、上から刀を振り下してきたのである。
俺はモモ姉の剣術に見立てて、刀の動きを予測した。そして、両腕を上に伸ばして、ナイフ部分で受け止めた。再び、金属音が耳に響いた。しかし、今度は力技で跳ね返そうするが出来なかった。
なぜなら、それよりも早く、ナガトは俺の足を払いやがったからである。
俺は鉄骨から、バランスを崩して10Fの床に転落する。
「うわぁあああああああー」
俺はズシンという音ともに、背中から床に着地した。クソ、痛いだろボケ。だが、運がよく床にあった梱包資材がクッションになった。
しかし、ピンチは終わらない。上の鉄骨を見ると、ナガトが俺を目がけて、日本刀を逆手に持って、串刺しにしようと飛び降りて来た。
俺は素早く横にゴロゴロ転がる。
「うわっ、あっぶねぇえー」
ナガトの日本刀が梱包資材を貫く。俺は素早く、連続でバク転をして、ナガトから距離をとる。
すると、距離は8メートルになり、日本刀の攻撃範囲から逃れたのである。今度は10Fフロアで、かなり行動範囲が広い。何よりも、鉄骨の上と違って動きやすく、攻撃もしやすい。
よし、今度はこっちが攻める番だぜ。俺は派遣玉を振りかざすと、糸が真っ直ぐに伸びて、鉄の玉がナガトの顔面を狙う。しかし、ナガトは横に簡単に避けてしまう。
ここまでは計算通りであり、俺は左手で糸を引っ張って、玉の軌道を変えて攻撃をする。狙いはナガトの後頭部である。後ろに目がある奴はいないので、避けられる可能性は低いはずだ。玉がナガトの後頭部を、蛇のように狙うが、あっけなく避けられてしまった。
俺は思わず大声を出す。
「はっ? なんで避けられるんだよ。後ろに目でもあるのかよ?」
「少年の手の動きを見れば簡単でありんす」
「おお、マジかよ」
「マジでありんす。そろそろ、遊びは終わりにするでありんす」
そして、ナガトは抜刀の構えをする。
「じゃあ、行くでありんす。伊賀流抜刀術『派遣切り』」
「また抜刀かよ。って……その技はモモ姉と同じ……」
俺は最後までセリフを言うことは出来なかった。
なぜなら、ナガトが一瞬で間合いを詰めて、俺の横を風のように通り抜けたのである。鉄骨の上の時の抜刀より、2倍くらいの速さであった。
だが、俺はモモ姉に見立てて、本能的に横に避けたのである。
「あぶねえ、なんとか避けたぜ。ヤバイ、ヤバイ……」
「少年、避けられてないでござんせ……」
「あっ?」
俺は左足に違和感を覚えて、手で触れてみると血が噴き出していた。
「なんじゃ、こりゃ……」
「伊賀抜刀術でありんす。けど、半分は避けられたので見事でありんせ」
ナガトが褒めて来たが、それどころじゃなかった。
俺は血を見て、軽いパニック状態になったのである。
「俺の足が……足が……」
左の太ももから血がドクドクと流れている。俺は激痛で立つことが出来ず、そのまま床に尻もちをついた。何とか立とうと頑張ろうとするが、足が動かなくて無理みたいだ。
すると、ナガトがこっちを見る。
「少年、鉄骨の上とは違うでありんす。足場が床なので、本気の抜刀でありんすよ」
「ハアハア、速すぎだろ。ふざけんなよクソチビがぁー」
「さて、モモチは何処でありんすか? 言わなければ、次は足を切り落とすでなんせ、少年」
俺はゾクッと恐怖を感じた。足を切り落とすだと? 切られただけでも、こんなに痛いのに……。そして、ナガトはエメラルドの瞳をカッと見開いた。
その目は血に飢えた狼のようだった。
「少年が答えないなら、手首、耳、鼻、目、舌の順に切り落とすでありんす。さあ、どうしなんせ?」
コイツ、拷問に慣れてやがる。俺の心の中を恐怖が支配した。
何よりも、ナガトの狂気で綺麗な目が、恐ろしくてしょうがないのだ。っていうか詰んだわ。これで、俺の人生もおしまいだな。




