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第35章 口先の魔術師

電話の相手の声は低かった。

「やあ、ギゾクーズか?」

「そうだよ、お前が豊臣か?」

「ああ、初めまして……。それより、ニュースは見たか? ギゾクーズは人殺し扱いになっているな。俺は心配でたまらないよ、大丈夫かい?」

「けっ、お前が犯人なんだろう?」


豊臣が六木を殺して、ギゾクーズに罪を被せて潰す気に違いない。

しかし、予想外の返事が返ってきた。

「ハッハハハ、残念だけど違うよ。俺は堅気の人間を殺した事はない。しかも、六木は部下だ。俺に上納金を納める男を殺すメリットがないだろ?」

「じゃあ、犯人は誰だよ?」

「犯人は元従業員の英戸リアンだよ。近くの防犯カメラに映っている証拠もあるし、本人も自首をしたがっているよ。ただし、俺が監禁しているけどね」


英戸リアンって、過労死した杉森盛信の恋人だった女だ。ルリの調査資料によると、現在は精神病院に通っているはずだ。だけど、六木の事は死ぬほど憎んでいたことは間違いない。でも、豊臣がやらせた可能性もある。


俺は豊臣を問い詰める。

「お前が英戸リアンにやらせたんじゃないだろうな?」

「いや、それは本当に偶然さ。六木の定期連絡がなかったから、居酒屋ブラックに足を運んだのさ。そしたら、血まみれの包丁を握りしめた英戸リアンが茫然と座っていたよ。それで、これは利用できると思ったわけさ……」


俺は嘘を言ってないと思った。冷静に考えると、豊臣が六木を殺すメリットはないからだ。むしろ死んだら、居酒屋ブラックの経営が困るだろう。


だから、リアンが杉森盛信の敵討ちをしたって事なら納得がいく。リアンは病気で精神状態が錯乱しているから、それくらいはやる可能性はあるはずだ。


俺は豊臣に伝える。

「すぐに、リアンを自首させろよ。監禁は犯罪だぞ」

「ああ、ギゾクーズの評判を落とした後にさせるよ。そうだな、1か月後位に自首させるつもりだ。その頃なら、ギゾクーズの評判も戻らないだろうからね」


ああ、豊臣の目的はギゾクーズの評判を下げる事だと分かった。そして、そのままギゾクーズを消滅させる気なのだろう。


つまり、リアンを警察に自首させないと、ギゾクーズの負けだって事だな。ただし、すぐに自首させないとダメだ。明日にでも自首させないと、ギゾクーズの名誉回復は不可能になる。


おそらくだが、防犯カメラのリアンが写っている映像部分だけを、豊臣が抜き取ってあるのであろう。だから、警察はギゾクーズだけに犯人を絞って捜査しているに違いない。


俺は大声をあげる。

「じゃあ、リアンは何処にいる? この犯罪者ヤロー」

「言葉を返すが、逆にギゾクーズはどうなんだ? 窃盗罪の犯罪者だろ?」

「こっちは義賊だ。ブラック企業こそ、違法で過労死を出している殺人鬼だろうがぁ」

「じゃあ、何で俺は逮捕されないで、警察はギゾクーズを逮捕しようとしているんだ?」

「それは……」


確かに、世間は豊臣を犯罪者と認めていないし、過労死で死ぬことは日本では殺人事件にはならないのだ。くそっ、俺は思わず言葉に詰まってしまう。


だが、豊臣は会話を続ける。

「なら、教えてやろう。俺が国に許された犯罪者だからだ。消費者がブラック企業を利用する、学歴のない若者がブラック企業に就職する、大企業が下請けとしてブラック企業を利用する。分かるか? ブラック企業は日本政府に許された存在なのだ」

「テメー、ふざけるなよ。ブラックカンパニーは潰してやるからな」

「おいおい、一方的な男だな。ブラックカンパニーを潰したら、働いている従業員と家族は、路頭に迷うと事になるぞ。君は沢山の人を不幸にしようとしているだけだ。考えを切り替えろ」


沢山の家族が不幸になる? いや、ギゾクーズは正しいはずだ……そうに違いない。


俺はだんだんと頭に血が上ってきた。

「なんだと? こっちは人を幸せにするためにやっているんだぞ」

「違うな、会社がなくなって、無職が増えれば日本の治安も悪化するだけだぞ。君の目的は日本を滅ぼす事なのか? その責任をとれるのか?」


俺は豊臣の言葉が胸に刺さり、自分のペースを狂わされる。それは、去年にバイク事故により、死んだ友達と被るからだ。あいつの家族をバラバラにしたのは俺なのだから……。


俺はイライラしながら正論をぶつける。

「だからって、人が過労死で死んでいるのは事実だろ」

「まあ、確かにね。でも数字が正しさを証明している。居酒屋ブラックの過労死事件で、私の会社で働く1万近い従業員は誰も辞めてないよ。つまり、1万人は俺の考えを認めているって事だよ」

「………」


くそ、何も言い返せない自分が情けなくなってきた。豊臣は持論を続ける。

「ギゾクーズは君1人だけしか認めてない考え方だろ。それこそ、独りよがりの正義じゃないかね? そんな性格だと、友達ゼロで仲間もいないだろ? まあ、ギゾクーズは孤独で悲しい存在だということは分かったよ」

「違う、俺は1人じゃない。他にも20人近くの仲間が……モゴモゴ」


俺の口はモモ姉の手に塞がれ、素早く受話器を取り上げられた。

そして、ミュート状態にして、俺はモモ姉にゲンコツをされた。

「いってえぇえええー。モモ姉、何すんだよ? これから、俺の神トーク術で……」

「バカヤロー、相手のペースに飲まれるなって言っただろ?」

「別になってねえだろ、何もミスしてねえよ」


モモ姉はやれやれという顔をして説明する。

「モンゴ、仲間が20人って言っただろ。お前を煽って、色々な情報を引き出す手口だぞ。あのまま会話を続けていたら、居場所も特定されたぞ」

「あっ……」


くそっ、俺のせいでギゾクーズの人数が敵に知られてしまったのである。しかし、豊臣のクソヤローはムカつくぜ。でも、俺じゃあ役不足で交渉は出来ない。


悔しいが、モモ姉に任せるしかないのだ。

「悪い、モモ姉に後は任せるよ」

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